東尋坊
呼鳥門から一時間ぐらいでそろそろ東尋坊のはずだけど、あれ?
「ちょっとストップ」
コンクリート製のアーチに『歓 東尋坊 迎』としてる道と、ポールとポールの間に吊るしてある『歓 東尋坊 迎』の看板の道が並んであるじゃない。吊るし看板の方は駐車場・岩場入り口の大きな立て看板まである。
コンクリート製のアーチの方が古いみたいで、吊り看板の方が派手な感じだけど、これどっちだろう。ナビ見てもよくわからないな。たぶんどっちでも行けそうな気がするけど、着く場所が微妙に違うのだろうな。もうちょっと東尋坊のどこに着くかをはっきり示してくれれば良いのに。コトリも悩んだみたいだけど、
「コンクりートのアーチの方に行く」
違ってたら引き返せばすむものね。行ってみると正解っぽい。きっとどちらでも行けたのだろうけど、結果オーライだ。さてバイクを停めないといけないのだけど、大型車千円で、普通車五百円か。バイクはどうかと聞いたら、
「二百円です」
探せば無料の所もあるらしいけど、ここは払ってでも停めることにした。そこからは東尋坊まで歩きだけど土産物街だ。なんか懐かしいな。
「こっちは来たことあるやろ」
芦原温泉とセットでね。あの頃はサンダーバードで・・・
「見栄張るな雷鳥やろ」
ギャフン。まあそうなんだけどね。でもあの頃の雰囲気が残ってる気がする。
「昭和やな。ほいでも、東尋坊に合うてる気がするわ。どこもかしこも道の駅風やったらつまらんやん」
まあね。ここで健太郎が、
「東尋坊と言えば自殺の名所ですよね」
そうだったね。どうしてそうなったかは諸説あるけど、
「東尋坊の名前自体がそうやんか」
まあそうだ。昔々、平泉寺に東尋坊という怪力無双の乱暴者がいて、そのあまりの乱暴狼藉に困り果てたそうなんだ。これでお釈迦様なり、菩薩様が出てきて改心してくれたら仏教説話なんだけどそうならなかった。
困り果てた仲間たちが東尋坊を誘ってピクニックに出かけ、そこでお酒をしこたま飲ませて酔わせたところを突き落としたんだよ。そりゃ、東尋坊も悪いところはあったろうけど殺されたら恨むよね。
「ああ伝説では四十九日間、海が荒れ狂ったとなっとるわ」
それでも東尋坊の怒りはおさまらず、今でも自殺者を招き寄せてるってお話。健太郎は、
「えっと、なんだっけ松本清張のミステリーで」
「ゼロの焦点やろ。松本清張は取材のために和倉温泉に滞在しとるし、物語の舞台は北陸やし、断崖に立つシーンもある」
「その断崖が東尋坊じゃ」
そう思い込んでいる人もいるけど、
「あれは小説やったら能登の志賀村の赤住やし、映画化された時も能登金剛のヤセの断崖や」
そうなんだよね。
「そう思い込んでまうのは、雨後の筍のように量産されたサスペンスドラマで、東尋坊をロケに使い倒してるからや」
たしかに定番のように使われてるよね。
「自殺したくなくても引き込まれるとか」
そんな話もあるけどわからないな。コトリもそうだけどわたしもいわゆる霊感みたいなものはゼロなんだよ。それ以前に見たこともないから一切信じていない。だってあれだけ敵も味方も殺しまくっているのに亡霊なんて出ても来ないんだもの。
駐車場から土産物街を抜けると目に飛び込んで来たのが日本海。その眼下に広がる岩場が東尋坊だ。でも面白いよね。若狭の海岸はリアス式だけど、敦賀を越えたあたりからひたすら滑らかな海岸線なんだよね。そして突然現れるのが東尋坊の荒々しい岩場だ。
さて岩場の先の方まで行ってみよう。この辺も変わってないと思う。遊歩道のコンクリートのくすみ方が新たな整備をしたと思えないもの。それと自殺の名所のクセに安全対策は昔のままで、
「その気になったら飛び込める」
