05 騎士団
ルーゼニアの朝は活気に満ちている。
農夫達は日が昇る前から畑に入り、作物の世話をする。
畑仕事が一段落する頃に、職人や商人、王国の公務員たちが出勤を始める。
その人の流れが血流のように、街中を活発に駆け回っていくのだ。
パン屋では窯から出したばかりのパンが店頭に並べられ、それを朝食や昼食用として買う列ができる。
同じようにスープや惣菜を扱う店にも行列ができた。
パンを頬張りながら急ぐものもいれば、オープンカフェでゆったり朝の一時を楽しむものもいる。
そんなカフェで俺たちは朝食を取っていた。
「約束の時間までまだ余裕があるから、少しのんびりしよう」
俺はサニーサイドアップで焼かれた目玉焼きとベーコンをフォークで突っつく。
「リンディさんから言われた時間は9時で良いんでしょ」
この世界の時間の流れは1日約24時間。
王都民は巨大な時計台と、定時に鳴らされる鐘で刻まれる時を知る。
「良かったよね、すぐに約束が取れて」
「騎士団の代表格に直接会えるのは極めて希なことだろう。訓練の休憩時とは言え、時間を割いてくれるのは伝手があってのことだな」
昨晩、定宿で休んでいた俺は、リンディから約束を取り付けたと連絡を受けた。
一見簡単そうだが、リュウドが言うようにこれは特別なことだ。
国ごとに差はあるが、騎士団は兵士を統括し、軍事に携わる実力集団である。
その戦闘力・統率力・規模は国力を示し、国事や式典では国の品格や威厳を表す存在で、時として政治的な影響力も持つ。
同じく国の治安を守る王立警察からの伝手がなければ、こうした場は設けられなかっただろう。
「約束はしてもらったけど、いきなり犯人らしい剣の使い手を知りませんか、なんて聞いて怒られちゃったりしないかな?」
「多分大丈夫だと思うよ。応じてくれたってことは話を聞く気があるんだよ」
「ああ、騎士団側も今回の事件について、会話の機会を持ちたいという意図があるのだろう」
俺は時間を確認すると、食後のコーヒーを頼んだ。
西門を出て、都の壁に沿ってしばらく北に歩くとルーゼニア城の側面に辿り着く。
そこから少し離れた草原に騎士及び兵士の野外訓練所があった。
柵で仕切られ、整地された敷地に訓練の場が設けられている。
訓練所を訪ねた俺たちの前では、重い鎧とランスを装備しての乗馬訓練や号令で素早く陣形を組む訓練が行われていた。
練度、士気ともに高く、精強で知られた騎士団だけあって乱れは見られない。
「副団長と面会のお約束がある、ユウキ様ですね」
訓練を眺めていた所に1人の若い男が現れた。
騎士の従者を名乗る男に連れられ、3人は木造のコテージに案内された。
ここは訓練の休憩所なのだという。
騎士団の本部は城内にあり、厳かな雰囲気に包まれて大層立派だと聞くが、場所が場所だけに簡素で飾り気はない。
中に入ると、木製のテーブルセットに腰掛けた2人の男がいた。
2人とも鎧は身に付けておらず、品のあるダブレット姿だ。
1人は30代後半、オールバックの髪型で整えられた口髭があり、体付きは弛まぬ訓練で鍛えられて逞しい。
能力に加え、理念や品位まで求められる騎士に相応しい身なりと言えた。
もう1人は20になるかどうかの若者。
ふわりとした金髪、顔付きにまだあどけなさが残るが、意志の強そうな瞳に騎士としての誇りが見て取れる。
「ルーゼニア騎士団、副団長のランガスだ」
「同じく、団員のジェラルドです」
立ち上がって迎えた2人に、俺は畏まって頭を下げた。
「楽にしてくれていい、どうぞ」
着席を勧められた俺たちは自己紹介し、2人と向かい合う形で座った。
「リンディという者から死因は聞いた、ルイーザはさぞや無念だったろう」
「ルイーザさんがあんな最期を迎えるなんて」
眉間にしわを寄せ、2人は沈痛な面持ちを見せる。
「私はルイーザを見習いの頃から教え、彼女は立派な騎士になってくれた」
「そのルイーザさんに教えを受け、私も一人前の騎士になれました」
「皆から慕われる人柄だったのは、俺も知っています」
彼等の気持ちを酌み、俺も本心を伝えた。
「今回の件は騎士団が迷惑を掛けてしまった。見習いの1人がオークを半ば無理矢理連れてきてしまい」
「昨日村長に聞きましたが、状況が状況だけに仕方がなかったかもしれません」
「彼女を慕う気持ちがあったとはいえ、結果的に大きな誤解を生むこととなった。事態が落ち着き次第、村へ謝罪に行こうと思っている」
騎士団の中にオークへの偏見はないようだ。
「あの、騎士団で独自に調査したりはしているのですか?」
アキノが伺いを立てる。
ランガスが軽くため息を吐いた。
「いや、騎士団はその立場上、下手に動けないのだ。団員が殺されたからと、権限を使って犯人探しをすれば、私的な仇討ちという扱いになってしまう。治安維持の役目を仰せ付かっているが、捜査はあくまで王立警察主導なのだ」
「では、ルイーザさんが殺害される前に、オークの村の土地問題について何か言っていませんでしたか?」
