私がプロポーズしたい!

 珍しく激しい雨が降っていて、カルメは溜息を吐いた。

 ザァザァと大粒の水が屋根に当たってボコボコと音を立てるたびに、カルメは気分を下げていった。

『何も、こんな日に降らなくたっていいじゃないか』

 カルメは小さな箱を持って項垂れる。

 ログが死にかけたあの日から数日が経って、とうとうログにプロポーズをすることを決めたカルメは、ログにデートをしようと言って呼び出していた。

 目的地は、初めてログと出会った森の奥だ。

『でも、こんな天気じゃ出かけられないよな』

 カルメは新しく購入した真っ白いワンピースを着て、どんよりと外を眺めていた。

 白いワンピースはシンプルだが、襟や袖口を彩るレースが可愛らしく、ウェディングドレスを連想させた。

 今の、すっかり可愛らしくなったカルメによく似合っている。

 髪型も、珍しく編み込みを入れるなどして気合の入ったものとなっているのだが、湿気にやられてしまって数本、アホ毛が出ていた。

『かわいくない……』

 鏡に映った自分を見て、カルメは不貞腐れた。

 カルメは水の魔法で雨を止め、晴れにすることができる。

 しかし、天候を変えるというあまりに強大で異質な力を濫用しては、自然に悪影響を与えかねない。

 それに、適度な雨は自然の恵みであり、村にとっても森にとっても必要なものだ。

 そのためカルメが魔法によって天候を操るのは、その天気によって洪水が起こるといったような、村に甚大な影響が出る時だけだった。

 今降っている雨は確かに激しい方だが、この雨によって洪水や土砂崩れが起こるようには思えない。

 よって、カルメは降り続ける雨を止められずに項垂れていた。

 ぶすーっと頬杖をついていると、トントンとドアをノックをする音が聞こえて、カルメは玄関の方へ駆けた。

 ご機嫌とまではいかないものの、先程よりは随分と表情が和らいでいる。

「ログ! ふふ」

 ドアを開けると、そこにはすっかり髪と服を濡らして濡れ鼠になったログがいた。

 重くなった前髪で目が隠れ、水が滴る服はログの皮膚にぴったりと張り付いている。

「笑わないでくださいよ、カルメさん。仕方ないじゃないですか、急に降ってきたんですから」

 ログが少し不機嫌になって言うと、カルメはごめん、と笑ってログを室内に招き入れ、近くにあった清潔なタオルでログの髪を拭いてやった。

 肩にタオルを引っ掻けたログの髪はモシャモシャとしていて、カルメは笑いそうになるのを堪えた。

「べくしっ」

 ログがクシャミをして体を震わせる。

「ああ、ごめん。こっちが先だったな」

 そう言って謝ると、カルメはログの肩に触れて衣服に魔力を流した。

 水の魔法を使って衣服の水分を蒸発させると、ログの服はすっかりと乾いた。

 ログはパリッとした白いワイシャツの上に真っ黒いジャケットを羽織って、灰色のズボンを履いている。

 相変わらずシンプルな服装だが、ゴテゴテとしていないその姿がカルメには好ましかった。

 モチャモチャだった髪が水分のせいで垂れ下がり、毛先から水滴が垂れる。

