地獄転生
@UFO-0624
第1話 ようこそ地獄へ
覚えているのは、足場を失ったこと。鳥肌が浮くほどの浮遊感。そして、首に食い込んだ縄の感触。
一体どうしてこんなことになってしまったのか、皆目見当もつかない。
くるりと360度見渡してみて、目に入るものは、土、土、アメリカの清涼飲料水みたいに毒々しい緑色に染まっている川、なぜか金属光沢を放っている竹藪、そして赤い大地。およそ俺の記憶の中にある日本国の街並みとはかけ離れている。しかも日本の温暖湿潤気候なんて目ではないほどに暑い。いや、暑いを通り越して、熱い。地平線の彼方まで延々と続いている変哲のなく見える足元の赤い土は灼熱の鉄板と化して両足をジュウジュウと焼いている。もはや真夏のプールサイドなんぞの比ではない。
どこだろうか。ここ。
思い出そうとしても靄がかかったように頭がぼやけて考えがまとまらない。
…もしかして、これは夢なのだろうか。そういえばどこかで聞いたことがある。確か明晰夢とか言ったか、夢を夢と気づいた状態で見る夢のことで、その状態ではあらゆるものが意のままに操れるのだという。
…ちょっとやってみようか。せっかくの機会なのだ。これを活かさない手はない。
スッと息を吸い、煩悩のかぎりを尽くした妄想に具体的な形を与えてゆく。…そうだな、基本はやっぱり異世界転生にしてみようか。俺は冴えない中年男性。ある時バナナの皮を踏んづけて頭を打って儚くも命を落とし…いや、ダメだダメだ。こんな気の抜けた死に方ではなんとなく気合が入らない。やはりここは王道のトラックに轢かれる展開で行こう。そしてここは中世ヨーロッパ風味の異世界。行き交う馬車にエルフやドワーフの亜人種が何故か日本語で会話し、そこかしこでド派手な魔法が炸裂している。…まぁ実際の中世ヨーロッパには道端にはうんこが撒き散らされ、滅多に風呂には入らない異臭漂う民衆がウヨウヨしているほどに不衛生だったなんて誰かが言っていたが、そんなナンセンスには目を瞑ろう。幸せな妄想に現実は猛毒だ。
そして俺はそんな華やかな世界で誰もが羨むほどの力を手にする。そうだな、今回はあらゆる能力をコピーする能力にしておこう。これさえあれば誰かに引き分けることはあっても負けることはないからな。その力を奮って俺は可愛い女の子に囲まれてウハウハライフを送るのだ。
…よし、こんなもんでいいだろう。あとはこれをしっかりとイメージしたまま目を開けるだけだ。いち、にの、さん!!!
…風の流れに綾を作る遥かな草原も、可愛いエルフの女の子も、火を吹くドラゴンも現れなかった。目を瞑る前とおんなじ、荒涼とした景観が延々と広がっている。
ただ、ひとつだけ現れたものがあった。身の丈は3メートルを夕に超えるオークらしき存在が、じっと俺を見下ろしていた。
いや、オークか?これ。なんか変だ。いや、似ていることには似ているんだが、俺のイメージしていたオークはもっと代表がツルツルとしていて、ツノ以外には頭には何もないはずだった。
ところがこいつは、頭にもふさふさと白髪が生えており、目玉なんかもこぼれ落ちそうなほどに見開かれ、おまけに金色にギラギラ輝いていた。
なんかイメージと違うな。それとも明晰夢というのはハナからこういうものなのだろうか。そうかもしれない。夢というのはそもそもが記憶の整理の過程で発生するらしいのだから、深層心理が働いてイメージと異なる姿が生成されるのも不思議なことではないのかもしれない。
そんなことを考えていたせいで、胸ぐらを掴まれるまで目の前のオークらしき何かが俺に話しかけているいるのに聞きがつかなかった。
「うわっ」
まるでその重さを感じさせないほどの力で俺を持ち上げ、どこから取り出したのか棘のついた鉄棒を俺に突きつけていった。
「ハヨ、セ。ザイフ、ミセエ。」
「は?」
何を言っているのだろう。この態度からして友好的ではないことだけは確かなのだが、言葉がまるでわからない。どこか日本語らしくはあるのだが、言葉の意味がうまくつかめない。所詮は俺の妄想なのだから、日本語くらい喋ってくれてもいいのに。…これはもう一度やり直したほうがいいかもしれない。
そう思って目を瞑ると、
「モウ、エエ」
そう聞こえた瞬間、右半身の感覚が喪失した。一気に肉体の重心が変わり、体が傾いてゆく。
掴まれていた手の感覚がなくなり、重力の引っ張るままに体が落ちてゆく。痛みはなかった。
べちゃ。
右足の踏ん張りが効かず、体が地面に倒れ伏す。息ができない。目が見えない。焼ける大地の熱を感じる。
何が何だかわからない。意識が遠のき思考がゆっくりと解けて形を失ってゆく。
のしのしと歩き去ってゆく音がかろうじて聞こえる。
声を出そうとしても口がパクパクと動くだけだ。
そしてその最後の意識も手放そうとするその瞬間、
「かつかつ」
どこかから柔らかな声がし、心地よい涼風が全身を包んだ。
小さな人影を見た気がした。
目を覚ます。
ひどい夢からやっと解放された悦びに目を開けると、悪夢はまだまだ続いていた。真っ赤で悪趣味な景観がずっと続いている。
「パスで」
目を閉じる。
「ちょっと、現実逃避したって無駄ですよ。」
そんな声とともに頭をぽこんと叩かれ頭を上げると、何か人影がこちらを見下ろすように覗き込んでいた。髪が長いせいで顔は良く見えないが、声からしてだいぶ若いようだ。ちょうど俺と同じぐらいだろうか。
一体俺の深層心理はどうなってるんだ。こんな訳のわからない世界を作り出して何がした…いや、やめよう。ごまかすのは。信じがたいことだがこれは紛れもない現実らしい。さっきの痛み、横たわる肉体を容赦なく焼いてくるこの熱、何処かから聞こえて来る叫び声。この全てが途方もない現実感を伴っている。
では、ここはどこだろうか。夕暮れよりも赤い空、錆みたいな色をした大地、容易く俺の半身を叩き潰した怪物、そしてなぜか生き返っている俺。
答えは一つだ。
異世界転生。これしかない。
だってそうだろう。見慣れぬ世界、不死の肉体、得体の知れぬ怪物たち。
さっき呆気なく殺されてしまったことから考えて恐らく凄まじいチートは与えられてはいないようだ。だけど俺の命には際限はないようだし、よほどひどい世界でないはない限りどうしようもなくなることはないだろう。
そうだ、ちょうどいい。目の前のこの子に話を聞いてみよう。こう言う転生物の一番最初は、世界観の説明と相場が決まっている。
そう考えた瞬間、その子はまるでこちらの思考を読んだかのように小さな口を開いた。
「獄法第四条により、あなたには説明を受ける義務があります。」
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