だから今でもサスペンスのロケに使われるのだろうし、ロケに使われる事で集客効果がアップするぐらいだろう。あれっ、コトリ、健太郎の様子が、
「待たんかい。飛び込んだら痛いで」
さすがコトリだ、
「ユッキー、さぼるな」
健太郎だけじゃなく愛子の顔が真っ青じゃない。おいおい、心中ツーリングに巻き込んだっていうの。心中するのは勝手だけど、巻き込まれたら寝覚めが悪いじゃない。
「それより事情聴取で時間を取られたら迷惑や」
そうよ、そうよ。それこそのトバッチリで、下手すりゃ、一日潰されてしまうじゃない。
「容疑者扱いなんか堪忍やからな」
しっかし東尋坊でやりやがるとは。
「なんか見えたんか」
あれは神の糸だ。糸は仕掛けた相手がいるはずだけど、切った時の感じからすると遠そうだ。糸は幾らでも伸ばせるの。地球上ならどこでも余裕よ。だから遠距離からコントロールも可能だけど、あの糸の方向は。
「神の糸やて!」
そうだよ。
「バレたな」
人では切れないからね。まずは二人を回復させないと。コトリ、愛子を頼んだわよ。
「なんでやねん。ユッキーこそ愛子を頼むわ」
あのね、こんな時まで男の手を握るチャンスにこだわるの。
「そのまま、そっくり返すわ」
癒しの力で回復させたけど、この消耗ぶりは、
「油断やったな。道理で暗いはずや。そやけど手練れやで、コトリとユッキーの目をここまで誤魔化すとはな」
手練れなのはそうだ。あの細さと見え難さなら、コトリでもその気がないと見逃してたものね。とりあえずこれで女神の仕事になっちゃった。
「それもガチのやつや」
そうなると次にやることは、
「腹ごしらえや」
しばらく健太郎と愛子を休ませないと危ないからお昼は東尋坊ね。
「そやな、適当に行くで」
そう言いながらこだわるのがコトリだよ。
「ここはな、皇室献上の店なんや」
へぇ、こんな観光地にそんな店があるなんて意外だ。なになに丼物が主体みたいだけど、こういう時は、
「海鮮丼、なぎさ汁で」
値段的には観光地価格だけど、出て来たものは、ほぅ、結構なボリュームじゃない。
「まあ、カニの季節やないからこんなもんやろ」
ここもカニが名物だそうだけどメニューには時価か。季節外れだから今はないけど、
「天下の越前がにやからな。一人前で三万円からって話もあったで」
この三万円はカニ一匹の値段みたいだから時価みたい。そこから茹でたり、焼いたり、刺身もあるのかな。でもさぁ、さすがにお昼に三万円は高いよ。バイクじゃお酒も飲めないし。ほら、ほら、健太郎も愛子も食べた、食べた。まだまだツーリングは続くんだから。
「でもご迷惑が」
「命を狙われるかもしれません」
あんなものたいしたものじゃない、もっともとんだ災難だったけど、
「ああもう、あんな油断はせん。コトリも平和ボケしとったわ」
女神に平穏はないというのはあれだけ学習してるけど、さすがにわたしやコトリの目の前で糸を見せられただけじゃなく、実際に使われるとは意外だった。もし糸を使う神が見えてたら、
「一撃喰らわしたったのに」
コトリじゃ当たらないよ。それでもコトリもその気だね。
「神が神に仕掛けるのは喧嘩売ってる事になるどころか、殺し合いの宣戦布告や。見えたら抜き打ちで撃ち返さんとこっちがやられる」
まあそうなんだけど、コトリの一撃はウルトラノーコンのシノブちゃんよりマシ程度なんだよね。シノブちゃんだってコトリなんかに教わらなかったら、もうちょっとコントロールがついたのにな。
「うるさいわ」
とにかく、ここは任せた。
「さぼるな!」
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