 垂れ下がった前髪の間から覗く、鋭い瞳がやけに色っぽい。

 濡れたせいか、ログの方から不思議と良い匂いが漂ってくる。

「ありがとうございます。服って濡れると一気に体温が下がりますよね。あれ? カルメさん、どうかしましたか?」

 カルメがログの顔を凝視しているのに気が付いて、声を掛けた。

 すると、声を掛けられた瞬間にカルメはプイッと顔を背けた。

「いや、水も滴るいい男って、こういうのを言うんだなって思ってただけだ」

 ログに見惚れていたことに気が付いて、カルメは恥ずかしくなり頬を染めた。

「そう言ってもらえるなら、雨に濡れるのも悪くないですね」

 ログがそう言いながら髪を掻き上げるのを見て、カルメはますます頬を染めた。

『髪が変わるだけでも、結構印象って変わるんだな』

 ドキドキしながら、中途半端に髪を掻き上げたログの顔を盗み見る。

 濡れて束になった髪が上にピョンと跳ね、いつもよりも鋭い目がよく見える。

 額をさらけ出すその表情がいつもより大人っぽく見え、ほんのりと色気を感じた。

「寒いだろ、お茶でも持ってきてやる」

 そう言うとカルメは赤い顔のまま、パタパタと台所の方へ消えていった。

 やや有って、カルメは湯気の立ったマグカップを両手に持ってリビングへ帰ってきた。

 お茶を入れることで平常心を取り戻したのか、顔色は少しだけ元に戻っている。

 テーブルの上にカップを二つ置いて、二人は向き合うように席に着いた。

「カルメさんの淹れてくれたお茶は美味しいですね」

 ホッと一息ついたログがニコニコと言った。

「ありがとう。でも、ログが比較しているのって、先生の薬みたいなお茶だろう? アレよりも不味いものをつくる方が難しいさ」

「はは、確かに。すごく体には良いんですけれどね」

 二人が思い浮かべるのは、ミルクの淹れた異様に苦くて渋いお茶のことだ。

 お茶というよりはむしろ薬で、大抵の人間が一口飲んだ瞬間に眉間にしわを寄せて舌を出す。

「でも、カルメさんはちゃんと先生のお茶を飲みますよね。偉いと思いますよ」

「まあ、最後の方は牛乳とか砂糖を入れて何とか飲む感じだけれどな。流石に出されたものを残すのは悪いかと思って。でも、ログはあのまま最後まで飲むだろ? そっちの方が凄いよ」

 ちなみに、やさぐれていた頃のカルメは、お茶を出されても一口も手を付けずに舌打ちをして帰宅していた。

 やはり、カルメは随分と変化している。

「俺は飲み慣れていますから。それでもキツイですが」

 半笑いになってお茶を飲むログを前に、カルメもお茶を口に含みながら少々考え事をしていた。

『本当はデート中にプロポーズする予定だったけれど、どうしようかな』

 お茶をゆっくりと飲み込んで、カルメはワンピースのポケットに入った小さな箱をクルクルと弄んだ。

『何も、絶対今日じゃなければいけない、ということもないんだが』

 実のところ、カルメはかなり臆病で小心者だ。

 プロポーズのためのデートだって、何日も眠れない夜を過ごし、「明日はデートに誘う!」と決心しては結局実行できないということを繰り返して、ようやく取り付けたものだった。

