13 襲撃と真相

(ここからしばらく三人称)


 4人は村の裏手から戻った。

 事態は緊迫している。

 どうやら火の手が上がって騒ぎになっているのは村の入り口から中央辺りのようだ。


 駆け出そうとすると家の影から3人の男たちが出てきた。


 全員が人間。

 手には棍棒やショートソードが握られ、皮の胸当てをつけているが冒険者ではないようだ。


 荒んだ表情と粗野な雰囲気。

 偏見を差し引いても良識ある者たちには見えない。


「あっ、てめえらは!」

「なんでこんなとこにいやがる!」

「構わねえ、やっちまえ!」

 怒声と共に武器を構えてこちらに向かってくる。


「ユウキ、あいつらは、あの」

「ああ。殺さないように手加減しよう」

「心得ている」


 ユウキが手にしたワンドに魔力を込める。

 リュウドは抜いた刀を峰に持ち替え、アキノは長く伸ばしたロッドの片側を脇に挟み込んで構えた。


 3人がそれぞれ1人ずつ迎え撃つ態勢だ。


「ショックブラスト!」

 ユウキが先制し、衝撃波魔法を放つ。

 直撃した1人が吹き飛び、木の樽をぶち破って倒れた。


 リュウドは棍棒をたやすく避けると、脇腹に素早い一撃を入れる。


 アキノは剣を払い落として腹を突き、下がった顎にアッパースイングを叩き込んだ。


 2人はバタバタと倒れ、樽に突っ込んだ男は起き上がって来ない。


「こいつらワイダルの兵隊じゃない?」

 アキノが倒れた男をロッドで突っつきながら言った。


「ああ、屋敷で見た顔だ。となると、この先にいるのは」

「多分、ジャックスがいるな」


 3人がまた駆け出すと、その後ろをケネルはおっかなびっくりと追っていった。


 村の入り口付近に本隊がいるようだが、村中にワイダル兵たちが散り散りになって行動しているようだ。


 道すがらさらに数人を倒して、ユウキたちは争いの激しい村中央にまで辿り着いた。


 武装したワイダル兵たちを相手に、オークの若者たちが武器とは呼べないスキやクワといった農具で抵抗している。


 数は約30対30で互角。

 だがオークが圧されている。

 共存のためモンスターとしての攻撃性が弱まっているのか、腕力はあるが戦闘は不得意のようだ。


 その近くでは、恐らく付け火による火災で数軒の家が燃えていた。


「ハイドロ・スマッシュ!」

 ユウキはワンドの先から高圧で水を噴射した。

 消防車の放水のように、たちまち火は消し止められる。


 その様子に両陣営から、それぞれ歓喜とどよめきの声が漏れ、場には一時的にだが沈着の空気が漂い始めた。


「下がれ!」

 その雰囲気ムードを許さぬ厳しい声が、ワイダル兵の後ろから響き、連中はぞろぞろと下がっていく。


 オークとワイダル兵の間に割って入るようにユウキら3人が進むと、下がった兵たちを背にして見覚えのある2人が出てきた。


「ジャックス!」

 ユウキが叫ぶ。


 ジャックスとその横のジェスは顎をしゃくるようにして3人を見る。


「ああ、あいつらだ! あいつらが急に村を!」

 消火活動をしていたのか、服を焦がした村長がすがり付くようにユウキに言った。


「俺にガタガタぬかしたクソどもか。オークを贔屓ひいきしてるようだったが、こんなところで会うとはな」


「ジャックス、なんだってこんなことをする!?」


「ああ? 俺たちはルイーザを殺した悪いオークどもを懲らしめるためにやってきた、言わば正義の味方だぜ?」

「人殺しの犯人が正義の使者気取りとは、悪い冗談にもならないな」


「てめえ、また証拠もなしに人を犯人だと」

「証拠は出てるんだ」

 被せ気味にユウキは全否定する。

 確信に満ちた一言だった。


 昨晩、ユウキは2人と事件の経緯をまとめていた。

 それが、先ほどもたらされたリンディからの情報で補完され、1つの説として成り立ったのだ。


「ルイーザの遺体は、小さな黒い布の切れ端を持っていた。お前のマフラーの端と、ぴったりと一致するような形のな」


 ジャックスはマフラーを手にし、小さく舌打ちした。

 何か覚えがあるらしい。

 恐らく、激しく斬り結ぶなかで切り落とされたのだろう。


「パラディアという薬のことは言わなくても分かるな? ワイダル商会がごく最近、裏で流しはじめた最新の違法薬物だ」


「……」


「握っていた布を魔法捜査研究所で分析したところ、その薬物の成分を含んだ汗が付いていた。そのデータを踏まえた上で彼女の装備品を詳細に調べると、剣の切っ先に微かに付着していた血からも同様の成分が検出された。剣が達者らしい犯人も、さすがにルイーザ相手では無傷とはいかなかったようだな」


 ジャックスは無意識に左の肘に手を添えていた。

 斬られたのはそこか。

 切断でもされなければ、回復魔法で傷痕は残らない。


「薬物使用者の汗や体臭から材料の匂いが漂ってくるのは捜査の常識らしいな。その件について、仲間のアキノがあるときに確証を得た」


 アキノは強い眼差しで、前に出た。


「私は屋敷であなたに抱き寄せられたとき、パラディアの主な材料であるパラキア草特有の匂いを嗅ぎ取ったの。私は薬草を正確に判別できる知識があるし、なにより、犬獣人族の嗅覚は伊達じゃない。あなたがあの薬物を使っていたという証拠よ」


