File1‐11学校に薄青
―ヘキサ―
空が朱と紺の混じり始めるころ。六花たちは細機を攫うべく細機の住むマンションに向かう途中、偶然にも窓の外に細機を見つけた。手には少し大きめのトートバッグが握られているのが見えた。
「師匠!」
「わかってる。お前だけここで降りるか?」
「はい。行先がわかったら連絡します」
六花はすぐに車を止めてもらい。飛び出した。
(今日は日曜だし、もうお昼って時間でもない……夕飯の買い出し?それなら近くのスーパーかな)
この近くには二軒のスーパーがある。行先を予想しながら細機の後をつける。数回曲がり角を曲がり、信号で離されながらも尾行を続ける。
「ここって……」
たどり着いたのはスーパーではなくファミレスだった。細機は迷いなく店に入っていった。目的地はこのファミレスだったようだ。細機が店員に何かを話すとすんなりと席に通され、さらにその席にはすでに二人の男性が座っているのが見えた。
(待ち合わせ……?あぁ打ち合わせとかって言ってたっけ。ならあの二人は細機をスカウトしたとかっていう会社の人たちか)
スーツにネクタイでどちらも真面目そうなビジネスマンといった様子だった。細機は何かを注文した後トートバッグからパソコンを取り出して何かを見せ始めた。
(あれは……もしかして例の?)
組織の探しているものではないかと考え様子を窺おうとしたが画面を見ることはできなかった。どう確認するか悩んでいるとスマホが鳴った。オクタに連絡を入れると言ったが忘れていた。
「す、すみません師匠」
「もう着いたか?」
「はい!近くのファミレスにいます――はい、そこです。そこで例の、スカウトと思われるビジネスマン風の男性二人と話しているみたいです」
ファミレスをずっと覗いてるわけにもいかないので歩道に沿って信号まで歩く。
「……帰りに仕掛けますか?」
「だな。そこから五十メートルくらい言ったところにコンビニがあるからそこで待っててくれ。拾いに行く」
「はい」
オクタたちと近くのコンビニで合流したのち、細機の帰宅ルートを回る。適当な裏路地に車を止めて全員車を降りた。ラーレは発煙筒を取り出し、ハザードランプと合わせていつでも見せかけだけの事故を演出できるよう準備している。事故を装って細機を裏路地に呼び込むことにしたのだ。オクタは大通りの近く、裏路地を見ることが出来る位置に陣取った。六花はその死角になる位置、裏路地の方を向いているオクタから見て左側にほとんど廃墟状態でシャッターのしまった建物があった。その建物の陰に待機。ラーレは車の横に待機した。
(でも、本当に……)
六花は心の中でもその続きを言えなかった。六花は同年代の友達を作ったことはなかった。作る機会もなかった。この学校に仕事で潜入するまでは。初めてできた友達、三芳涼子。その友達が慕っている人物が細機だ。涼子からしたら理由も分からず想い人が消えることになる。いや、六花が消すのだ。その事実が六花にはとてつもなく重かった。本当はやりたくない。しかし、葛藤していても仕方がない。六花は自分のそして組織の掲げる未来のため仕事を遂行することを選んだ。
数十分ほど待つと本格的に空が暗くなり始め、次第に人通りが少なくなってきた。そんな中オクタから細機が現れたと連絡が入った。作戦開始だ。時間帯的に夕飯を食べてくることも想定できたので数時間単位で網を張ることも覚悟していた3人はホッとしたような肩透かしを食らったような気分になった。周囲に人がいなくなったタイミングでオクタが細機の前に姿を現した。
「すんません!そこの兄さん!ちょっと困ったことになっちまってさ。手を貸してくんねぇか?」
オクタの呼びかけに初めは戸惑っていたが、細機は押しに弱いらしく路地の奥まったところまでオクタに連れられてきた。二人の目の前にハザードランプが明滅しているバンが見えてきた。
「で、その困ったことというのは――」
隙を見て六花は音を立てないように細機の死角、背後から近づきナイフで峰打ち。首筋を瞬時に打ち抜き、気絶させた。
「ありがとうございます。オクタさん」
「乗せるぞ。ラーレも来てくれ」
「今行きますよっと」
オクタとラーレが協力して細機を車に押し込むのを横目に、六花は周囲に目撃者がいなかったかを確認してから細機が持っていたトートバッグや上着などを回収する。
「見られてはいません。行きましょう。……受け渡し場所って決まってましたっけ?」
オクタはスマホを確認するが首を横に振る。
「まだ連絡来てないな。仕方ないどっか適当に人気のないとこ探すか」
「そっすね、にしてもヘキサはやっぱり上手いなぁ。俺じゃああんなん出来ねえや」
ラーレに戯けて言われる。助手席に乗り込んだオクタも
「弟子が育ってくれて嬉しいよ」
と言っていたが六花にはそれが本心からの言葉かどうか分からない。六花も褒められて嬉しくないわけではないが、素直に喜んでいいのか分からなかった。オクタは仕事でもよく六花を褒めるが、こういうことを言うときのオクタは本心からそう思っているのではないと六花は感じていた。それがなぜなのか単に日陰の仕事だからだろうか、考えても六花には答えが分からず今回もまた考えるのをやめた。
人気のないところを探してラーレは夜の街をはずれの方に向かって走らせる。徐々に人の数は減り、街灯もまばらになっていった。
「とりあえずターゲットを確保したとリコリスに伝えておきました、連絡待ちです」
「わかった。場所の連絡が来たら教えてくれ」
ラーレはバンを走らせながらも疑問を口にした。
「そいつAI関係のやつでしたよね?それなりに優秀だとか。なんで殺せって言わなかったんすかね?」
「私だってわかりませんよ。今回だって急に――」
「――ん。ん!?」
「あっ」
どうやら細機の目が覚めたらしい。車に運び込んだ段階で拘束していたため、大して動くことはできていなかった。六花の隣でもぞもぞと身をよじっているだけ。
「おっ起きたか?細機さんよ。すぐに始末されてないだけありがたく思えよな」
ラーレの軽口は聞き流しつつも六花はここで暴れられても困ると思った。ラーレは運転席でオクタは助手席。後ろには六花と拘束された細機しかいない。六花も細機に負けるとは微塵も考えていなかったが、一人で暴れる大人を無力化するのは面倒くさい。
「あまり動かないでください。手を痛めますよ」
そう六花が言った途端、細機はひどく動揺した。
「もしかしてその声……氷室さん?君も誘拐されたのか?」
「いえ、私は……」
言い淀んだ六花をよそにラーレが続ける。
「いやいや細機さん。あんたを気絶させたのはその『氷室さん』だぞ?」
「ラーレそれくらいにしてください」
そういうとラーレは面白くなくなったのか生返事を返して運転に意識を戻した。
「――本当、なのかい?君がやったって」
「えぇ」
「どうしてこんなことを?これが君のしたいことなのか?こんなことが本当に――」
「――私のしていることが正しいことなのか、間違っているのか。それは私にもわかりません」
「じゃあ、なんで?」
こんなやり方が正しくないなんてこと、六花にだって本当はわかっている。多くの人を助けるために少数の人を犠牲にするなんてこと。でも、それでも自分たちのような孤児を作らないためには六花たちが行動するしかないとも感じている。このAIを受け入れ始めた社会を終わらせない限りAI絡みの孤児は生まれる。だから六花たち「組織」は何としてもこの社会に打ち勝たなければならない。たとえその手段が正しくないものだとしても。
先生と言って続ける。
「『正しければ勝てる』とは限らないんですよ」
座席に座ったまま手刀を繰り出して細機の意識を奪う。仕事を選んだ以上、この人を先生と呼ぶ理由はない。それなのに先生と呼んでしまうなんてよっぽど学校生活になじんでいたんだなと六花は自分自身でも驚いた。それからしばらくして輸送班に受け渡すようにと連絡があり、無事細機の受け渡しが完了した。
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