第11話 男でもあり女でもあるから強いのよ♥
「はぁい、サキ。待ってたわよ」
校門近くに白いポルシェが停車しており、紗希を見つけるや否やクラクションを鳴らしてきた。彼女は驚いた。何とそのドライバーはメイド長として本宅で勤務している筈の大西幸一だったからだ。
丸太の様に太い両腕に六つに割れた腹筋という屈強な肉体と相反する様に、長く艶のある髪に下品さを感じない厚化粧という嫋やかな美貌を持つというちぐはぐな見た目をしているが、歴とした男性である。
「メイド長! 何で此処に!?」
「ノゾムちゃんに頼まれたのよ。サキが迎えを頼んでくるだろうから車を用意して欲しいって。で、サキとノゾムちゃんの様子も見たかったからアタシが来たの」
望が既に手配しているとラインを送ったのはこの事だったのかと納得し、紗希は直ぐに助手席に乗った。重厚なエンジン音と共にポルシェは発進し、車の旅はいざ始まる。
「ノゾムちゃんってばアタシ達の電話番号全部暗記してるらしいのよ。オドロキでしょ?」
「……何かもう、それ位じゃ全然驚かなくなっちゃったな」
現に自分が迎えを頼む事を的中させているのだから、何十件もの電話番号を全部覚えてたって納得出来る。そんな事で驚いていたら身が持たない。
「それにしても元気そうで何よりだわ。どう? 学校楽しい?」
「……まぁ。普通くらい、かな」
彼女、もとい彼は十八歳の頃から現在まで風間家の使用人として働いている大ベテランで、昔は母親代わりに世話を焼いてくれたし話相手にもなってくれた。
小学生高学年になった頃から人材育成の為に裏方での統括に徹する様になって顔を合わせる機会も少なくなり、次第に疎遠になってしまっていた。だからこうして会話をするのは久々だった。
「……そう。楽しく学校に通ってるみたいで安心したわ」
「私、普通くらいって――」
「やぁねぇ。サキがまだ赤ちゃんだった頃からの付き合いよ? 顔見たら一発で分かるわよ、充実してるってカンジね」
「じゅ、充実なんかしてないし!!」
幸一と言い、望と言い、自分は思っている事が直ぐに顔に出てしまうモノなのか、と紗希は気恥ずかしく感じた。
彼もまた望と同じ様に分かりやす過ぎると揶揄ってくるものかと身構えていたが、彼女の予想とは裏腹に少し憂いを帯びた表情を浮かべていた。
「……本当に安心してるのよ、アタシ。あの頃のサキ、いつも辛そうにしていたから」
あの頃、それは中学時代の事を言っているのだろう。幸一の言う通りで確かにあの時は毎日が苦痛で毎日が退屈で仕方がなかった。
――出た出た、社長令嬢サマのお出ましだよ。
――まじうっざ……。どうせその顔も大金はたいて整形でもしてんでしょ。
本当は羨ましかった。一緒に誰か楽しくお喋りしたかったし、一緒に誰かと机を囲んでご飯も食べたかった。けれど皆が見ているのは風間紗希としてではなく、風間義之の社長令嬢という色眼鏡でしか見ていなかった。
――今回もアイツが一位。……目障りだしとっとと転校してくんないかなぁ。
――あ~あ、あのドヤ顔をずっと拝まなきゃならないとか不幸過ぎでしょ……。
それならばと風間家に相応しい娘を演じてみたが、結果は最悪なものとなった。何かで一番を取っても、何かで表彰されても、誰も心から祝福してくれなかった。紗希に送られるのは嫉妬による心無い中傷のみであった。
風間家と言う名の看板がいつまでも自分にしがみついて、自分が本当に欲しい物を常に遠ざけさせていた。だからその看板を下ろす為に紗希は転居して新しい家で望と暮らす事にした。
「……メイド長」
「あら、どうしたの。そんな怖い顔しちゃって。カワイイ顔が台無しよ」
「……私、本当は転校するべきじゃなかったのかな」
事実上、凡人達の謗りを前に敗走した事となっている。転校して今の穏やかな生活を得られたのはいいものの、父はそんな自分を風間家の恥だと思っているのではないのか、と不安になる事がある。
「……私、風間家の重みから逃げたんだ」
