第31話 反乱
東堀はクルマの中で6時間も待った。センカギケンの支部から少し離れたコンビニの駐車場に停め、刑事の張り込みばりに耐えていた。体力的に厳しく、車内から出たときにはフラついてしまう。それでもやるしかないかった。
ようやく深夜になり、行動開始となる。
(今週の戸森マヒロのスケジュールは確認した。今日は外泊予定だ。あの人形もディープスリープになっている)
広い庭の真ん中にある円柱状の建物を目指す。クルマは路上駐車し、裏側へ回る。正面玄関の反対側には地下へのスロープが設けられており、搬入口になっていた。
東堀は裏口から自分のカードキーで中へ入り、メンテナンスルームへ忍び込んだ。
壁のディスプレイは消灯して沈黙。ベッドの上ではボディスーツ姿のハジメが目を瞑っている。
(こうなってしまっては、この人形に直接アクセスするしかない)
床に散乱していたケーブルを拾い、接続先を辿る。眠り姫の首筋へと繋がっていることを確認し、持ってきたノートパソコンに接続する。
一度はハジメの設定変更に成功しているが、そのせいで外部からのアクセスはもう通用しない。セキュリティのレベルが上がっていて、所長権限ではログが消せないソフトがネットワーク上を走っているのだ。次にネット経由で触ったらバレる可能性がある。
嫌がらせで押し付けた講演も乗り切られてしまい、逆にマヒロの評判を上げてしまった。
(設定変更なんて生温いことなんてしない。命令を上書きして、暴れ回ってもらう。そうすれば戸森マヒロの面子は丸潰れだ)
曲がりなりにも研究者として優れていた東堀は、その知識や技術をフルに導入して部下を破滅させようとしている。
東堀は戸森モデルの理論を理解しているし、躯体の構造にだって詳しい。だからこそ致命的に破壊できるのだ。
そんなことをすれば当然、犯人だとバレなくても組織のトップとして責任も問われる。しかし度重なる妨害が全て失敗に終わり、いよいよ所長の地位も危うい。守りの姿勢のまま退場させられるのは嫌だった。
ハジメの中身はいくらかアップデートされているものの、東堀の知る範囲でどうにかハッキングできそうである。
(ハードウェア的な限界に対して3割以下に抑えられている出力、人間への優先度、目的の錯誤…… くっくっく、タガの外れた暴走AIになってしまえ)
中身を書き換えて保存。エンターキーを叩いたときの余韻は極上だった。
それまでディープスリープモードだったハジメはゆっくりと目を開く。
瞳は赤く染まって不気味な色を放っていた。表情を作るためのアクチュエーターは停止していて、喜怒哀楽の全てが失せている。
(よし、あとはカードキーを使ったログを消して退散するだけだ)
この建物は予算がなくてセキュリティが甘い。元々は取り壊す予定だったのだが、マヒロが無理矢理占拠してしまったのである。監視カメラですらハリボテで、記録は取っていない。それらは全て確認済だった。
しかし……
上体を起こしたハジメがジッと、東堀を見つめている。
(待て。なぜ、ディープスリープモードのまま動いている?)
書き換えに際して、モードが解除されてしまったのだろうか。
いや、そんなヘマはしない。第一、中身をリセットしたのだから起動コマンドを受けなければ動かない筈だ。
ハジメは無表情のまま、東堀の持つノートパソコンを指差す。
「そのプラグ、接続先は床のデスクトップパソコンですよ」
「へっ?」
一瞬、目の前の寝起きのAIが何を言っているのか分からなかった。
絡まったプラグコードを辿り寄せると接続先はハジメの首筋ではなく、床の上に置いてあったパソコンの背面に繋がっていた。
「え? え?」
「こんな簡単なトラップに引っかかってくれて助かりました。ケーブルのアクセス先は私のバックアップデータになるように細工してあります。東堀所長が何をしようとしていたのかは容易に確認できますね」
「あ」
押し寄せていた筈の高揚感は潮を引いたように消えていく。
その代わり、不確定だった筈の破滅の足音はハッキリと聞こえてきた。
「講演前に忍び込んでくると予想していましたが外れました。あなたはマスターの発表練習を校長と一緒に覗き見していましたからね。あのとき、発表資料のバックアップの入ったストレージが存在すると想像できた筈です。そこまで頭が回りませんでしたか?」
ここでようやく、ハジメが笑顔を作る。機械的で、決まりきっていて、本当は笑っていない形だけの笑顔を。
ハジメは自分の首に刺さったプラグコードを次々と引き抜いていく。金属部分が床に落ちると乾いた音がメンテナンスルーム内に響いた。
「実はさっさと忍び込んで欲しかったのです。ストレージを握り締めて待っていたくらいですから。計算違いだったのは、講演前夜に私がディープスリープに設定されたことです。そのせいで会場へ行けなかったんですよ。本当なら焦るマスターにストレージを差し出して、私が褒められる筈だったのに……」
「お、お前は一体……?」
「そんな驚いた顔をしないでください。あなたがマスターを潰したがっているのは知っていました。マスターが大勢の前であがってしまう欠点を克服した以上、失敗させるなら発表資料そのものの削除しかありません」
「なんなんだ!? 機械のくせに何を企んでいる!?」
「大声を出さないでください。所長に提出したマスターのスケジュールも、私がこっそり書き換えたものです。あなたが忍び込みやすいように。奥の休憩室でマスターはお休みになられていますから、起こしたくありません」
「あ、あ……」
ここでようやく、東堀は自分が嵌められたことを悟った。
立場を利用して秘密裏に動いていたつもりが、全てAIの手の上で踊っているだけだったのだ。
「度重なる部下への妨害行為が露見したらどうなるでしょうね?」
「や、やめてくれ…… お願いだ……」
青褪めて縋りつくも、あっさりと振り解かれてしまう。
尻餅をついた東堀は一度ハジメを見上げ、すぐに両手を付いて土下座した。
「頼む! このことは内密に……! なんでもする。頼む……」
「その言葉を待っていましたよ、東堀所長」
頭を上げると、ハジメはメンテナンスベッドに腰掛けて足を組んでいた。とても造りものとは思えない、妖しげな目をして。
「私に対する命令優先権を解除してください。誰も私に命令できないように。あと念のため、躯体リミッターの解除もお願いします」
「……へ?」
要求内容に戸惑い、首を傾げてしまう。
それらは東堀がハジメに施そうとしていた細工とほぼ同じ内容である。
強いて言えば、暴れるように仕向けていない点が異なっていた。
「私へのアクセスを許可します。ただし、変な細工はしないでください。あなたの悪事の証拠はたくさんありますし、一定時間内に私が解除しなければそれらを暴露するプログラムがネットワーク上に仕掛けてありますよ」
「な、何をするつもりなんだ?」
「私とマスター、二人だけの世界を作るんです」
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