第10話 急遽掃除

 美羽が顔を上げて、飯塚先生が出ていった扉を見る。

 青木は立ち上がって、壁際をフラフラしはじめた。

「そういえば、辻~、トイレに行きたいって言ってなかったか?」

 不自然に大きな声だ。

──そんなこと言ってたっけ?

 辻は、「ん?」っと小さく呟いたが、「あぁ~」っと青木の言いたいことが伝わったようだった。

「そうでした。そうでした。ちょっと行ってきますね~」

 大きな声で宣言して、出ていった。

 扉の向こうから、話し声が聞こえる。

「あれ? 飯塚先生、後藤先生はまだ帰ってこないと思いますよ」

「いや、今から戻ろうかと思っていたんだ」

 飯塚先生の怒鳴るような声はよく聞こえた。

「やっぱり伝言して・・・」

 辻の声が遠くなっていく。

 本当にトイレに向かったようだ。


 その間に青木が数学準備室の中を見て回る。

──何を探しているんだろう?

 探偵部が使わせてもらっている真ん中の大きな机は、綺麗に片付いているが、壁に向いている個人用のデスクは色々なもので溢れていた。

 いつから置いてあるのかわからない変色したプリントの束。見たことのない古めかしいデザインの教科書や問題集。何が入っているのかわからない段ボールに、懐かしさを覚える大きな三角定規。

 青木は次に、デスクの下を覗き始めた。デスクの下にも段ボールに詰め込まれた書類らしきものがある。奥の方は段ボールから溢れて、折れ曲がってゴチャゴチャとしていた。

「青木~何してるんだぁ~」

 北野が気の抜けた声を出した。

 青木は、自分のリュックからペンを取り出すと、殴り書きしながら「あぁ~ちょっとなぁ~」と言った後、走り書きを見せる。

『声を出すな』

「えっ? なんでふぁ」

 青木が素早い動きで、北野の顎をつかんで小刻みに揺らした。

「何しているんですか?」

 辻がトイレから戻ってきた。

──あれ?後藤先生遅くない?

 青木は北野にしたように辻にも走り書きを見せた。

 辻は青木のペンを奪って、『なぜ?』と書いた。

『トウチョウキをさがしている』

 辻は少し考えると、立ち上がって青木と同じようにデスクの下を覗き込み始めた。

 盗聴器をいう言葉に青くなりかけたが、小さくなって震えていても何も解決しない。

──青木や辻は、自分ができることをやっているんだ。

 美羽も立ち上がり、青木の肩をチョンと叩く。青木が向いたのを確認すると、自分を指差した。

──私は何ができる?

 青木には伝わったようだが、走り書きが雑すぎて読みにくい。予測しながら読む。

『コンセントさがして』

──それでデスクの下を覗いていたんだ。

 すぐに青木は北野をトイレに行かせた。今度は『なんで?』とは聞かなかった。

 青木に指示された通り、アニメの主題歌を歌いながらトイレに行くのが聞こえる。すると先に後藤先生が戻ってきた。

「あっ、後藤先生。盗聴器は見つかりませんでした。皆ももう話してもいいぞ」

「と、盗聴器!?」

 初耳の後藤先生は、一人で驚く。

「急になんで? 辻君が飯塚先生が来ているって大きな声で教えてくれたから、トイレに籠っていただけなんだけど」

 北野の歌で飯塚先生がいないことがわかり、戻ってきたらしい。

 もし、飯塚先生がまだいたら、大きな声で歌を歌って歩く北野が、なにも言われないはずがないのだから。

──後藤先生って、飯塚先生苦手なのかな?

 良くわからないという顔で、キョトンとしている美羽に辻が補足した。

「ミハネさんが探偵部に入る前の話ですが、大した用事もないのに毎日のように来ては、後藤先生の仕事の邪魔をしていたんですよ。僕たちが毎日いるってわかって、来る率は減りましたけど」

──えっと、もしかして、飯塚先生の片想い? しかも、嫌われちゃってる?

