林泉寺
「コトリ、悪いわね」
かまへん、かまへん。ミサキちゃんも、シノブちゃんも、ちゃんと言いくるめとくさかい。さすがに今日中には無理や。そうとなったら、
「そうでなくてもでしょ」
まあそうや。このホテルに泊まったんは親不知コミュニティロードの起点でもあるからや。この道は天険トンネルが出来る前の旧国道やねんけど、さすがにフルコースで歩くには時間があらへんからお茶を濁す程度にしといて、
「こんな模型が作ってあるんだ。なるほどこのホテルは親不知最大の難所の上に建っている事になるんだね」
みたいやった。駐車場のとこから階段を下りさせてもらう。さすがの急階段やな。そうやって下りたところにあるのが旧北陸本線レンガトンネルや、
「こんなところにトンネル通して汽車を走らせてたんだ」
そやのにJRは手離してもたんは時代も流れや。これも見どころやねんけど、さらに下に下りれるねん。
「ここなのか・・・」
そうや。ここが天下の険道の親不知子不知や。ホンマに浜は狭いし、浪は荒らそうやし、
「この断崖絶壁を攀じ登って迂回なんて無理よね」
このへんは長走とも大懐とも呼ばれてそうやけど、親不知の中でも難所中の難所らしいんや。波にさらわれそうになったら、断崖のくぼみみたいなとこに逃げ込んでやり過ごしていたらしいわ。
「でも海水は入って来るよね」
たぶんな。そやから岩にしがみついて流されんように頑張っとったんちゃうやろか。
「こんなところに子どもを連れてくる方が無謀ね」
そやから能登は重視されとった気がしてきたわ。能登島は古代も水軍基地やった話もあったけど、七尾湾とか富山湾の防衛とかやのうて、親不知を越えるための海軍基地の役割もあったんちゃうやろうか。
もっとも当時の舟やさかい、親不知を歩くのとどっちが危険かわからんけど、高志の国が越後に広がった頃は海路で行ったんかもしれん。
「親不知は人が通るのならまだしも、荷物を運ぶのには無理あるものね」
そやから西廻り航路が発達したとするのは無理があるか。さて引き返そう。さすがに歩いて親不知を突破するのは無茶やからな。しっかしこうやって見てもエライとこに道を通してると思うもんな。
高速もあれなんでやろ、おおかたトンネルみたいやねんけど、わざわざ外を走らせとる部分があるねん。そりゃ、トンネル掘るより安いんかもしれんが、
「海上道路だよ」
観光の意味もあるねんやろな。地形としては無理やり言うたら塩屋の辺に近いやろ。あそこは古代山陽道が通てるやんけど、あそこも古代は浜が狭すぎて多井畑方に迂回しとってん。
「親不知じゃ迂回しようがないよ。この絶壁は立山連峰に続いているんだもの」
難所なんは見たらわかるし、難工事やったんもわかるけど、
「ツーリングコースとしてはグッドよ」
新潟入ってからシーサイドコースばっかりみたいなもんやからな。糸魚川市街もあっさり抜けて、
「コトリ、ヒスイ海岸でヒスイ拾おうよ」
そんなにコロコロ落ちとるわけないやろが。あるのは間違いあらへんけど、あれはあれで趣味でヒスイハンターしてるんが、あれこれ経験積んでやっとやぞ。
「そうなんだ。てっきり、浜がビッシリとヒスイで埋め尽くされているのかと思った」
そんだけヒスイがあったら、タダの石ころの価値しかなくなるわ。なんにも目玉があらへん言うのは贅沢やけど、こういう道も普段使いのツーリングコースにエエんちゃうかな。
「コトリ、おしっこ」
マーキングの時間か。
「失礼ね」
道の駅うみてらす名立で休憩や。これもデッカイ道の駅やな。プールに温泉、宿泊施設まであるんかいな。
「こっちの人が関西の道の駅を見たら、あまりのしょぼさに驚くかもね」
そんな気がするわ。小さいから悪いもんやないけど、道の駅とはこういう施設やって思い込んでるはずやもんな。ユッキーのマーキングも済んだから、
「コトリもやったでしょうが」
おっ、上越市内に入ったな。
「どうして上越みたいなクソ面白くもない名前にしたのよ。ここは直江津でしょうが!」
ユッキーの怒りはわかるが、付けたんはコトリやない。そろそろこの辺で右に曲がらんとあかんねんけど、どこやねん。あそこに道路案内があるけんど、春日山城跡ってなっとるから曲がって見よ。
「らじゃ」
ユッキーも返事だけはエエからな。四車線の両側に並木のある道やけどもう一回右に曲がらなあかんはずや。えらい真っすぐの道やけど、なんも道路案内があらへんな。なんかヤバイ気がしてきた。この辺でナビを確認しといた方が、
「次の信号を右だね」
春日山城はそっちやとやっと出て来たわ。ハラハラさせやがって。それにしてもの道やな。道が広いのと直角に交差しとる碁盤の目みたいな街や。それやったらこの辺は新市街になるはずやけど。
「次は左ね」
「いや右の林泉寺に行くで」
えっと、また左に曲がれってなっとるけど、どこやろな。ここやろ、
「らじゃ」
曲がった途端に郊外になってもた。
「合ってるの?」
ここは沈黙が金や。
「だから迷ったかって聞いてるでしょ」
うるさいわい。ちいとは黙っとれ。こっちかって不安なんよ。あった!
「交差点を渡って真っすぐや」
ちゃんと駐車場もあるのはさすがやで。ここは謙信が手習いを六世住職天室光育から受けたんで有名や。そやけど上杉家は秀吉の時に越後から会津、関が原の後に会津から米沢に移されてまうねん。
「その話って、その時に林泉寺も一緒に移ったって話でしょ」
そやから米沢にも林泉寺はあるねん。そやけど直江津にもちゃんとある。ここに来たんは謙信を偲ぶためもあるんやが・・・ユッキーそいつらおるんか。
「コトリにも見えるでしょ。もし万が一があったら後はコトリに任せる」
万が一なんかあったら、宇宙の塵にしたるわ。向うも気が付いたか。やっぱり団体さんやな。あのレベルの神やったら心配なんかいらんけど、とにかく対神戦に油断は禁物や。ユッキーはあんなこと言うとったけど、ヤバそうやったらすぐに助けるで。対神戦はルール無用の殺し合いやからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます