また、とんでもない物を盗（ぬす）んでしまいました

プロローグ

　バイクで時速（じそく）、百（ひゃく）キロ以上で走（はし）れば、風圧（ふうあつ）が凄（すご）いから装備（そうび）無（な）しでは何（なに）も話（はな）せない。私と先輩はレーシングスーツ、そして無線機（インカム）付（つ）きのフルフェイス・ヘルメットという完全（かんぜん）装備（そうび）で高速（こうそく）道路（どうろ）を走（はし）っていた。

　いつも通（どお）り、私が先輩から追（お）われる形（かたち）で、先輩の背後（はいご）には覆面（ふくめん）パトカーが何台（なんだい）も並走（へいそう）している。まるで私が犯罪者（はんざいしゃ）みたいな扱（あつか）いだ。まあ凄腕（すごうで）の窃（せっ）盗犯（とうはん）なんですけどね、私。

『さぁ、今日こそは観念（かんねん）して、大人（おとな）しく私の物（もの）になりなさい！』

「嫌（いや）ですよ！　私が犯人（はんにん）って証拠（しょうこ）なんか無（な）いから、逮捕（たいほ）は拒否（きょひ）します」

　インカム越（ご）しに先輩と会話（かいわ）をする。まあ私が犯人なんですけどね。この先輩の凄（すご）いところは、証拠なんか全（まった）く気（き）にせず、私が犯人だと断定（だんてい）することだ。そして、その断定が必（かなら）ず当（あ）たるのだから、先輩は私を誰（だれ）よりも理解しているのだと認（みと）めざるを得（え）ない。

　物（もの）も言（い）わずに、先輩が撃（う）ってきた！　実（じつ）銃（じゅう）である。法律的（ほうりつてき）に、日本で撃（う）てる訳（わけ）が無（な）いのだが、先輩は上級（じょうきゅう）国民（こくみん）の娘（むすめ）さんだから問題ないらしい。凄（すご）いね、上級国民。

「ちょっと先輩！　乱暴（らんぼう）ですよ。間違（まちが）って別（べつ）の所（ところ）に当（あ）たったら大変（たいへん）じゃないですか」

『問題ないわよ。私、絶対に外（はず）さないから。そういう能力（のうりょく）なのは知（し）ってるでしょうに』

　ええ、知ってますけどね。私は右手で掴（つか）んだ弾丸（だんがん）を弄（もてあそ）ぶ。普通（ふつう）、背中に向けて撃たれた弾丸を掴（つか）むことなど、できないが。ちょっと私は普通（ふつう）じゃなかった。発射（はっしゃ）直後（ちょくご）の弾丸は熱（ねつ）を持（も）つから、本来（ほんらい）は持（も）つのも一苦労（ひとくろう）だが、既（すで）に熱は私が奪（うば）っている。

　道路に物（もの）を捨（す）てるのも良（よ）くないので、掌（てのひら）から私は弾丸を消（け）した。まるで手品師（てじなし）のようだ。種明（たねあ）かしは先輩との追（お）いかけっこを終（お）えるまで、ちょっと待（ま）ってほしい。私と先輩の追（お）いかけっこはルールが決（き）まっていて、走行（そうこう）距離（きょり）は四十（よんじゅう）キロ以内（いない）といったところだ。

　この遊（あそ）び（と言（い）ってしまうが）で、先輩は私を捕（つか）まえたがっていて、もし捕（つか）まったら私は先輩の恋人（もの）として生涯（しょうがい）を過（す）ごすことになるらしい。人権（じんけん）って言葉（ことば）を知（し）ってますか、先輩。

『文句（もんく）は受（う）け付（つ）けないわ！　こうでもしないと、貴女（あなた）の窃盗（せっとう）行為（こうい）は止（と）められないんだから。私の愛で、生涯（しょうがい）を掛（か）けて、貴女を改心（かいしん）させてみせるわ！』

　意気（いき）揚々（ようよう）と先輩が宣言（せんげん）する。参（まい）ったなぁ。思（おも）えば出会（であ）った時（とき）から、先輩は強引（ごういん）そのものだったと、時速（じそく）百（ひゃく）キロ越（ご）えの世界で私は記憶（きおく）を辿（たど）っていた。