 続いてリュウドが前に出る。


一時いっときは騎士の従者だったお前なら、ルイーザが見回りに出る時間や道順などが分かるだろう。ならば、仲間と待ち伏せを仕掛けることもそう難しくはないはずだ」


 リュウドは殺害に関わったかもしれないワイダル兵たちを一にらみしてから、

「優れた剣術を持つルイーザはたとえ麻痺を起こしていても、その辺の男たちにはおくれを取るはずがないと聞いていた。そんな彼女に致命傷を与えられるのは、剣術大会で入賞できるほどの腕前がある者だ」


 リュウドが、ジャックスのいた長剣に目をやる。


 ジャックスはじっとりと3人をねめつけている。

 その視線を跳ね除けるように、ユウキは言った。


「薬物使用者で、ルイーザの動向を予想して仲間と襲うことができ、なおかつ剣術でかなう力を持った者。それが彼女を殺害した犯人だ!」


 ジェスがジャックスの顔をうかがっている。

 その姿は目に見えて狼狽していたが、ジャックスは動じない。


「俺はあの女がでぇっきれえだが、なんでわざわざ殺す必要がある?」

「あるさ、とてつもない利益が出る交渉を潰そうとしたんだからな」


 場を見計らって、後ろからケネルが出てきた。

 ここが出番だと見て、威厳のある咳払いを1つする。


「国土管理局員である私が先ほど、王立警察の代理人見届けのもと正式な調査を行った。その結果によると、この村の地下には希に見る量の魔法石が埋まっていることが判明した。この事実はすでに代理人3名に説明してある。魔法石は世界中で需要がある大変価値ある鉱物だ。見つけたものを適当に見積もっても、恐らく数千万ゴールドは下らないだろう」


「はああ!? そりゃどういうことだい!?」

 村長が体格に似合わぬ、裏返った声をあげた。


「分かってて土地を安く買い叩こうとしたんですよ」

 ユウキが村長に言う。


「ワイダルと関係のあったゲザン鉱業は安いベタン鉱石だと説明したが、最初から分かっていた上でそうしたんだ。そういう薄汚い商売をしてたってことは裏が取れてる」


 ジャックスは腕組みをして聞いている。

 もう半ば興味がなさそうだった。


「あと少しで上手く行くというときにルイーザが割って入った。正式な調査が行われれば、丸め込もうとしていた計画も利益も全て水の泡になる。だから、ワイダルか誰かの指示で殺すことにしたんじゃないのか」


 ジャックスの後ろで控えている兵たちの一部が慌しくなる。

 恐らくは犯行に関わっていた者たちで、図星なのだろう。


「暴行の被害届は出ているし、オークに偏見を持っている人は多い。この辺りで殺人が起これば、当然第一に疑いが掛かると思ったんだろう。いや、悪印象で疑わせるために、前もって被害届を出しておいたのかもしれないな。介抱しようとしたオークたちが容疑を掛けられて連れて行かれたのは彼等には不運だったが、お前等には出来過ぎの幸運だったはずだ」


 今度はオーク側があわただしくなる。

「最初っから、オラたちに濡れ衣ぅ着せようとしてたんか!」

「オラたち、ただ助けようとしてただけなのに」

「ふざけるな!」

 連行された3人、特に主犯扱いのダンギは怒りの唸り声をあげた。


「まあ、警察に連行されなくても言い掛かりで犯人扱いするつもりだったんだろう。活動家に批判をさせて、いかにもオークの仕業だという印象を街に広める。悪いレッテルを貼り付けるような噂や印象で真実が捻じ曲がることはいくらでもあるからな。それと同時にここ、オークの村への攻撃も企んだ」


 冒険者を村の襲撃にスカウトしていた男の話だ。


「人間との共存を望む種族を迫害する者は結構いて、上に立つ権力者の中にもそんな主義を持った者がいるという。今のタイミングで村を攻撃しても「ルイーザを殺された民衆の怒りの声だ」とでも言えば、批判は和らげられるだろう。完全に壊滅させなくても、騒動という体(てい)で住めない程度に焼き払えばオークたちはこの土地を引き払うしかない。そうなれば、後は言い値で買い上げて丸儲けって寸法だ」


 ユウキは少しオーバーアクションに、ワンドを振るって見せる。

「どこか違う部分があったら言ってみろ!」


 それを聞いてジャックスは、嘲笑うかのような表情を作った。


「全部お前が組み立てた憶測だろ。それに世界中を探せばあの女を片手であしらえる剣士なんて五万といるぜ。薬をやってる奴だってなあ。証拠品の切れ端とやらは、その剣士が俺が気付かないうちに、マフラーからちょん切って行ったのかもなあ。俺に濡れ衣を着せるためによお?」

 小馬鹿にする顔で不敵に笑うと、それとな、と言葉を継ぐ。


「世の中、誰がやったかはそれほどの問題じゃねえ。結局は、誰がやったと世間が思うかだ。誰がルイーザを殺そうと、凶暴なオークがやったと思われれば、それが事実よ。真実はそんな作られた事実で塗り潰せるんだ」


 卑劣、下劣、醜悪。

 そういった類いの言葉を羅列しても、到底生ぬるい悪辣あくらつな表情がそこにあった。


 ジャックスがスッと手を挙げる。

 壁を作るように、ワイダル兵たちが前に出てきた。

 場の空気が再び緊迫する。


「ああ、そうだ、もう少しすればスカウトの話に乗った冒険者が王都を出発する手はずになってる。名のある上級者も何人かいて、ルイーザを殺したオークが許せねえって、かなり頭に血が昇ってたようだったなあ」


「なんだと!?」


「これからここで行われるのは怒れる民の意思による、ルイーザを殺したオークたちへの正義の鉄槌。後に残るのは、まあ、そんな事実だ」

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