第42話 また会う日まで

「これから、どうするのさ?」

「ん?」


 センカギケンの搬入口に停められたトラックを遠目に、サトルは質問してみた。無駄に広い庭にポツンと置いてあったベンチにマヒロと並んで座っている。

 互いに瓶のコーラを手に持ち、ちびちびとあおっていた。よく晴れた青空の下、緑樹の間を抜けてくる風が気持ちいい。

 そんな中、トラックから出てきた作業着のスタッフたちが次々に荷物を運び出しては荷台へと乗せていた。


「ハジメを守る方法を考えるさ。今回の件でセンカギケンの中央本部へ呼び戻されてしまったから色々と面倒ではあるがな」

「守る? 直すじゃなくて?」

「修理はできる。問題はソッチじゃない。ソフトウェアリミッターを外されていたとはいえ、ハジメは人間に危害を加えてしまった」

「俺は、なんとも思ってないよ? 好きな人を盗られたって思い込んでいたんでしょ。怒ったっておかしくないよ」


 何故かマヒロは顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。

 残ったコーラを一気に飲み干し、ドンっと乱暴にベンチの上に置く。


「東堀所長への脅迫、わたしへの監禁、サトルへの暴力。普通の人間なら逮捕されている」

「まぁ、確かに」

「この国の法律はAIの存在を考慮していない。制定された時代にそんなものはなかったからな。そういう権力を振り回す連中にとって、もっとも簡単な解決方法はなんだと思う?」

「ハジメを壊すこと……か」

「それは初手だ。今回の件が原因で、一部のAIの研究が禁止される可能性もある。人間に似せて作るな、と」


 マヒロは忌々しそうに顔を歪めていた。

 自分の研究分野が封じられるのは耐え難いことなのだろう。


「昔、ドローンが危険だからと法律で雁字がんじ搦めにしたことがあった。結果としてこの国では普及が遅れ、産業としても諸外国に後塵を拝した。AI分野で同じことはさせない。わたしは何でも言う事を聞く奴隷を作りたいんじゃない、人間のパートナーになれる存在を生み出したいんだ」

「戸森先生らしくて凄いな、そういうトコ」

「え?」

「もう講師じゃないんだ。だからわたしのことは名前で呼べ」

「いきなりだなぁ……」

「い、いいだろ! それくらい! わたしの方が歳下なんだし、ハジメのことだって呼び捨てじゃないか! それにいつの間にか敬語を使わなくなっただろ!」


 顔を真っ赤にしてプルプル震えるマヒロを一瞥し、サトルはちょっとだけ踏み込むことにした。でも尊敬する先生ということに変わりはない。


「マヒロ?」

「なんで尻上がりなんだ」

「いや、照れ臭くて」


 ジト目をされてしまった。だが、そんなところがかわいい。


「とにかく、だ。わたしはわたしの責任を果たす。あの子が帰って来られるように」

「安心した」

「なんだ、藪から棒に」

「マヒロがずっと、ハジメを想ってくれているから。すごく羨ましいよ」

「これからしばらくは頭の固い連中の相手だ。何年かかるか分かったもんじゃない。わたしの本筋は研究なんだがな。そういうサトルは、これからどうする? やりたいことがあるとか言ってたな?」

「俺の方も時間がかかるよ」

「ほほぅ? 自称・頑張れない男が一体なにをするつもりなんだ? まさか、カノジョが欲しいとか言い出すんじゃないだろうな?」


 ニヤニヤと意地悪そうに笑うマヒロを尻目に、空を仰いだ。

 だって、天才少女の方を向きながら決意を告げる勇気はまだ無かったから。


「俺も憧れの人を見つけたんだ。マヒロが憧れているのは、えっとガガーニンだっけ?」

「ガガーリンだ、馬鹿者。人類史上、初めてこの星を宇宙から見た男だ。わたしも彼みたいに最初の景色というものを見たいと思っている」

「そうだった。とにかく俺はその人に憧れて、尊敬もしてる。俺もその人みたい頑張ろうって。だから進学するよ」

「それはわたしのことか」

「そうだよ」

「恥ずかしい奴だな。ま、いいんじゃないか…… も、も、も、もし勉強で分からないことがあるならわたしが教えてやろうか? なんたって天才だぞ? 大学受験くらいの内容ならば6歳のときには完全に理解していたからな!」

「マヒロって古文できるの?」

「うぐっ…… なんだ、文系に進学するつもりなのか……」

「あ、やっぱりダメなんだ」

「うるさい! 興味のない分野だからまったく勉強しなかっただけだ! やればきっとできる!」

「冗談だよ。理系志望。やれるだけやってみる」

「む…… それなら応援してやるか」

「ありがとう」


 空の瓶が二本並ぶ。マヒロはベンチで足をブラブラさせて、時折サトルの方を見てはまた視線を研究所の建物へ戻した。

 時間はたくさんあった。けれど、言葉は無い。

 こういうのが二人だけの時間というものだろう。

 トラックが荷物を積み終わる頃には、空がオレンジ色になっていた。


「俺、そろそろ帰るよ」

「あぁ」

「それじゃ、

「また?」

「うん、また」

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