警察関係者の立場で俺は聞いた。
「言っていた。騎士団から彼女の名義で、国土管理局に調査の依頼を出して欲しいと」
私が許可のサインをした、とランガスは結んだ。
村長が話していたことと一致する。
「ルイーザさんは団員の中でも特に正義感が強かったんです。法律の書をよく学び、トラブルがあれば率先して解決に乗り出そうとするところがあった」
ジェラルドの目には、彼女は騎士の鑑(かがみ)に映っていたに違いない。
その姿勢は全ての騎士が目指すべきものであり、万人から慕われる魅力だ。
「オークがルイーザの事件に何かしらの形で関わっているとは思っていたが、私は犯人がオークだとは最初から思っていないのだ」
「死因を聞いて私も確信しました。オークの中にも剣を使うものがいるかもしれませんが、そもそもルイーザさんに剣で勝つことなどできません」
2人は顔を向け、頷いた。
これは
「ルイーザは剣術大会で上位に入賞するほどの
モンスターとして現れるオークファイターの中には、人間には両手でも扱いが困難であろう大型のブロードソードを持つ者もいる。
だがそのファイトスタイルは腕力に頼った力ずくの物で、剣技と呼ぶには身のこなしや技術面が大きく不足している。
ぶんぶん振り回すだけの剣では、本物の達人には全く通用しないだろう。
「噂には聞いていたが、それほどの腕前を持っていたのか」
リュウドが呟くと、ランガスは腰に
「彼女の剣は気持ちが表れていて、真っ直ぐな太刀筋に正々堂々とした信念が込められていた。剣の心得がある者なら、共感してもらえると思う」
リュウドは無言で頷いた。
剣士として通ずる物を感じ取ったのかもしれない。
「そこを聞きたかったのですが、ルイーザさんに致命傷を与えられるほどの剣士をご存知ですか?」
この問いに、ランガスは口髭に手を添え、少し考える。
「ルイーザは強かったが、彼女より優れた者がいないというわけではない。だが、誰からも好かれていた者を無残に斬れる者がいるだろうか」
「真面目な子を良い子ぶってるとか言って嫌う人、結構いそうだけどなあ」
アキノが思わず口を挟んでしまうが、俺がその一言を拾って継いだ。
「皆から慕われる人格者だからこそ、逆恨みされることはありますよね?」
「……ジャックスだ」
ジェラルドが
ランガスも意を感じ取ったのか、ああと頷いた。
「ジャックス、と言うのは?」
「元騎士団の従者だったものです。すぐに追放にされましたが」
ジェラルドは苛立ちでその美形を歪ませる。
「我々騎士団は剣術大会などで従者をスカウトすることがある。従者は騎士見習いの見習い、といった立場にあるのだが」
「ルイーザさんには及ばなかったものの、そのジャックスという男も入賞し、剣の腕を見込まれて騎士団の従者になりました。だけど」
奴はとんでもないクズだった、とジェラルドは吐き捨てた。
「はじめは見回りなどの役目をこなしていましたが、やがて馬脚をあらわしたのです。傷害や騎士団の名を使っての恐喝、噂では違法薬物の事件にも関わっていたと」
「素性の調査と審査が甘かった、我々の落ち度とも言える。これが露見した時点で奴は追放を免れなかったが、強く糾弾したのがルイーザだった」
ジャックスという男は誇りある騎士団を汚したのだ。
清廉な彼女なら間違いなくそうするだろう。
「騎士団に泥を塗った恥知らずめ。ルイーザさんにそう非難されたジャックスは、ありとあらゆる汚い罵詈雑言を吐いて去っていきました」
「……その男は、今どうしているか分かりますか?」
「さあ、どこかの用心棒にでも納まったと聞きましたが、あんな奴のことは私は考えたくもない」
多分、騎士団の中ではこれがジャックスへの総意なのだろう。
その男を捜してみるのが一番だな。
「……ありがとうございました、リンディに伝えてみようと思います」
「宜しく頼む、不明瞭なまま事件が片付けられるのが一番良くない」
「私は事件の解決がルイーザさんの無念を晴らし、騎士としての名誉を守る唯一の方法だと思っています。どうかお願いします」
「今回の件でオークを迫害しようとする者たちが騒いでいるという話は聞いた。騎士団は捜査に直接関われないが、そちらに何かあればすぐに動こう」
俺たちは話す機会を作ってくれた感謝を述べ、訓練所を辞した。
最後にリュウドが副団長と一言二言交わしていたが、恐らく剣についての話なのだろう。
草原を抜け、城壁に沿いながら3人は歩く。
ウサギのようなモンスター数匹が平和そうに草を
「ジャックスって男を捜すの?」
「そうしようと思ってる。まあ、すぐに見つかるさ」
「素行の悪い奴の情報なら、王立警察にいくらでもあるであろうからな」
王都から定時ごとに鳴らされる鐘が聞こえてきた。
リンディに報告してから、午前中の内にまた行動できるだろう。
旅立つパーティーや行商人たちとすれ違いながら、西門をくぐった。
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