第40話 変わらないもの、変わったもの

 いつものように朝食を用意し、祖父と一緒に食べる。静かな朝は変わり映えがしないし、ちょっと慌ただしい。けれども嫌いじゃなかった。


「なんだか嬉しそうだね」

「そう? そんなことないと思うけど」

「前よりも逞しい顔付きになったよ」

「変なじいちゃん。朝からどうしたのさ」

「ははっ、なんでもない」


 食後のコーヒーを終え、支度を済ませた祖父と一緒に玄関を出る。

 近くのバス停まで一緒に歩いた。


「じいちゃんの会社って、ロボットの部品を造ってるんでしょ?」

「ざっくり説明するとそうなるね」

「人間みたいなのも造れるものなの?」

「造れるよ。サトルはそういうのに興味があるのかい?」

「あるから、話を聞きたいんだ」

「いいとも。教えられることならばなんでも教えるよ」

「もしかしてさ、じいちゃんて会社で偉かったりする?」

「うーん、どうなんだろうね。一度は引退した身で、それを技術顧問という肩書きで再雇用してもらったからね」

「そうなんだ。知らなかった」

「仕事に興味を持ってもらえて嬉しいんだけど、なんだか照れ臭いよ」


 そう笑いながら祖父は頭をかいた。どうやら本当に照れているらしい。

 バスに乗って駅へ向かう祖父と別れ、サトルは軽い足取りで学校へと着く。

 教室に入るとクラスメイトの何人かと挨拶を交わした。マヒロのスピーチ訓練を通して知り合った面々である。ちょっとした会話をしていたら呼び鈴が鳴った。


「え~、みんな。おはよう」

「「「おはようございます」」」


 いつも通りの岩崎先生が入ってきていつも通りに出欠を取る。

 しかし、戸森ハジメの名前が呼ばれることはなかった。サトルの隣の席はぽっかりと空いたままである。


「放課後は進路相談の面談があるから、該当する生徒は進路相談室に来ること」


 手短に連絡を済ませた岩崎先生と目が合う。キミも来るんだぞ、と釘を刺してきたのだ。

 勿論、逆らうつもりなんてない。曖昧な笑顔で返しておく。


「それと、今日は戸森マヒロ博士の任期最終日だからね。このあとの全校集会でお話があるからサボらず出るように」


 これは寝耳に水といった生徒が殆どだった。

 一気に教室がざわつき、困惑の色が浮かび上がる。


「え? 急じゃない? 聞いてた?」

「知らないよ。でも戸森博士の授業、面白かったのになぁ」

「あ~あ、残念」

「つーかさ、戸森博士ってあがり症じゃなかったっけ? また校長に喋らせるの?」

「バーカ、知らないのかよ。人前で喋る練習しまくって大丈夫になったんだよ。普段と全然違う喋り方をするけど」


 サトルだけが黙って俯き、机を見ていた。

 静かに目を閉じて息を吐くとちょうどホームルームが終わる。

 ぞろぞろと教室から出て体育館に向かう級友たちを見送り、サトルは最後に立ち上がった。

 廊下を進むと歩みを遅くした岩崎先生が肩を並べてくる。


「ちゃんと面談には行きますよ」

「殊勝な心掛けね。それよりも大丈夫なの?」

「何がですか?」

「戸森博士と一緒にいることが多かったでしょ」

「アシスタントというか、被験者というか、そんな感じだっただけですって」

「寂しくない?」

「ハジメさんの方も長期の病欠になっちゃったし、大塚くんの話し相手がいなくなっちゃったのが心配なのよ」

「大丈夫ですよ。元の状況に戻っただけですから」

「それって、良いことじゃないでしょ?」

「状況だけですよ。俺まで元に戻ったわけじゃありません」

「もしかしなくても、大塚くんも刺激を受けたみたいね」

「岩崎先生もですか?」

「彼女は面白い人だったわ。ストレートな物言いで、ちょっと憧れちゃう」

「じゃあ、戸森先生のキャラでも真似してみますか?」


 人前で緊張しない方法を教えてくれたのは岩崎先生だ。キャラクターを作って喋っているのなら、本当の岩崎先生はどんな人なのだろうとちょっとした疑問が浮かぶ。

 きっと大差が無い。ちょっとぶっきらぼうで堂々と喋る。そんな気がした。


「やめておく。私みたいな年齢の人間が、あんな風に振る舞ったら笑われちゃうわ。戸森先生のルックスだからギリギリ受け入れられているのよ」

「受け入れ……られているのかなぁ?」

「大塚くんは受け入れてるでしょ」

「確信が持てないですね……」

「ふふ、そうね。さぁ、急ぎましょう。全校集会が始まっちゃう」

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