15 対決
「俺がやらなきゃなんねえのか」
ジャックスは剣に右手を掛け、ゆっくりと柄を握った。
3人が身構えた時、
「駄目だ、こいつらにゃ勝てねえ!」
1人のワイダル兵が後ずさりし始め、ジャックスの脇を通って走り去ろうとした。
「なんだお前、敵は向こうだぞ?」
「俺は逃げるぞ。これ以上戦うなんて、冗談じゃねえや!」
「何言ってんだ、金貰ってここに来たんだろうが」
「俺は腑抜けたオークを痛め付ければいいって言われたから来たんだ。あんな強ぇ奴等がいるなんて聞いてねえ!」
泡を飛ばして主張する男に、ジャックスは眉を寄せる。
「もう戦えませんってことか?」
「そうだ、俺は抜けさせてもらうぜ」
「じゃあ、お前はもう要らねえよ」
そう言い捨てたとき、ジャックスの右手は斜め上に伸び切っていた。
その手には抜き放たれた長剣が。
「は、ひっ!」
男は右脇腹から左胸にかけて、深く切り裂かれていた。
意表を突かれたことに加え、そのあまりの速さゆえに避ける動作など出来はしない。
恐らく自分がどう斬られたかにも理解が達していない。
「っ! ぐぎゃあ!」
一拍置いて血が噴き出し、男はドッと倒れた。
土の上に見る見るうちに血溜まりが広がり、黒い湿地を作っていく。
あれでは多分、回復魔法でも手の施しようがない。
「ちょっとばかし手元が狂ったなあ。脅かす程度のつもりだったが。まあ、んなことはどうでも良いか。よくある事故だ」
ジャックスはもう殺人を隠そうともしていない。
周りは完全に引いていた。
オークだけでない。味方であるはずのワイダル兵までも。
「自分の手下を……おめえ、どこまで人でなしだ!」
静まった集団の中から、1人のオークが飛び出した。
拾った大振りの斧を持ったダンギだ。
「こいつめ、ルイーザ様もそうやって殺したか!」
「フガフガうるせえぞ、豚っ鼻。人間様に気安く話しかけるな」
ダンギは奥歯を噛み締めると、肩を怒らせ、猛然と駆け出した。
「この野郎ぉ、ルイーザ様の仇だ!」
斧を軽々振り上げると、ジャックス目掛けて全力で振り下ろす。
「──ぐがあ!」
しかし、崩れ落ちたのはダンギの巨体だった。
ジャックスは紙一重で避けると同時に、腹を切り払っていた。
「うぐぐ……」
「豚ヅラが。お前みたいな醜いモンスターはなあ、地べたに這いつくばるやられ役がお似合いなんだよ! うらあっ!」
腹を押さえて倒れているダンギにジャックスが蹴りを入れる。
やめろお、とオークたちから悲鳴が上がった。
「せっかく俺が
ジャックスは
剣身を覆うように青黒いエネルギーが充填していき、
「食らえ、そして悲鳴を上げろ!」
剣が真一文字に薙ぎ払われる。
すると、斬擊の軌道を
高速で飛来するエネルギー弾に、オークたちは手持ちの武器で防ごうとするが、
「ぐわあ!」
「ぎゃあ!」
衝撃を殺すことはできず、成す術なく弾き飛ばされた。
「ははは、そらそらあ!」
「うぎゃあ!?」
「ぐはあ!?」
続けざまに打たれた攻撃の被害は、なんとワイダル兵にも及んでいた。
巻き添えではなく、ジャックスがだれかれ構わず技を放ったのは明白だった。
「いかん、あれは
リュウドが注意を促した。
暗剣波──邪悪な力を宿した魔剣から放てる、エネルギー攻撃。
ユウキは「
魔剣ダークソード
(魔剣ではあるが、形状も性能もオーソドックスで、さほど希少な武器じゃない。名もなき一振りに過ぎないと言っていい。だが、その力を使いこなすには上級職の暗黒騎士か、あるいはそれに匹敵する実力が必要となる)
「奴にはそのポテンシャルがあるということか」
ワイダルから貸し与えられた武器だろうか。
あの技でこれ以上暴れられたら、周囲への被害は計り知れない。
ユウキはワンドを構えて駆け出すと、
「ライトニングランサー!」
エレクトリックダートの上位魔法を唱えた。
雷の
ジャックスは迫る槍の1本目を横に回避すると、2本目を潜りながら走り出し、3本目は剣で叩き落した。
地面に刺さってスパークする槍を横目にジャックスは駆け抜け、4本目が発射されるより先にユウキへ肉迫した。
「!?」
「この距離じゃなあ!」
ごおっ、と剣を振り下ろすジャックス。
ユウキはワンドを掲げて防御を試みるが、それはたやすく切断された。
ギリギリで身を捩って避けるが、剣は軽鎧の薄いプレートを切り裂く。
「たあっ!」
アキノが横からロッドで援護に入るが、スナップを利かせた剣捌きでこちらも先端部を切り落とされてしまう。
「まとめてこいつを食らえ!」
ジャックスが身を翻しつつ、暗剣波の威力を乗せた回転斬りを放つ。
「うわあ!」
「きゃあ!」
サークル状にエネルギーが発生し、2人は数メートル吹き飛ばされた。
「そこそこ腕利きの冒険者だろうと俺の力の前には、っ!?」
倒れた2人をかばうように、リュウドがジャックスの前に立ちはだかった。
「その顔は、降参しますって顔じゃねえな」
「無論だ」
着物に衣擦れの音もさせず、リュウドは八双に構えた。
左足を1歩前に出して軽く右向きになり、刀のつばを顎の高さに合わせる。
示し合わせたように、ジャックスも構えを取った。
胸の高さで左手を軽く前に出し、剣の切っ先を相手に向ける。
リーチは五分五分。
互いに盾を使わない剣術スタイルのため、攻防の動きは噛み合う。
「リ、リュウド、俺が後ろから援護を」
「いや、ここは私に任せてくれ。ルイーザは卑怯極まりない方法でいたぶられ、なぶり殺しにされた。1人の剣士として、私がその雪辱を果たそう」
一対一で戦い、彼女の辱しめをすすごうというのか。
ユウキは彼の気持ちを汲(く)み取り、アキノとともに下がった。
一方、リュウドは斬り合う間合いへ入った。
対峙するその距離、約5メートル弱。
どちらも踏み込めば一太刀浴びせられる。
リュウドとジャックスが向き合った途端、場は緊張感で満たされた。
それは以前、酒場を支配したあの空気と似ていた。
緊迫した空気に飲まれ、オークもワイダル兵も戦う手を止めている。
固唾を飲む、一触即発の雰囲気が伝播(でんぱ)し、広がっていく。
ほんの小さな、ごく僅かなきっかけでこの場が急転する、そんな予感。
緊張が限界から溢れそうになる、そのとき、
パキッ
焼けた家から、木の破片が剥がれ落ち──
「いやあーっ!」
「だらあーっ!」
次の瞬間、2人の剣士は地を蹴った。
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