04 PUBでの出来事
3人は夕飯を取るため、西門へと続く通りのPUBに入った。
適度な間隔で10の丸テーブルが並び、カウンターを含めてほぼ満席だ。
俺は空いたばかりの奥のテーブル席に腰を落ち着けると、オーダーを取りに来たエプロン姿の店員に、
「とりあえずビール3つ」
と指3本を立てつつ、メニューを開いた。
酒場なら、どこであっても通じるフレーズだ。
初めての店だから手堅くポテトフライ、唐揚げの盛り合わせ、サラダを注文する。
冒険者の酒盛りのスタートはこんなところだ。
オーダーが通ると、すぐに木製のカップでビールが運ばれた。
「それじゃあ、乾杯」
一応パーティーリーダーである俺が音頭を取り、3人は乾杯した。
ゴクゴクと喉を鳴らし、ビールを流し込んでいく。
心身ともに疲労した体に、じわじわ染み渡っていくようだ。
アルコールは大好物ではないが、1日の終わりには無性に欲しくなるときがある。
これは治癒魔法などでは得られない、一種の癒しと言っても過言ではない。
何か摘みたいと思っていると、タイミングをはかったように料理が運ばれてきた。
山盛りのポテトフライはカリカリのホクホクで塩加減も丁度良い。
唐揚げにはレモンのくし切りが添えてある。
リュウドは律儀に確認を取ってから、搾り汁をかけた。
この、かけるかけないで仲違いして最悪分裂してしまうパーティーもあると聞く。
唐揚げのレモンとは、ただの添え物に見えて、人間関係を左右するコミュニケーションの重要性を孕んでいるのかもしれない。
カリッと揚がった香ばしい唐揚げはあっという間に3人の胃袋へと消え、サラダも時を置かずにその後を追った。
まったく足りず、追加で鳥鍋と串焼きとソーセージを頼む。
冒険者とは極論、肉体労働者である。
腹いっぱい食って飲んで、冒険に耐えうる体力と精神の安定を維持しなければならないのだ。
新たに配膳された料理を突っつきながら、
「しかし首を突っ込んでみたものの、事件に深い闇がありそうだ」
「うむ。それにあの無惨なやられ方、尋常ではない。
「大勢で袋叩きにするなんて、ひどすぎるよ」
「犯人はきっと、待ち伏せでもしたんだろうな」
「奇襲で多勢に無勢では、剣の達人でも状況を
リュウドは酒を頼んではパカパカと空けていく。
リザードマンの強靭なフィジカルの前には、ビールのアルコールなど水と大差ないのだろう。
俺とアキノも悲しい話題を和らげるように杯を傾けた。
腹も十分に膨れ、少し上気した顔を窓から入る夜風に当てていると、
ガシャンッ
「てめえ、文句あんのかコラァ!」
突然店内に、食器の割れる音が鳴り響き、怒声が飛んだ。
なにやら男が殴り倒されたようだ。
酒場内が一瞬で静まる。
そちらを事前に横目でチラ見していた俺は何となく状況を把握していた。
柄の悪い集団がいるテーブルにいた、やはり柄の悪い20代半ばの男が、近くの席の女にこっちに来て一緒に飲めと誘いを掛けた。
だが何度も拒否され、女の連れの男に止めてくれと割って入られたことに逆上したようだ。
誰かが止める間もなく、倒れた男に蹴りが入る。
「お、お客さん、ちょっと暴力沙汰は困ります」
店員が慌てて止めに入るが、
「うるせえ!」
男が思い切り振り払った拳が顔に当たり、派手に転がった。
「ナメた口ききやがって、このっ! クソがっ!」
女のやめてという悲鳴も虚しく、2発3発と続けて蹴りが入る。
「おい、いい加減にしたらどうだ」
「あぁ? なんだ、てめえは!」
俺も付き合った。
こういうのは見ちゃいられない。
俺たちを見た男は、目を吊り上げた。
この手のタイプは、正当な注意を、喧嘩を売られたと解釈する。
そしてその返答は暴力だ。
「すっこんでろ!」
男は大振りのパンチを放つ。
だがその拳はリュウドの左手で容易く受け止められた。
大剣や戦斧を振り回して戦う戦士系職の腕力は超人の域に近い。
「は、放せっ! 放しやがれ!」
リュウドが解放してやると、男は腰の剣に手をかけた。
「ジェス、抜くな」
ジェスと呼ばれた男が、自分のいたテーブルへと振り返る。
声を掛けたのは、ジェスよりも更に荒んだ目をした男だった。
「なんで止める、この野郎は俺が!」
「そいつは相当
ジェスはリュウドが放つ無言の迫力に、そして腰の業物に気付く。
ここで剣を抜いたら、引くに引けなくなる。
その先に待っているのは、命のやり取りだけだ。
察したジェスは舌打ちすると、自分は負けてないと言わんばかりの目付きで後ずさり、テーブルに戻った。
代わりに先ほどの男が立ち上がり、前に出る。
いわゆる、兄貴分というやつであろうか。
荒んだ目と
黒っぽいマフラーを巻き、同じく黒い服とパンツは引き締まった体にフィットしている。
腰には、ジェスの物より上等な長剣が提げられていた。
リュウドが1歩前に出ると、2人は対峙するような立ち位置になった。
「随分とカッコつけてくれるじゃねえか、ええ?」
「別に格好をつけた覚えはないのだがな。そちらはこのままでは格好がつかないか」
「おいおい、言うじゃねえか。俺はな、善人面してしゃしゃり出てくる奴がでえっきれぇなんだ」
「ほう、奇遇だな。私も悪ぶって威張り散らす奴には虫唾が走る」
視線が真っ向からぶつかる。
どちらもまったく逸らそうとしない。
目に見えるような剣呑な空気が広がり、充満するように張り詰めていく。
場が作るプレッシャーに客は声すら出せない。
一触即発とはまさにこういう状況を呼ぶのだろう。
どんな些細な物音であろうと、それが引き金になってしまう。
そんな予感に店全体が絡め取られていき──
ドォン!
そこに大きな音がして、入り口のドアが開いた。
呪縛を解かれた者たちの視線が、救われたように一気にそちらへと集中する。
「喧嘩騒ぎはここか!」
入ってきたのは、バケツ型兜に鎧姿の王都警官2人組だ。
偶然近くをパトロール中に、店の前で誰かから通報を受けたか。
張り詰めた空気がゆるみ、睨み合う2人からも微かに力が抜けた。
「チッ、店を変えるぞ」
テーブルに代金を乱暴に放り投げると、男とその仲間たちは警官の横を通り抜けようとする。
脇を素通りされた警官が男の肩を掴んだ。
「おい、またお前らが騒ぎを起こしたのか」
「少し揉めただけだ、この程度の騒ぎは酒場にゃ付き物だろうがよ」
手を振り払い、男は外に出た。
集団が出て行ったのを確認すると、店長らしき男が警官らに駆け寄り、事情を説明し始めた。
街中で何かと騒ぎを起こしている奴等だと言う話が聞き取れる。
後ろでは、アキノが殴られた男と店員に回復魔法をかけていた。
「どこにでもああいう輩はいるものだな」
リュウドが小さく息を吐く。
まったくだ。
俺は嫌なものを胸に覚えながら、入り口のドアを眺めていた。
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