File1‐10学校に薄青

―ヘキサ―

 リコリスの部屋をざっと掃除し、文句を言うリコリスに仕事を頼んでからバンに戻るとすでにラーレの姿はなかった。

(どこ行ったんだろう)

そう思った六花だったが特段探す必要があるわけでもない。どこに行くという用事もないのでオクタとともに真っすぐアパートに帰った。六花は手洗いうがいをしてすぐに柔軟を始めた。まだ空は暗くなって間もない。夕飯を用意し始めるにはまだ早いだろうと考えながら荷物をソファーの横に立てかける。リビングのテーブルに着いたオクタが口を開いた。

「で、リコリスはどうだった?」

「相変わらずすぐ部屋を散らかすし、困った人ですよ!」

「あ~いや、そうじゃなくて」

六花はそうじゃないと言われて今一度質問の意図を考える。すぐさま部屋の様子について聞きたかったのではないということに思い至った。

「すみません。仕事の話ですね……文句言ってましたよ。コピーデータの解析だけだと思ってたらしくて。ハッキングしてセキュリティ突破して……私にはよくわからないですけど仕事が増えたって」

「それは悪いことしたかもな。やってもらうしかないが。とりあえずいったん俺らの仕事は終了だ。お疲れ」

六花はキッチンに向かいながら振り返らずにいう。

「師匠もお疲れ様です」

オクタがテレビをつけた。なにかのニュース番組が視界の端に入った。チャンネルはすぐに回されて一瞬だけ声が聞こえてはすぐ次のチャンネルに切り替わる。何度かそれが続いたのちオクタが手を止めた。

「おい、これって」

「はい?」

クイズ番組だった。六花のまだ見たことのない回だ。

「え、この回知らない……」

「……つけとくか?」

少し迷ったが、つけておいてもらうことにした。

(柔軟を一通り終えたら休憩しながらちゃんと見よう)



 オクタとラーレが細機宅に侵入してからまだ一日もたっていないというのに翌朝にはリコリスから連絡があった。あの後すぐにパソコンが細機自身の手によって起動され、そのまま朝までつきっぱなしだったらしく、すぐにデータを漁ることが出来たようだ。

「流石秋花さん。もう終わったなんて信じられません」

朝食に用意していたおにぎりを口に詰め込む。

「だな」

オクタはスマホに届いたメッセージをスクロールさせながらうなずいた。リビングの椅子に座るオクタの肩から六花はスマホをのぞき込む。メッセージにはデータを解析した結果と本部に報告したことなどの経緯が大雑把に記されていた。

「師匠、結果は?」

「ああ――」

スクロールすると最後の文字が見えた。

「――『黒』細機で決まりだな。……行くぞ六花」



 六花は仕事用の青いパーカーに着替えてオクタの待つ車に乗り込んだ。オクタも喪服のような目立たない仕事着を着ていた。シートベルトを締めながら六花は尋ねた。

「細機の持ってたデータってどんなものなんでしょうか」

オクタはアクセルを踏み車を走らせながら話し始めた。六花は車窓の外を流れる街並みの中に雀を見つけた。

「詳しくは書いてなかったが、新型基盤についての設計データだそうだ。今までの機能なら半分のスペースで済むようになるらしいぞ」

「えっ、それって結構凄いんじゃ?」

視線を窓からオクタに戻す。

「だろうな。余った従来のスペースは別のものに使えるだろうし、軽量化もできるだろう」

「あの先生実はすごい人だったんですね……でもなんで教師がそんなものを?」

呆れた様子で俺が知るかと返された。それもそうですねというと会話は途切れた。六花たちの仕事はAI進出による人的被害を防ぐこと。AIが人の手を離れ暴走する危険を未然に防ぐこと。六花が考えるべきことは自身の仕事をどうこなすかだ。真相を解明することじゃない。

