風がうるさいね

花園眠莉

風がうるさいね

 6月中旬、部室で2人昼食を取っていた。いつもなら他の部員もいるが今日は委員会や兼部している部活の集まりがあるから来ないそうだ。もちろん教室で食べている人もいる。


 「風がうるさいね。」彼女は僕に横顔を見せながら呟いた。

「そうだね。」僕に言われた言葉だと受け取りその一言を窓の外に吐き出した。風が強いからねと正論を返すことは出来たけれどそれを返すのは最善ではないと思って言わないでおいた。だからといって「窓を閉めようか?」と聞くには暑すぎる。


 お互いどんな顔をしているのだろうか。相変わらずの真顔なのだろうか。それともたまに見せる少し微笑んでいる顔なのだろうか。ただ、僕には窓から目を離す勇気はない。


 会話は完全に止まってしまった。だからといって僕からなにか言うつもりはない。絶対に会話を繋げないといけないような間柄では無いと勝手に思っているし話題を探す時間すら邪魔だと思う。


 僕はこの沈黙の続く時間が意外と好きだ。勿論、話しているときも好きだけれど。水川さんはどう思っているのだろうか。頭の中は水川さんのことでいっぱいになっているけれど向こうは何を考えているのだろう。彼女の頭の中を覗いてみたい。外では風が強く吹いている。


 かちゃりと音がした。多分、箸を持った音だ。その音につられ僕も食事を再開した。弁当を食べながらそっと盗み見る。長い黒髪が風に揺れて、まるでラブコメのヒロインみたいだと思った。ベタな例え方だけどそれ以外の言葉が見つからなかった。

「どうしたの?」見ていることがバレてしまっていたようだ。どうしよう、なんと言おうか。箸の手を止めて聞いてくる姿が綺麗でうまく言葉がまとまらない。

「ああ、えっと、水川さんの髪が風に吹かれているの綺麗でつい、見ちゃった。気を悪くしたのならごめん。」言葉を詰まらせながら話す僕を見て。

「なるほどね。変なことしてるから見ていたわけじゃなくてよかった。私ね、松上君のふとした姿を撮りたいって思ったことあるんだ。」そう言ってまた箸を動かした。こんな爆弾を投げておいて、今日も水川さんは自由だな。

「え、どんな時?」聞いてしまうのは当然だろう。どんな時かによっては僕は恥ずかしくて死にそうになってしまう。


 「ん〜、部活のミーティングの時とか子供の目線に合わせている時とか花壇の手入れが終わって満足そうにしている時とかかな。部活の時にしか会わないから部活中がほとんどだけどね。」僕が思ったより遥かに具体的で驚いた。言い方は良くないけれどもっと大雑把な感じで表現されると踏んでいた。

「思ったよりも具体的なんだね。」すると水川さんは顔を隠してしまった。

「ごめん、私めっちゃ気持ち悪い。」いや、ただ可愛いだけだよ。若干耳が赤くなっている気がするけれど僕の恋のフィルターのせいかもしれない。

「いや、僕も気持ち悪いからお互い様だよ!」何を言っているのだろうか、自分が言ったはずなのに自分でもよくわかっていない。


 「なにそれ面白いね。」何も面白いことを言ってないと思っているが、彼女は声を出して笑った。初めてみたかもしれない。どうしようとんでもなく可愛い。笑い声がいかにも女子って感じがする。この言葉に対しての返し方がわからない。どうしよう。なんて答えるのが一番正しいのだろうか。そう考えすぎて返答できなくなった。


 また、沈黙が流れる。風の音と弁当をしまう音だけ聞こえる。少し強めの風が頬を掠める。気温のせいでかいてしまった汗を乾かしてくれているようで気持ちが良い。今日は、教室にある扇風機の周りに人が集っていた。確かに今日は20度後半らしい。それに比べここは比較的涼しい方だ。


 「今日はいい風だね。生ぬるくない、涼しい。けど気温は北海道じゃないけどね。28度だって。」不意に水川さんが話したから、つい水川さんの方を見る。彼女はこちらを見ていて視線がぶつかる。

「そうなの?まあ、うるさいけどこのぐらい強くないと涼めないかも。」すると彼女は立って窓の方へ行ってこちらに振り向いた。

「このぐらい、風が強いなら凧揚げできそうだね。」冗談交じりに彼女らしくないことを言った。水川さんは部長がボケたのを正論でツッコんでいるイメージだったから知らない一面を見ることが出来て嬉しい。

「多分、酷いことになるよ。」言い終えたタイミングで一際強い風が吹いた。


 「……い……っ……が…かな?」ほとんど聞こえなかった。

「ごめん、今なんて言ったの?」聞き返すときには風は先程の強さになっていた。

「え〜、小さい子と遊ぶなら何が良いかな?って聞いただけ。」何をしていても部活のことを考えていて本当に凄いと思う。

「え、児童館の子達なら皆で風車作ってみるとか?以外に面白いかもよ。」風車は簡単に作れるから小さい子とするなら良いかも。

「確かに。私作ったこと無いから上手く作れるかな。」

「結構前に作った時は簡単に作れたよ。手先が器用な水川さんなら余裕だと思うよ。」彼女は基本何でも出来て、綺麗で性格も良い。そんな水川さんと話す機会があるってことに未だに驚く。

「そう?なら頑張んないとなあ。部長さんにはまた児童会館に行きたいって言おう。あ、もう5分前だから戻るね。じゃあまた部活で〜。」弁当箱と水筒を持って扉を出ていった。


 彼女の去った部室には風の音しか残っていない。僕は、目をつぶって風の音を聞いた。葉の擦れる音や何処かから聞こえる話し声、今日は風の音にかき消されている。

「やっぱり…今日は風がうるさいね。」その言葉を残して僕は部室から出た。

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