『正直、今日を逃したらいつプロポーズできるのかわからん』

 実は、結婚式のための準備はもうほとんど終わっており、二人のプロポーズが終わり次第、結婚をすることが可能だった。

 サニーやウィリアは早くプロポーズを済ませてさっさと結婚を済ませればいいのに、とすら思っている。

『なるべく早く結婚したい。やっぱり今日、言うべきなのかな』

 お茶を啜りながらログの方を見ると、ログがじっとカルメを見つめているのに気が付いた。

「どうしたんだ?」

「いえ、カルメさんが急に動かなくなったから、考え事でもしているのかなって」

「ん、まあな。確かにボーっとしていたが」

 そう返事をしても自分を見続けるログに、カルメは身じろぎをした。

『見られすぎてて落ち着かん』

 ログも考え事をしているようで、カルメとログは少しの間無言になった。

 沈黙を破ったのはログだった。

「カルメさん、いつも可愛いけれど今日は一段と可愛いですね。髪型も洋服も、よく似合っています」

 愛の滲んだ瞳で笑って、ログは手を伸ばしカルメの髪の毛の先に触れた。

 カルメの顔が真っ赤に染まっていく。

「あ、ありがとう。ログの方こそ、今日は白衣じゃないんだな。その、よく似合ってる。その、さ、あの、カッコイイ、と、思う」

 シャツの上に黒っぽいジャケットを羽織ったログを見ながら、カルメはしどろもどろに言って顔を熱くした。

 白衣を着ていないログを見るのは新鮮で、服が違うだけでいつもよりも数倍よく見えてしまう。

『まあ私は、いつもの白衣のログも好きだけれどな』

 誰にともなく惚気て、カルメはますます顔を赤くした。

 それを見たログはニコニコと笑ってお礼を言うと、ジャケットのポケットから小さな箱を取り出してテーブルに置いた。

「実は、カルメさんに伝えたいことがあるんです。聞いてくれますか?」

 ログはわざと艶っぽく微笑み、カルメの顔を覗き込んだ。

 甘い瞳に甘い声、いつものカルメなら頬を染めて熱っぽくログを見つめただろう。

 あるいは何の話だろう? と無邪気に笑ったかもしれない。

 しかし、カルメはログの表情にハッとすると、慌てて言葉を出した。

「プロポーズか!?」

 予想外のカルメの反応と返答に、ログは力が抜けてテーブルに突っ伏した。

「カルメさん、分かっていてもノッてくださいよ。雰囲気、台無しじゃないですか」

 気弱な愚痴がログの口から漏れ、その声は珍しくカルメを非難している。

 カルメからはヘニャリと髪をヘタレさせたログの頭しか見えないが、それでも落ち込んでいることは十分に見てとれた。

「あ! ごめん。でも、私、プロポーズしたくて、つい……ごめん、ログ。機嫌を直してくれないか?」

 不機嫌になって顔を上げない恋人の頭を、必死で撫でまわして機嫌を取ろうとするが、それでもログは中々顔を上げない。

 少し勇気を出して、ログの頭にキスを落とす。

 ログの肩がほんの少し揺れて、恨めしいような、照れたような表情でカルメを見上げた。

「プロポーズしてくれる気、あったんですね」

 モソモソと言うのを、カルメは愛おしげに見つめた。

「まあな。今日はプロポーズしようと思ってデートに誘ったんだ。でも、あいにくの雨だから、どうしようか迷ってた」

「奇遇ですね、俺もです。俺も、今言うべきか否かで迷っていました。でも、そうだな。カルメさんのプロポーズを聞きたいです。いいですか?」

 カルメはこくりと頷いて、ポケットに入っていた白い小箱を取り出した。

 無言で、ログにその箱を差し出す。

「ログ、箱の中身を見てくれ」

 中に入っていたのは「カルメ」の花だったのだが、よく見るとそれは全体的に青で発光していて、花びらのところには小さな魔法陣が刻まれている。

 触るとほんの少し冷たく、また、茎の部分が折り曲げて凍らされ、クリップのようになっているのも印象的だった。

 カルメはそっと、ログのジャケットについた胸ポケットのところに「カルメ」の装飾具を取り付けた。

「これが、ログに送る私の宝物だ。私の本当の宝物は、その、ログだけれど、ログにログはあげられないから。それにサニーから、宝物は相手の好きな物や相手にもらってほしいものを送る、って聞いたんだ。その、さ、あの、ログが好きなものって、その……わ、私、だろ?」

 顔面を真っ赤にして、小さく、小さく、囁くように言った言葉をログの耳はきちんととらえていた。

 ログがにっこりと笑って頷くと、カルメは余計に頬を染めて俯いた。

 両膝の上に置かれた手は握りこぶしをつくって、ギュウッとスカートを握っているが、すぐに真っ赤な顔を上げて真直ぐにログを見た。

「わ、私は、これから先ずっとログと一緒にいたいし、その花をログに身に着け続けてほしい。その花には魔法陣で魔法が掛けられていて、前にログからもらった『カルメ』みたいにさ、凍らせて作ってあるんだ。魔法陣には定期的に魔力を込めないといけないし、結構複雑なものだから、定期的にメンテナンスをしなくちゃいけない。だから、えっと……」

 夜中に散々考えてきた言葉が、上手く出てこなくて言葉に詰まる。

 真っ赤な目元に涙を浮かべて、それでも必死に言葉を紡ごうとするカルメをログは甘い視線で見つめていた。

「ログには、それを身に着け続けて、そして隣には私をおき続けてほしい。この先、何よりもログを大切にするって誓う。私は、ログ無しではまともに生きられない。だから、結婚してほしい」

