神の正体

 ところでやけど木村家ってそんなに極悪人の巣窟みたいな家やったんか。


「そんなことないよ。あれはね、貧乏人が持ちなれない大金を持ってしまっただけ」


 ユッキーは兵庫津でコトリろ喧嘩別れした後に大聖歓喜天院家に入ったんは聞いとったけど。


「お寺の方の大聖歓喜天院にね。あそこは尼寺だったの・・・」


 寺というより庵みないなもんやったそうやけど、流亡の身の上を憐れんで引き取ってくれたのか。


「そりゃ慈悲深くて優しい人だったのだけど、トンデモナイ貧乏寺でね、いっつもお腹空かせてたよ」


 やがてその尼さんが亡くなりユッキーが後を継いだんやが、そんなものどうやって。つうのも江戸時代の仏教は本末制度言うて、すべての寺はいずれかの本山に属して、さらに本山の統制を受けることになっとってんよ。単なる同居人のユッキーがホイホイ継げるもんやないんよ。


「あの寺は貧乏寺だったけどややこしい寺でね・・・」


 真言宗やったそうやが・・・それって真言立川流ってことか、


「それも違う、今なら彼の方集団って分類されてるかな」


 それって荼枳尼天を本尊にして髑髏本尊やった一派か、


「そのさらに分派で大聖歓喜天を本尊としたとこがあったの」


 本山と末寺の関係も曖昧やから好き勝手できたぐらいやな。


「その代わり貧乏寺」


 ユッキーは食うために神の力を使うたんか。最初は細々やっとったみたいやねんけど、


「わかると思うけど、どうしても、もうちょっとって思っちゃうじゃない」


 どうしてもな。そやからユッキーは浄土教をモデルに恵みの教えを形成して行ったんか。ああいうものは一度転がり始めると雪だるまになりやすいんよ。それが爆発したんが明治やったんか。それより肝心の天白家は、


「ああそれね。珍しいのがいたってお話」


 なるほどな。あの頃のユッキーは記憶の継承を封じとったから、神の知識なんか当然やけどあらへん。そやけどユッキーやったら神は見えるわな。そこも神同士が出会ってもたら殺し合いになるはずやねんけど、


「今から思えば、あれも生き残った神だってことで良いと思うよ」


 今もごくわずかやけど神はおる。そやけど殺伐とした連中はほとんどおらん。死んでもたからな。そんな神を見つけ出したユッキーは弟子にしたんか。そっか、そっか、ユッキーから教わったから、神の糸が使えたんか。


「東尋坊の時はさすがに驚いたから、すぐには気づかなかったけど、あれはわたしが天白助右ヱ門に教えたものだった」


 それやったら、


「そうよ。あれだけスムーズに極楽教が分離して発展したのは天白家に宿る神の力よ」


 じゃあ、最後に施した恵みってなんやねん。


「観音菩薩がいなくなった恵みの教えは滅びるしかないなじゃない。だけどさぁ、滅んだらあの教団で食べてる人が困るでしょ。だから天白助右ヱ門の息子と大聖歓喜天院家の娘を結婚させて、天白家が主導権を持つ極楽教にするように遺言したのよ」


 そやけど恵みの教え側は木村家を中心に徹底抗戦して今に至るか。なら今回の結婚話は、


「わたしの遺訓よ。いつの日か大聖歓喜天院家の教主を嫁に迎え、恵みの教えを救えってね」


 ユッキーは教祖として死ぬ時に恵みの教えは極楽教を拒否すると読んでたんかもしれんな。それで滅べばそれで良し、一緒になってもそれで良しぐらいや。ほいでも今さらみたいな話やんか。


「だから関わるのが嫌だったのよ。あれから何年経ってるかってこと。極楽教側にしても今さら吸収するメリットがないじゃない。それが降って湧いたように起こったのは理由があるはず。それより何より天白助右ヱ門は神ではあったけど、記憶を継承しないタイプで良いはずなんだ」


 強いんか。


「それなり。使徒の祓魔師よりずっと強くて神が見えるタイプぐらい。その点では安全牌よ」


 ユッキーもそうやもんな。神は厄介な存在やけど、こんだけ減ってまうと、これ以上は減らしとうないとこがあるからな。そりゃ、挑んできたら確実に返り討ちにするけんど、挑まれもしないものに手を出しとうない。関わらんかったら基本は平和やし、


「良く言うよ。ユダに喧嘩売りに行って生きて帰って来たじゃない」


 あの時は・・・ガチでやったら五分五分やったやろ。あん時には一撃もスタンバイしとったけど、安易にぶっ放して外れたらお陀仏やったやろ。


「それも良く言うよ。舞子のクソエロ魔王戦の時は無暗にぶっ放してたじゃない」


 あのクソエロ野郎の話はもうやめとこ。そやけど天白の出方次第で一戦もあるってことやな。これも乗りかかった船や。そうなったらコンビでカタを付けるだけや。


「今回はわたしだけでやる。過去の遺物の清算みたいなものだからね」


 そこまで言うなら任せるわ。そやそや、あの二人やけどやらんかったんは、どこかで察しとったからやろか。こういうケースでたまにあるのは実の兄妹と思い込んで育って来て密かな恋心を抱いとったら、実は血のつながりがない、もしくはあったとしても従兄妹以上に離れとったケースや。これはこれで複雑な話やけど法的にも倫理的にもなんとかセーフとして良いやろ。


「そういうけど、実の兄なり、実の妹に欲情していた過去は残るよ」


 その辺の心の整理をどうしとるかはさすがに経験あらへんからわからんわ。


「逆のケースを映画とかで扱った場合は御都合主義が多いね」


 ハン・ソロとレイア姫やろ。あれは映画やからしゃ~ないやん。


「でもさぁ、血を分けた兄妹だからわかったは嘘くさい設定と思うことが多いよ」


 まあな。コトリに言わせれば、あんなクソややこしい設定を安易に持ち出すなと言いたいわ。つうかさ、どうなんだろう。こんなもの一概に言えるもんやあらへんけど、把握できる範囲で血が繋がっとる相手は生理的に嫌なんちゃうんやろか。


「遠さにもよるけど、積極的に選ぶのは多数派じゃないだろうね」


 儒教になると同じ姓同士の結婚も忌避されるって言うからな。あそこまでは置いとくけど、日本かってやたら血のつながりを重視する地域はあるのはる。あれも仕方があらへんとこがあって、外との交流が少ないから嫌でもそうなってもた面はあると思うねん。


「卵が先かニワトリが先かみたいな関係ね」


 もっとも少ないわな。


「絶滅危惧種になってると思うよ」


 閉鎖された地域での結束なんかもかもしれんが、血が濃くなり過ぎての問題も出るやろうし、そういうことに入りたい物好きも滅多におらんやろ。それに大昔とちゃうねんから、そこから外に出ていけんこともあらへん。そのうち消滅するやろ。


「ある種の禁断の恋になってしまってるから、手を付けるのは難しいよ。それでもさぁ・・・」


 この話題はこれぐらいにしとこうや。コトリは近親相姦の世界は歴史趣味だけにしときたいねん。そうやったんは知っとるし、その子孫が皇居におるのも知っとるけど、それを現在と結びつけて話すもんやないやろ。ましてや身近な人間の話やったら耳を塞いで逃げたいわ。


「さすがにLBGT問題にならないよね」


 なってたまるか。人類の存続レベルの問題や。

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