第四十話 ようやく、体育祭は終わりを告げる。

 体育祭も大詰め。次は一年生全体競技『借り物競走』、累花が出る種目だ。

 ピストルが鳴り、次々と人が走り出し、紙を取り出す。

 紙を見た後、「誰か、ランドセル持っている人居ませんか!?」と、大きな声で聞くヤツ。一人一人に聞き込みをする奴……様々だった。

 そうやって借り物競争の様子を見ていると、頭に赤いバンダナを付けた少女——累花がこちらに向かって来るのが見えた。

 

「せんぱーい!」


 元気な声でこちらに向かって話しながら、こちらに走って来る。


「はぁ、はぁ」


 こちらに着くなり、累花は両膝に手を付きながら下を向き荒く呼吸をする。

 数秒後。やっと呼吸が整ったのか、累花は顔を上げてこちらを向く。


「先輩、行きましょ!」


 そうして、累花に手を引かれるまま俺達は走り出した。


          *


「先輩っ! どうですかっ!? 学校一の美少女に手を引かれながらグラウンドのド真ん中を走る感覚はっ!」


 照り着く日光の中、俺の手より少し小さくて、それでいて柔らかい累花の手に手を引かれる。

 そして、笑顔でこちらを向く彼女の姿を見ていると、俺はある日のあの子の姿を思い出していた。 

 係の人の前まで走り、お題の書かれた紙を係の人に見せ、確認を貰う。


「OKです。どうぞ」


 その後、係の人は累花の耳元で何かを囁く。

 その言葉を聞いた累花は急に顔を火照らせる。


「そうですっ! 絶対に言わないで下さいよっ!?」


 その言葉で係の人は「ふふっ」と笑う。


「はいこれ。お題の紙は貴方に渡すね、いざと言う時に使って」


 累花はお題の紙を係の人から紙を返却される。


「いざと言う時って……そう言うの辞めてくださいってばっ!」


 そのような様子の累花は、やっぱりあの子に似ている。だって彼女は……


「ありがとう」


 次の走者が走り出した頃、俺は泣いていた。大粒の涙が1粒零れた。

 その状況を見た累花は、一言言った。


「やっと気づいてくれたんですね。待ってましたよ」


 と。


           *


「終わったな」


「終わりましたね〜」


 体育祭の当日、生物部にて。

 部活動えさやりを終わらせていたので、適当に雑談をしていた。


「っあ、そういえば累先輩。借り物競争の時に泣いてましたよね。あれ、面白かったです」


「お前さぁ、そういうのは心に留めておく物だろ!」


「うひひっひひひっひひっ……!」


 累花が笑い出す。あの時の空気を壊さなかったのは偉いと思うけど、その後に全てを破壊された。

 急に累花の笑いが止まる。

 数秒後、累花が涙を流した。


「っ!? すまん累花、言い過ぎたか……?」


「ありがとう」


 心配してくれた事のお礼なのか、累花がそう言う。

 その後、数秒続いた沈黙を破ったのは、累花だった。

 累花は「ぷっ」と笑い、


「先輩の真似」


 と言うと、また先程の様に笑い出す。

 コイツ……


「んだよ! 人の心配を踏みにじりやがって! シリアスな雰囲気をぶち壊しやがって! ……で、結局は『先輩の真似』だあ? 笑い泣きか? あくびか? それとも演技なのか!? まぁ、ど ち ら に し ろ 最 低 !」


「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 まじ最低だな! コイツ!!


「っあ、そういえば……」


 俺が何かを思い出したかのように言うと、累花は笑いを止める。


「借り物競争のお題、あれなんだったんだ? 紙、持ってるだろ。見せろ」


 聞くと、累花はズボンのポケットを漁り、4つ折りにされた紙を取り出す。


「これですか?」


「ああそれ。見せろ」


 そう言って手を伸ばすと、累花は紙を後ろへやる。


「イヤです」


 そう言い、「べー」と言わんばかりに舌を出す。


「っ! コイツ……!」


 そうして、累花と俺でお題の紙の取り合いが始まった。


「見せろ」


「イヤです」


「見せろぉ」


「イヤです」


 数秒、俺と累花が絡み合っていると、累花が「あっ」と言う。


「? どうした?」


 すると、累花はモジモジしながら


「その……男性は少し強引な方が良いって言われますが、逆に強引過ぎると嫌われますよ?」


「ギクッ!」


 図星だった。今、累花にやっていたから。

『さささっ』と累花から離れていく。

 その様子を見た累花は、お題の紙を開き

小さく呟く。


「そう言う所も好きですよ、先輩」


 累花の借り物競争に書かれたお題、それは

『好きな人』だった。


       第2章 体育祭編  


           完

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