 ログの甘い視線を見返して、じっと瞳を見つめながらはっきりというと、テーブル越しにログがカルメを抱きしめた。

 そして、コツンとカルメの額に自分の額をぶつけた。

 至近距離で見つめ合う。

「もちろんだ、カルメ。俺もカルメが世界で一番大切で、もしもカルメを失ったら、俺はその後の人生に輝きを見いだせない。嫉妬深くて、意地悪で、独占欲が強すぎる。どうしようもない俺だけれど、それでも俺はカルメの隣に居続けたい。結婚しよう」

 ゼロ距離で交差する、甘すぎる視線に敬語なしの甘い言葉がカルメの心臓を貫いて、カルメは熟れた果実よりも赤い顔でコクコクと頷いた。

 ポーッとするカルメを名残惜しそうに放すと椅子に座らせて、カルメの両手の上に小さな白い箱を置いた。

「俺も、何日もかけてカルメさんに渡す宝物を考えてきたんです。でも、どんなに考えても俺の宝物はカルメさん一人でした」

 そう言いながら、ログはそっと箱を開いて中身を取り出した。

 中に入っていたのは「カルメ」の花に類似した、別の花からできたヘアピンだった。

 その花と「カルメ」の最大の違いは花びらと茎の色だ。

 「カルメ」が深い紫の花弁と深緑の葉や茎をもつのに対して、その花は空のような、深い湖のような美しい青の花弁と薄緑色の葉や茎をもっている。

 また、「カルメ」は俯いたように咲く小ぶりな花だが、その花は「カルメ」よりも一回り大きく、太陽でも見るように上を向いている。

 ログの髪と同じ色の花弁に、ログの瞳と同じ色の葉や茎をもつその花はまるでログそのものだ。

「前にあげた『カルメ』は砕けてしまったから新しいものを用意したくて、ダメもとで花壇に『カルメ』を咲かせてください、とお願いしてみたんです。もしも言葉がメグに届けば、また咲かせてくれると思って。でも、咲いたのはその花でした」

 そう言って、ログはカルメにその花を手渡した。

 カルメは花を動かして興味深げに眺めている。

「これを見た時は俺みたいな花が咲いてしまった、と思って正直がっかりしたんですが、カルメさんの言葉を聞いて考えが変わりました。俺も、いつもカルメさんにこれを身に着けてほしい。俺も、カルメさんの隣に居続けたいです」

 花びらのような柔らかな笑みを浮かべて、ログはカルメの手をとった。

 そしてカルメの手にあるヘアピンをそっと奪うと、カルメの耳の上の髪に触れた。

 パチン、と高い音を鳴らして、カルメの髪にヘアピンを取り付ける。

 黒に近い紫の髪に明るい色をしたその花はよく映えていて、確かにその存在を主張している。

 互いに良さを引き立て合うようで、カルメによく似合っていた。

 ログは満足げに頷くと、するりとカルメの髪を梳いた。

「そのアクセサリーは魔法でできているわけではありません。本を読んだり、友人に手伝ってもらったりしながら作ったものです。でも、そのアクセサリーだって手入れは必要だ。カルメさんが俺の宝を手入れしてくれるというのなら、今度は俺がカルメさんの宝を手入れしますよ」

 カルメは目を丸くしたまま、そっと耳の上に止められたヘアピンに触れた。

 互いに愛し合おう、そして、互いのために自分を大切して生きていこう。

 そう言われた気がして、カルメはコクリと頷いた。

「なあ、ログ。多分この花にも名前はないんだろう。『ログ』って名前を付けてもいいか?」

「いいですよ。でも、少し照れますね」

 ログが頬を掻きながら照れ笑いを浮かべた。

 それを見たカルメが、悪戯っぽく笑った。

「そうだろ。嬉しいけど、結構恥ずかしいんだよな」

 そう言って二人は朗らかに笑い合うと、まだほんのりと温かいお茶を飲み干した。

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