邪魔をするな!!

 泣き跡が残る顔で、三人は楽しく談話していた。

 二人はたくさんログの昔話をしてくれたし、カルメもお返しに惚気話を聞かせた。

 ログと一緒にいる時とも少し違う穏やかな時間を、カルメは楽しんでいた。

 町はあっという間に茜色に染め上げられて、あと少しで夜がやってきてしまう。

「そろそろ、帰らなくちゃいけないですね」

 存外楽しかった時間が終わりゆくのを感じ、カルメはしょぼんと項垂れた。

 その様子を見て、メリッサは励ますようににっこりと笑った。

「そんなことないわよ。泊まって行けば良いじゃない。部屋なら私の部屋があるし、夜通しおしゃべりしましょ! ねえ、母さん」

 メリッサが更に目配せをすると、サラもにっこりと頷いた。

「いいわね。今日はごちそうを作るわ」

「本当ですか?」

 二人の言葉を聞いて、カルメはパァッと顔を明るくした。

 ログと同様、カルメは彼女らの前ではいつもよりずっと素直になれた。

 恋人への照れや変な意識がない分、ある意味ではログに接する以上に素直に振舞えているかもしれない。

 そんなカルメの頭をメリッサが撫でる。

「もちろん! カルメちゃん可愛い! 大好き」

「あ、ありがとう、ございます。私も、お義姉ちゃん、好きです」

 顔を赤くしながらオドオドと答えると、メリッサがカルメに抱き着いた。

「わっ」

 カルメが可愛らしい悲鳴を上げて後ろによろけると、誰かにぶつかった。

「いてて、ごめん……ログ?」

 どうやら、気づかない間にログが後ろに立っていたらしい。

 ログはカルメを優しく立たせると、そのままカルメの腕を掴んだ。

 その力は、いつもよりも強い。

「帰りますよ」

 ログの言葉には、いつもの甘い柔らかさがない。

 どことなくぶっきらぼうで、その雰囲気は固かった。

『ログ?』

 違和感がカルメを襲い、不安げにログの顔を覗き見た。

 しかし、ログはカルメから顔を背けているようで、瞳どころかその表情すらも見えない。

「ログ、お義母さんたちが泊めてくれるって。遅くなるから」

 顔の見えないログが少し不気味で、カルメは不安になる気持ちを抑えながらログに話しかけた。

 緊張でいつもよりも声が高く、出る言葉が慎重になる。

 敬語はすっかり抜けてしまっていたが、今はそんなことよりも様子のおかしい恋人の方が大切だった。

 カルメの心配を無視して、ログは甘みのないぶっきらぼうな言葉を出す。

「でも、カルメさんの船なら時間は関係ないですよね?」

「それは、そうだけど。でも、私は泊っていきたい」

 ログの実家に泊まりたい、というのは、本来ならば突っぱねられるはずがない、カルメの可愛らしいお願いだった。

 けれど、ログは何も答えない。

『ログ、怒ってるのか? でも、何に?』

 なんとなくログが怒っているのではないかと思ったが、その原因が全く分からない。

 唯一思い浮かぶのはサニーに嫉妬した時のログだが、その時もここまで強く怒っていたわけではないはずだ。

 カルメは混乱していた。

「ログ、アンタ感じ悪いわよ。どうしたのよ」

 メリッサが怪訝な表情でログの方へ手を伸ばすが、ログはそれをバシンと叩き落した。

 あまりにも強いそれは、まるで拒絶だ。

「いった! 何すんのよ」

 鋭く睨みつけてくるメリッサを、ログは一瞥もしない。

「姉さんは黙っていてくれ。カルメさん、申し訳ありませんがお願いは聞けません。帰りますよ。俺、先に行っていますから」

 掴んでいた腕を放すと、カルメの顔も見ないまま、逃げるかのように階段を駆け下りた。

 力強くドアを閉める音が聞こえる。

「ログ!? 待て! ログ!!」

 カルメがどんなに声を掛けても、ログはカルメの方を振り返らなかった。

『追いかけないと』

 一も二もなくそう思うと、カルメの体はひとりでに動き出していた。

「お義母さん、お義姉ちゃん、ごめんなさい! また来るから」

「分かったわ。行ってらっしゃい」

