グルメ漫画の思い出

 今回のツーリングもコトリの歴女趣味がタップリ入ってる。だからコトリは鞍馬街道ルートをかなり検討していたんだよ。鞍馬街道もいつからあるのかわからないような古道だけど、古代の鞍馬街道がどこまでを指していたかは曖昧模糊のところがあるみたいだ。


 鞍馬街道と言うぐらいだから京都から鞍馬寺に行く道が起源だろうとは思うのだけど、鞍馬寺の創建時代がこれまた伝説の彼方になってしまう。一番有力とされているのは七九六年と言うから、平安奠都の二年後に造東寺長官の藤原伊勢人が作ったとするものだけど、


「あの逸話でわかるのは、鞍馬寺の前身に毘沙門堂があった事と、貴船神社は既にあったことや」


 鞍馬は平安京の鬼門になるから、そう言う意味での聖地扱いはあったぐらいで良いはず。もうちょっと言えば最初は貴船神社への参詣道であったはずだ。


「鞍馬寺に行く道と、貴船神社に行く道は最終的に分かれるねん。そやけど貴船街道とは呼ばずに鞍馬街道になってるねん。わからんけど、鞍馬山が聖地と見られたんぐらいしか言いようがあらへん」


 鞍馬寺が言うより鞍馬の地名が重かったぐらいかな。だから貴船神社に向かう道じゃなくて、鞍馬寺の前を通る道が鞍馬街道になるのだけど、この道はさらに北に伸びている。というか、伸びたから街道の名前が付いたのかもしれない。だからだと思うけど、


「鞍馬街道のスタートには出雲路鞍馬口となっとるのよね」


 出雲への道とは遥かだけど、鞍馬街道から北に伸びた道は丹波や若狭に続く道となり、鞍馬街道もそこまでの範囲を目指す街道ぐらいに後世にはされたで良さそう。こういう道をコトリなら大好きなんだけど、


「鞍馬街道から花脊峠を抜ける道はシビアすぎるわ」


 今だって鞍馬寺から北に続く道はちゃんとある。これを今でも鞍馬街道と呼ぶのだけど、伸びて行った先にあるのは百井の別れなんだよ。百井の別れは酷道として名高い国道四七七号の名物難所の一つ。


 この道は鈴鹿スカイラインを目指した時に西から東に走ったことがあるけど、花脊峠を越えるこのルートはいくらバイクでもあんまり走りたくない道だ。それぐらいの酷道だったってこと。これにさらにがあって、


「酷道の四七七号からさらに府道三十八号に入るのが鞍馬街道や」


 府道三十八号は佐々里峠を越えてかやぶきの里がある美山に通じるんだけど、ここには京都府唯一のスキー場があるぐらいの豪雪地帯で、今でも冬季通行止めになるぐらいのところなんだよ。


 今はバイパスもそれなりに出来て府道三十八号もだいぶ走りやすくなってるらしいけど、どう考えたって大変すぎる道としか思えないのよね。そりゃ、バイクだから舗装路さえあれば走れるのは走れるだろうけど、


「鞍馬街道だけ走るツーリングやないからな」


 その先も続くってこと。だから検討の末に今回はパスにした。でもさぁ、でもさぁ、あんなところにあったんだね。


「ああビックリしたわ。ホンマにあったんやな」


 これは昭和の頃に大ヒットしたグルメ漫画に出て来た料理旅館のこと。


「そやから雪のエピソードを使うたんはわかるけど・・・」


 あの回の話の始まりは、主人公と同僚の女性社員が冬の京都の食材を調べに行くのが発端だったはず。その京都に向かう新幹線である若い女に出会う事になる。


「恋に破れて自殺まで考えとるんやったな」


 主人公が異変を感じて遺書を見つけるとかだったよね。人の生死に関わる事だから、見捨ててはおけないって事になったのは、ありきたりだけど良くある流れで良いと思う。ここで主人公は自殺まで考えている女に生きる活力を取り戻させようとするんだよ。


 そこからどうするかが話のキモになるし、グルメ漫画だから食事を使ってそうするのも良いと思う。そこで主人公は若い女をある料理旅館に連れて行くことに決めるんだ。


「その料理旅館が本当に美味いかどうかも置いとく。行ったことあらへんからな」


 行っていないのはわたしも同じだけど、京都市内からでもトンデモなく遠いのよ。宿のHPに書いてあるアクセスから仰天もので、


「地下鉄北大路駅から片道一時間四十分のバスやで」


 それも一日三~四往復ってなってるから、朝、昼、夕の三便ぐらいしかないってことになる。クルマやバイクの方が少しは早くなるかもしれないけど、お世辞も気軽に行けるお店じゃないのよね。


「ましてや冬の、それも雪が積もってる設定やもんな」


 そこで主人公が設定した食事に関する仕掛けで、その若い女が生きる気力を取り戻したのは置いとく。何が気になったかだけど費用なのよ。あのエピソードに使われたおカネはすべて会社経費で落としたはずだもの。


「それしかあらへんやろ。そやけどな、あんな旅館に三人で泊まったら、今やったら二十万円ぐらいいるで」


 当時の料金設定はわからないけど、支払い感覚的には今と同じぐらいのはず。それぐらいの高級旅館なのよね。ここも念を押しておくけど、その値段に相応しい店かどうかは行ったことがないから保留だからね。この予算問題だけどさらにがある。


