第23話 近所の散歩
スマホと飲み物を入れたマグカップをもって自分の部屋に入る。スマホの画面を操作しながら教科書と問題集を取り出す。
机の上に広げてから、10分スマホを触ったら勉強すると決めた。
気になる音楽を検索し、ファッションやメイクを調べる。そろそろ勉強しないとと思っていると通知音がした。
──青木くんだ!
急いでメッセージアプリを立ち上げると、いつもより長い文が送られてきていた。
『今日は、小林と藤崎先輩が勝ってよかったな。藤崎先輩がなんでやり返さないのかずっと考えていて、ミハネは何でだと思う? 俺だったら、間違ってるのは持ち物隠したり、陰口を言うやつなんだから、反論が出来ないくらいに叩き潰してやればいいと思うんだよな』
──えっと、叩き潰すって……青木くん、物騒……
それにしても難しいことを聞いてきている。美羽はしばらく悩んだ。
美羽のように、『反論が苦手』とか、『嫌だとか言えない』とか考えたが、藤崎先輩は優しいけどそうじゃない気がする。
試合中、ラケットを振っている先輩は、気が弱いとは思えなかった。相手の打ち返しづらいコースを、ガンガン攻めていた。
──気が弱くない?ってことは、気が強いってこと? いや、強いは言いすぎ?
気が強い、気が強い……
気が強いといえば、彩夏を思い出す。それから青木?? 辻も物腰は柔らかいが、芯が通っていて気が強いといわれればそうかもしれない。彩夏と青木はやり返すタイプだ。辻だったらどうするだろうか。
──辻くんだったら、結果で示す??
空いている時間はずっと勉強をしている辻の姿を思い出した。入学したての課題テストの結果は、あまり良くなかったらしい。そこからずっと努力し続けて少しずつ順位を上げ、学年トップに手が届きそうだという。
藤崎先輩の結果で示すとは・・・県大会だろうか。藤崎先輩を悪く言う部員が県大会に行けず、藤崎先輩が県大会に行けば、中立の部員は藤崎先輩側になるのではないだろうか。いくら悪口を言っても、妬んでいるようにしか聞こえないのでは。
地区大会のベスト8までしか県大会には行けない。彩夏ですら、県大会は自信がなさそうだった。組み合わせが悪かったことを考え、敗者復活戦もあるようだが、出場人数を考えると、かなり狭き門だと思う。
『県大会に出て、実力を示すって、やり返すことになるのかな?』
青木の返信が気になるものの、少しは勉強しようと教科書に目を落とす。中間テストが少しずつ近づいてきていた。
英語の単語をチェックしていると、青木からの返信。
『やっぱりそうだよな。俺だったら、反論して叩き潰すことしか考えないと思うんだよな。もしかしたらこの方が、穏便だけど効果的かもしれないな。今回は、そういうやり返し方もあるんだって、勉強になった。藤崎先輩と小林を応援しなきゃな』
美羽は叩き潰す方が青木らしいと思った。
『私も応援する』と返信した。
──『勉強になった』か……
彩夏はテニスを頑張っている。辻は医学部を目指して努力している。青木もなりたいものに向かって努力をしている。
美羽も、新しい一歩を踏み出さなければならない気がした。
──やっぱり、行ってみようかな。
次の日朝早くから外出の準備をする。
「散歩に行ってきま~す」と家を出て、まず向かったのは中学校。
久しぶりに見た校舎は思ったより小さく感じた。校庭ではサッカー部が、ボールを追いかけている。
美羽が始終顔色を伺っていたのは、梨佳という子だった。気の強そうな目をして、思ったことをはっきり言う子だ。
嫌なことも、たくさんあった。でも、嫌なことばかりではなかったと、今では思っている。
梨佳ちゃんと一緒にいたから、他の子から嫌がらせをされることはなかった。梨佳ちゃんにはバカにされたけど。
梨佳ちゃんの宿題をやらされたから、自然と成績は上がっていった。だから、今の高校に合格できたと思っている。
今の学校に通えなければ、彩夏や青木、探偵部のメンバーには会えなかった。そう思えば、全てが悪かったとは思えない。
美羽の今を作っているのが、過去の全てだとしたら。
──まぁ、もっとうまく立ち回ることもできたとは思うんだ。そんなこと言っても、今さらだけど……
中学校を後にして、近くを通ることすら嫌だった小学校にいく。
美羽が使っていた門は、徒歩で入るためのもので、思った以上に狭かった。
──ここを通っていたんだっけ?
あまりの小ささに、キョロキョロと回りを確認するが、他に該当する場所はなさそう。
思い出の中の校門は色を失っていて、花壇に咲いた色とりどりの花が新鮮だった。敷地内にも木々が多く、緑で溢れている。
──門の色もこんなに可愛らしかったっけ?
薄緑色の門は所々剥げていて、最近塗ったわけではなさそうだ。昔からこの色だったのだろう。
高校の校舎と校庭を見慣れたからだろうか?校舎も小さくて、校庭も狭く感じた。
──こんなに狭い世界にいたんだ。
小学校のときには広いと思っていたのに。家から学校までの通学路も大冒険だと思っていたのに。
電車に乗って通っている高校と比べたら、とても小さな世界だったんだと実感してしまった。
閑散とした校庭を横目に、美羽が通っていた門とは別の門の方向に歩く。
あまり馴染みのない門だが、半分くらいの生徒はこちらの門から通っていたはずだ。
近くに先生方の駐車場もあった。今日は一台も停まっていない。校庭から見る駐車場は、子供の入っていい場所ではなかった。別に気にする必要なんて、ないだろうに。
小学校の頃に謎ルールを考えながら、さらに学校の周辺を歩く。
美羽がほとんど来たことのないところに、正面玄関があった。お客さんが入ってくるところだ。
近くの掲示板に小学校でのイベントが書いてあるプリントが貼ってあった。色々なイベントを近所の人に通知する目的だろう。
大きく『通学の時間に見守りをお願いします』とか、『小学校でボランティアをしてみませんか?』とあったので、小学校には近所の人との繋がりというものがあるのかもしれない。
その中の一文に目を奪われた。
『心理カウンセラーとお話ししませんか?』
心理カウンセラーの来校する日程と共に、保健室にいる旨が書かれていた。
──心理カウンセラーなんて、昔からいたんだろうか?
美羽が通う頃にはなかった制度なのかもしれないし、美羽が気がつかなかったのかもしれない。
問題を抱えていたときでも、担任の先生や親に相談する気になれなかった。子供の問題は子供同士で解決するべきだと思ってしまったのだ。
大人に助けを求めてはいけないと。
今となっては、相談すればなにか変わったかもとは思うが、小学生のときに相談するという選択ができたかどうか。
──担任でも親でもない大人が、ただ話を聞いてくれるのであれば、聞いてほしかったかも。
実際来てみれば、中学校も小学校も小さな世界だった。なぜ近くを通ることですら嫌悪感がしたのか、わからない程に。
もう怖くはなかった。
その代わりに、保健室の先生や心理カウンセラーという存在が美羽の中で気になる存在となった。
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