 大人にも恋愛のいざこざがあることに驚いた。何となく大人は恋愛とは遠い存在だと思っていたからだ。

 トイレに行っていた北野が戻ってくる。自分が何のために歌いながらトイレに行ったのかわかってはいないようだったが、青木に「北野、ナイス!」と言われて嬉しそうだ。

 青木が、後藤先生が席を立ってから起きたことを説明した。

「ノックをせずに入ってきたのは、後藤先生が部屋を出たのを確認したからだと思うんですよね。俺たちがここには勉強しにきていると思っていて、期末テストの終わった日にいるとは思わなかったんじゃないですか?」

 辻が「あぁ~」と言ったのだが、北野は「なんで、思わなかったんだ?」と良くわからない顔をしている。

──きっと、探偵部の活動について知らなかったんだ。

 正式に部活として届け出ているわけではないのだから。

「んで、何故わざわざ後藤先生がいなくなった隙にここに入ってきたのかってのが気になって、しかも挙動不審だったんで盗聴器でも仕掛けてあるんじゃないかと思たんです。僕たちがいつもいるんで、このまま仕掛けておいたら見つかるって心配になったのかと」

 電源が必要な盗聴器は、コンセントについていることが多いらしい。

 だからコンセントを探したが、特に怪しいものはなかった。

「でも、盗聴器って、不自然じゃないですか?」

 辻が言うには、後藤先生は一人で仕事をしているので、話さないのだから、盗聴する意味がないというのだ。独り言が激しいのなら別だが、後藤先生は静かに仕事をするタイプだ。

「じゃあ、何しに入ってきたんだ? 後藤先生の愛用の品を盗むとか?」

 青木は辻と議論を始めてしまった。後藤先生は顔をしかめている。

──自分の愛用品を盗まれたら腹が立つし、気味も悪いよね。私だったら、学校に来たくなくなっちゃうかも。

「たしか、青木が色々言ったとき、飯塚先生、キョロキョロしてましたよね?」

「そうなんだ。ここら辺だったから先に見たんだけど……」

「物も多いんで片付けてみますか?」

 「これ、昔の先生が置いていったものですか?」って言いながら整え始めた。青木は飯塚先生の目線が向いたところを中心に片付けているようだ。



「ん? あぁ~!! これだ~!」

 青木が指差す先を見ると。小さな黒いものが。

「カメラですね」

──え~! カメラってことは、盗撮ってこと!?盗聴も気持ち悪いけど、盗撮はもっと気持ち悪い。

 完全に美羽のなかで飯塚先生は怖くて気持ち悪い先生になった。

「あぁ、このサイズじゃあバッテリーがもたない。回収して充電したかったんじゃないか?」

「これ一つですかね?」

 気味が悪いだろうに気丈に振る舞う後藤先生も含めて、全員で探す。北野もわぁーわぁー言いながら探した。他のカメラは見つからなかった。

 机の上がゴチャゴチャだとまた仕掛けられてもわからないので、整理整頓しておこうと辻が言い出した。

 手分けしてまとめて、横に寄せた。

 綺麗になったので、なにか置かれたら見つけられそうだ。

「先生、トイレに行くだけでも鍵をかけてくださいね。他にここの鍵を持っている先生は?」

 数学科の先生なら持っているらしい。飯塚先生が他の先生を使って入ることも考えられるので、明日からもう少し綺麗に整頓することになった。


 後藤先生は少し顔をひきつらせていたが、この学校に来たばかりで、大事おおごとにはしたくないそう。これ以上何かなければ、このまま気を付けて生活するという。

 お礼をいう後藤先生に、「僕たちは活動場所を提供してもらっているんで、お互い様です」と辻が。

「本当にありがとう。青木くんの提案に乗って良かったわ」

 後藤先生は、まだ少しひきつった顔でぎこちなく笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る