京極院絵里花。彼女もまた自分と同じく心無い連中から中傷を受けてきた。だが絵里花は今も戦っている。京極院の令嬢という誇りを貫き通そうとしている。それに比べて自分はなんて半端者の臆病者だろうか。
「きっとパパは私の事、風間家の恥だって――!」
紗希の言葉を遮る様に幸一は前を見て運転しながらゴツゴツした男の手で彼女の頭を撫で回した。
「……旦那様ってね、とっっても不器用な人なのよ。知ってたかしら?」
「パパが?」
「そうよ。本当はどうしてサキが学校で辛い思いをしていた事に気付いてやれなかったんだってすご~く後悔してたのよ?」
余計な心配掛けさせまいと内緒にしていた事が逆に義之を苦しませていた事実に驚愕した。そして父を悲しませた事に紗希もまた後悔している。
「だからサキ。アナタは一人の普通の女の子として生きなさい。とびっきりの笑顔で、楽しく過ごしてる姿を見せる事が何よりの親孝行なのよ。分かった?」
「……うん。ありがと、メイド長」
丁度赤信号で止まっていたので、幸一は此方に顔を向けて微笑んでくれた。少し泣きそうになったが、紗希は彼に言われた通りにとびっきりの笑顔を返してやったのであった。
※
「おかえりなさい、紗希。それにメイド長も」
「あらノゾムちゃんアンタ見ない間にイイ男になったわねぇ! ソーニャも元気そうで何よりだわぁ!」
ポルシェをガレージに停めて玄関に向かっていくと、まるで狙い澄ましたかのように望が扉を開け、ソーニャが幸一に飛び掛かって出迎えてくれた。
手に持っていた鞄を望に託してダイニングへ向かうと、テーブルには前の休日に一緒に食べたイタリアンのフルコースを再現していた。
「メイド長もどうぞ召し上がって下さい」
「やっだ何これ!? ノゾムちゃんアタシより料理上手くなったんじゃない!?」
「ふふ、そうかもしれませんね」
そんな生意気な態度を取る部下に鉄拳制裁を加えるべく、幸一は賺さず望の首を絞める様に剛腕を回した。そして空いている方の手で男の両頬を鷲掴みにし、至近距離で睨みつけていた。
「其処は、そんな事ありませんって言いなさいよ。舌入れるわよ、あ~ん?」
「も、申し訳ありませんでした。メイド長」
あの掴み所が無く飄々としている望も、上司である幸一の前では形無しである。普段散々揶揄われているから紗希は内心いい気味だ、と嘲笑していた。
お腹が空いたから早く食べようと紗希がブレザーを脱いで椅子の
「あー……メイド長。私の分ちょっと食べてくれる?」
「どうしましたか? 俺の料理に何か至らぬ所が有りましたか?」
「ううん、そうじゃないの。寧ろ至り過ぎてる事が原因っていうか――」
「んん? どういう意味ですか?」
イマイチ要領を得ていない望は疑惑の目を向けていた。どうしていつも心を読んでいるかの様に鋭いのに、こんな時に限って鈍いのだろうか。
「私、ダイエットしようと思って……」
「ええ!? 充分細いじゃない! ガリガリなのは美しくないわよ!?」
「その……、お尻……、学校で……、大きいって言われたから……」
「あらヤダもうサキったら! そんな事気にしなくていいわよ!」
「そうですよ。見た目通り引き締まったいい臀部です」
気配も無く望が紗希の背後に回り、まじまじと近くで見ながらスカート越しに尻を撫でていた。唐突過ぎる出来事に一瞬思考が追いつかなかったが、男の手が女のデリケートな部位を触っていると理解し、紗希は悲鳴と共に後ろ蹴りで望の腹を蹴り上げた。
「あ、あああ、アンタ……! 自分が今何やったのか分かってんの!?」
「何を怒っているのですか紗希? 流石に今のは痛かったですよ」
「望のバカーッ!!!」
「あ、紗希の分の夕食は置いておきますからお好きな時に――」
「馬鹿野郎!! 早く謝りに行きやがれ!!」
この男がこんなにもデリカシーが無いとは思わなかった。乙女の尊厳を踏み躙られた紗希は涙目になりながら二階へと上がり、自室の鍵を閉めて布団を被った。
扉越しから望が何度も謝っていたが、紗希は聞こえていないふりをし続けたのであった。
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