「ラーレにも連絡したが、俺のスマホにはまだ連絡がない。六花の方はどうだ?」

「私の方にもないです。とりあえず細機のマンションに向かっておきますか?」

少し考えたオクタはラーレを拾うことを優先した。リコリスの進捗次第では細機が黒か白か判断するのにも時間がかかって次の仕事がいつになるかわからなかった。そのため翌日の今日はそれぞれオフということになっていたのだ。残念ながら久々のオフはリコリスの頑張りによって先送りとなった。六花やオクタは予定がなかったがラーレはデートの予定が入っているらしい。

「こんな時にデートなんて真面目に働く気あるんでしょうか」

六花は愚痴を漏らす。リコリス曰く、ラーレは六花の通う高校近くのショッピングモールにいるという。

「邪魔するのは悪いが、仕方ないだろう。……六花?」

(嫌な予感がする)

「私に呼びに行けと?」

それを聞いてオクタはクスリと笑った。

「よくわかったな。頼めないか?」

六花はそんな気がしていた。断ってオクタに行かせるのも気が引け、渋々承諾した。

「……細機を始末するなら家じゃなくて連れ出したいところだが、運よく外出してくれるかね」

それは細機にとって絶望的に運の悪いことだろうなと六花は思った。



 六花はオクタを駐車場のバンに残しショッピングモールにやってきた。休日のモールということもあり、人は多かったが見慣れた後ろ姿というのは嫌でも目についた。いつもよりおしゃれしているのか白のロンTの上からベストを着ていた。

「見つけたんで……声かけますね」

ラーレは清楚な装いの女性を連れていた。

「ラーレ、仕事です」

「……」

背後から声をかけたが聞こえていないはずがなかった。もう一度大きな声で呼ぶ。

「ラーレ!」

「……」

呼んでも反応がない。これ以上声を出して目立つのも本意ではなかった。痺れを切らした六花はラーレの腕をつかんだ。

「仕事です!行きますよ」

ラーレは驚いて振り向いた。本当に今気づいたかのような驚きっぷりだ。デートにうつつを抜かしていたようだ。

「あの、香太さん?こちらの子は?妹さん?」

一緒にいた清楚風な女性は突然現れた六花を不思議そうに見つめ尋ねた。

(香太?ラーレのこと?)

それより妹扱いされたことが気に入らず

「誰がこんなのの妹ですか」

「この子はその……」

何と言ってよいかわからず戸惑っているラーレを見て女性は悲しそうな表情を浮かべて、すみませんと一言だけ言って走り去ってしまった。

「あ!ちょっと待って!四季さん!」

女性の名を呼ぶが、彼女にラーレの声は届かなかった。



「お待たせしました師匠」

駐車場で六花を下してから十分が経ったころようやっと六花とラーレが窓の外に現れた。

「遅かったな」

「すんません」

口ではこう言っているがラーレに反省した様子は全くなかった。

「全然連絡見てませんでしたけど、何してたんですか?」

「見たらわかんだろ!デートだよデート。……あっもしかして六花ちゃん妬いちゃったか?それで邪魔しちゃったのか?」

「誰が!」

「ごめんな~俺はもっと大人な女性がタイプなんだよ。十年後、少なくとも五年後に出直してくれ。な?」

「――!!」

あまり真に受けるなとオクタになだめられた。ラーレもすでに気持ちを切り替えていた。今回のように仕事が原因でフラれることが珍しくないからだろう。六花も少し強引だったかもしれないと思い始めていた。この場を収めたオクタが車を出そうとした時リコリスから電話が来た。

「もしもし、間に合った?まだ細機は生きてる?」

オクタがこれから家に向かうところだと伝えるとリコリスは胸をなでおろしたようだった。

「何度もごめんね。また指示が変えられちゃって」

オクタは呆れた顔でスマホをスピーカーに切り替えた。

「――どんな風に?」

「細機は殺すんじゃなくて、攫って来いってさ」

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