「タクシーで行ってるやん。それも京都駅からで往復やぞ」


 バスで一時間半もかかる道をタクシーで行ったらどうなるかって話ってこと。


「概算やけど片道で一万二千円ぐらいはかかるはず」


 帰りはバスだったかもしれないけど結構なお値段になる。エピソード自体はハッピーエンドなんだけど、


「あの設定で恋に破れた若い女が割り勘にするのはおかしいけど、だからと言って主人公や同僚の女性社員が気楽に払える金額でもあらへん」


 主人公たちが京都に来たのは取材のため。つまりは業務命令による仕事だから取材費用は経費になるのはわかる。だけどね、取材経費にするにはちゃんとした名目が必要なんだよ。この辺は少額ならちょっとした役得として目を瞑るのはありだけど、


「二十万円を超えるとなったらそうはいかん」


 グルメ取材だから料理旅館に泊っても悪いとは言えないけど、これまた設定でスケジュールとか、予算が厳しいと最初の方で主人公たちにボヤかしてるのよね。当たり前だけど青天井の予算での取材じゃないってこと。


「当たり前や。予算はかけただけのリターンを考えるもんや」


 あのエピソードの取材で得られたメリットって何かだけど、全部引き剥がすと同僚女性社員があんな店があるのを知っただけなのよね。


「主人公はあの店がどこにあり、どんな趣向の料理が出るかも既に知っていたからな」


 知っているから選んで連れて行ってるってこと。そりゃ、人助けのためって名目は立てられるけど、あんなものそう簡単に経費として認めないよ。


「冷たいけどそうや。最低限で言うたら、あの女が会社に来て感謝の意思表明でもしてくれへんかったら、エエ加減なウソ吐いてるぐらいにしか思わへん」


 もし実話だと判明しても、


「それでも経費にせんと思うで。こういう時のオチは助けた女が実はなんとかやった的な展開が必要や」


 そういうこと。どこかの会社の重役とか有力者の娘とか、もっとシンプルにはお金持ちのお嬢様ぐらいかな。両親が出て来て娘を自殺から救ってくれたお礼をして、かかった費用を支払ってくれるパターン。そうじゃなくっちゃ、高すぎるのよ。


 あんなもの見ようによっては豪遊してるだけだもの。疑いだせばその女もグルぐらいは経理担当なら疑うよ。原作者があの店を知っていてエピソードに使いたかったのは理解する。グルメ漫画だからね。でもさぁ、


「ああそう思う。あんなとこの店を使う必然性を、恋に破れた女を救うだけで強引に持って行きすぎや。とにかく冬の花脊の里やねんから・・・」


 わたしもそう思った。これは完全に後出しジャンケンだけど、出会いは新幹線じゃなくて、あの店に向かうバスにすべきだったと思うもの。それもあの店に取材に行くために京都に来てたにすべきだった。


 実情は知らないけど、そんな時期のバスだから、乗客は主人公たち三人だけって設定も不自然じゃないもの。そうだね、冬の花脊の里で自殺しようとしている女を救おうとする設定にするの。


 それだったら、かかる費用は若い女の宿代だけだから、主人公と女性同僚でもなんとか払えるじゃない。


「合理的にはな。そやけど、それやったら主人公のヒーロー性が際立たんと思たんやろ。そっちを重視しすぎて経費問題をパスしたんやろな」


 この辺は時代背景も確実にある。あの漫画であのエピソードが書かれたのはバブル期なんだよね。バブル期には批判はヤマほどあるけど、過ごした人間にとっては華やな時代だった。これはバブル崩壊後に延々と不況時代が続いたから、なおさらのコントラストになるところがあるもの。


「それはあのグルメ漫画の設定自体もそうやもんな。新聞社が意地を張って、究極とか至高みたいなグルメごっこが実際に起こりうるリアリティの源はバブルやからな」


 バブルだったから、あれぐらいのグルメごっこが起こっても不思議無いぐらいの感覚はあったものね。


「そやったもんな。その延長線上であれぐらいの取材経費は少しは渋られても落ちるぐらいで読み飛ばしてるわ」


 というか予算がどうなったかなんて、そんな事すら考えもしなかったのは確実にある。これを今の感覚で読むのは良くないと思うけど、


「漫画って幕引きが難しいと思うわ」


 それは思う。あの漫画はヒットした。ヒットしたから延々と続いたのだけど、題材がグルメだからネタに限界が来る。究極と至高の対決ぐらいは良かったけど、あれだって決着を付けちゃうと終わるからひたすら引っ張った。


「思うんやが主人公と女性同僚の結婚ぐらいで幕引いたら良かったのにな」


 あの漫画の伏線には主人公と同僚女性の恋があり、さらに主人公と父親との確執があった。この設定にはなんの問題も無いのだけど、長い連載の内に主人公と同僚女性は恋仲になり、主人公と父親との確執の理由と主人公の誤解だとわかってしまっている。


「そやから結婚式が大団円で綺麗に話が収まるやんか」


 あの辺でも限界はとっくの昔に越えてたものね。それどころかネタに煮詰まり過ぎて煙が出てたもの。そうなってしまうのが大ヒットした連載漫画の宿命と言えばそれまでだけど、


「出版社の要請もあるんやろうが、漫画つうのは完結せんジャンルなのかもしれん」


 人気絶頂の内に完結した作品の方が珍しいものね。殆どが人気が枯れ果てた末に人知れず消えていくのが宿命な気がする。


「そろそろ行こか」

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