File1‐13学校に薄青

―ヘキサ―

 刑事たちにあれこれ聞かれているうちは気が気でなかった六花だったが、終わってみるとココアを一杯飲むだけの短い時間だった。念のため刑事たちの尾行がないか不審な人物に見張られていないか注意しながら遠回りでアパートに帰った。アパートのドアを音もなく素早く開け体を滑り込ませる。パタパタとオクタのいるであろうリビングに駆け込む。

「師匠!今日!刑事が学校に!!」

六花はこれまでも暗殺の任務をこなしてきた。その過程で刑事と遭遇したり補導されかけたりしたことがあったが、ここまで直接的な接触を受けたことはなかった。柄にもなく動揺していた。

「刑事が?」

オクタはそんな六花を見ても平然としていた。

「何しに来てたんだ?」

「二人で聞き込みに来てました」

「ふむ……」

六花は今日あったことをココアを前にウキウキしてしまったことを除いてオクタに話した。

「……何も話してはいませんが大丈夫ですかね」

「聞いた限りなら大丈夫だろう。そもそも教師が失踪したと言ったって一生徒を怪しんだり徹底的に調べたりすることはないだろう。今後また刑事に付きまとわれるようならその時教えてくれ。こっちで対処する」



 仕事が終わって、気づけばすでに七月も終わろうとしている。雨と湿気に悩まされながら過ごす日々は億劫だったが、今はもう嫌味ったらしいほどに晴れやかな青空が続く夏へと変わっていた。夏休みに突入し、より部活が活発になったり、涼子たち部活の仲間と出かけることが増えた。六花が

(この街に『高校生の氷室小夜』としていられるのはあと一か月半くらいか……)


 そんなことを考えたのが既に一か月と少し前。意識すればする程、学生生活は足早に過ぎ去っていった。バスケの試合や学期末試験、球技大会とイベントが多かったせいかもしれない。バスケ部の子たちとはやはり長い時間一緒にいたためとても仲良くなれたと六花は思っているし、仲良くしてもらったと思う。明日はついに六花が引っ越す前、『高校生の氷室小夜』でいられる最後の日だ。最後にお別れ会をしようと涼子が部活のメンバーに声をかけたらしい。いつもひかえめな涼子が周囲に呼びかけることは珍しい。部活の先輩たちは六花がチームに参加してから部内の雰囲気や試合成績が良くなったことで気に入られていたこともあり、都合のつく数人で企画した送別会をカラオケで開いてくれることになったようだ。

「師匠。私はその……」

六花はためらっていた。学校生活は楽しかった。部活も友達とのお出かけも。しかし、涼子の慕う細機を組織に引き渡したのは六花本人だ。涼子たちはそれを知らない。ただの友達を送るために会を開こうとしている。そんな心中を察したオクタは言った。

「行ってこい」

六花が氷室小夜である以上、会に行かないのは不自然だ。

「わかりました。明日はカラオケに行ってきます」

「気を付けてな」



 昼頃、涼子から送られてきたメッセージに書かれていた駅前のカラオケで待ち合わせた。待ち合わせ時間を少し過ぎたくらいで参加者が全員集まり、カラオケに入店した。注文を済ませると涼子から持ってきていた六花へのプレゼントを低いテーブルに並べていった。

「こんなにいっぱい……本当にその、私が貰っていいんですか……?」

気圧される六花に涼子は話す。

「もちろんだよ!みんな今日のこと話したらお別れ会だし何かプレゼントを持ってこようって話になって」

カラオケのテーブルに所狭しと並ぶ大小さまざまな箱の数々。包装も丁寧で開けるのがもったいないくらいだ。

「……ここで開けてみてもいいかな。私こういうの初めてで」

「うん。開けてみて」

涼子を含めて先輩や同級生の子たちが十人近く。それぞれの贈り物を持ってきてくれていたのでどれから開けようか迷っていた。どれが誰のだったか、きれいに並べられていてもう分からない。どれにしようか迷っていると、ふと水色と白を基調とした包装が目についた。青いリボンが結ばれていた。

「じゃあ、これから開けようかな」

「あっそれ私のだよ」

涼子の用意したものだったらしい。包みを開けると中には手触りの良い青のスポーツタオルが入っていた。

「……ありがとう三芳さん、大事に使うよ」

毎日素振りや自主トレーニングをしているからタオルは嬉しかった。

「喜んでもらえてよかった。氷室さん部活の時にも結構拘ってるスポーツタオル使ってたから、これなら気に入ってもらえるかなって思ったの」

「はい。凄く嬉しいです!ありがとうございます」

それから順々にプレゼントを開けてはお互いに感謝の言葉を言い合ったり、転校した先でも連絡してねと言われたりしながらカラオケを楽しんだ。



「こんなに……」

「あはは……すみません。し、お父さん」

贈り物の箱が多すぎてどうやっても持てなくなってしまった。六花がダメもとで連絡をしてみるとオクタが車で迎えに来てくれることになった。部活のみんなに見られながら『お父さん』としてのオクタと話すのはなんだか気恥ずかしい気分になった。潰れないように気を付けながら車の後部座席に大小さまざまな箱を詰め込んだ。


「いつでも連絡してきていいからね」


「また、こっち来ることがあったら遊びに行こう!」


「はい。いつか、また」

助手席に乗り込んで窓から手を振る。顔では笑えていたが、悲しいような申し訳ないような気持ちになったのはきっと『氷室小夜』として彼女らに二度と会うことがないと分かっているから、だけではない。車窓から流れる街を見る。今まで住んでいた町。もう来ない町。六花は街の景色を眺め様々な感情を飲み込んだ。

「師匠。帰りにコンビニ寄って貰ってもいいですか?」

「ココアか?」

「……そうですね。甘いココアが飲みたいです」



 それから二日が経った頃。八月の終わり頃。オクタのもとに同期のライースから連絡が入った。

〈ホリーが殺されました〉

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