「弟がごめんね~また会おうね~」

 二人に見送られ、カルメは一気に階段を駆け下りる。

 早くログの元へ行かなければ、そればかりを考えた。

 気が付けば外はもう真っ暗で、街灯に照らされなければ足元もおぼつかない。

 必死で走るカルメの肩を誰かが思いっきり掴んだ。

 全力疾走していたところを急に止められた反動で、カルメは派手に転び、尻もちをついた。

 しかし、早くログの元へという焦りばかりが前面に出て、打ち付けた尻の痛みなどもはや感じてはいない。

「誰だ!」

 焦りと怒りでカルメは怒声をあげた。

 そして、その勢いのままに振り返ってカルメの肩を掴んだ相手を睨みつける。

 そこにいたのは、聖女アルメの話をしてきた少年だった。

「わ、ごめんなさい」

 少年はカルメの勢いにおされて、オドオドと謝った。

 しかし、カルメの怒りは冷めずに舌打ちをして立ち上がる。

 今のカルメに余裕なんてものがあるわけがない。

 早くログの元へ、と足を一歩踏み出して走りだそうとするカルメの耳に、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「カルメちゃん、久しぶりね。こんなに柄が悪くなっちゃって……私のせいね」

 柔らかく、美しい声は聞き覚えがないはずなのにどこか懐かしい。

 顔を上げると、そこには美しい白髪と深緑の瞳をもつ女性が立っていた。

 どことなく冷たい目をした美しい女性はカルメの記憶にある母親の姿と全く同じで、ゾワリと鳥肌が立った。

 目の前にいる女性が自分の母親であり、聖女アルメなのだと瞬間的に理解した。

「カルメちゃん、私よ。分かる? ああ、愛しい子。よく顔を見せて?」

 アルメがわざとらしく優しい声でカルメに話しかける。

 しかし、カルメは実の母親の甘い声に背筋を凍らせた。

 甘く優しい声の奥には、底冷えするような寒さが広がっていることに気が付いていたのだ。

『カルメちゃん? 気持ちわりぃ、アンタ私のことをそんな風に呼んだことないだろ。どこまでも他人を嫌うその声、変わんねーな』

 本当の優しさを知っているからだろう。

 アルメの放つ金メッキの甘さに、カルメは騙されなかった。

 カルメは盛大に舌打ちをすると、ギリッと恨みを乗せてアルメを睨みつける。

「私の母親だろ。でも私はアンタに興味ねえよ。失せろ」

「聖女に、母親に、なんてことを!」

 少年は驚愕の声をあげて、信じられない、とでも言いたげにカルメを見つめた。

 しかし実際のところ、カルメは目の前の人間に一ミリも興味がわかないどころか、嫌悪すら感じていた。

 ログの母親たちとは違う仮初めの家族愛をまざまざと感じて、母親面をするアルメが気持ち悪くて仕方が無かった。

 過去にあれだけ求めてきた母親が今では気味の悪い化け物でしかなく、正直、これ以上関わりたくなかったのだ。

 加えてログまでの道を邪魔されているとなると、いっそ殺意すら湧いた。

『こんな奴どうでもいい。それよりログだ』

 カルメが再び走り出すのを少年が、

「待ってください! 話は終わっていません!」

 と肩を掴んで止める。

 カルメは舌打ちをすると、少年の方へ顔だけを振り向かせた。

『仕方ない。魔法を使うか』

 カルメが魔法で少年を拘束してログの元へと行こうと思考すると、それを実行に移す前にアルメが言葉を出した。

「カルメちゃん、答えてほしいことがあるの」

「なんだ? それを答えたら行っていいのか?」

 カルメが手に溜めていた魔力を霧散させて問うと、アルメは頷いた。

「カルメちゃん、その、治療の魔法は使えるかしら?」

「使えねえよ」

 実際にはほんの少し使えるが、カルメの魔法では使えないも同然の効果しか発揮をしないので、カルメは使えないと答えた。

 なぜ急にそんなことを聞くのか、などと様々なことに疑問を持つ余地はあったのだが、何せ今のカルメには余裕というものがない。

 一切の思考を放棄して、アルメに問われるままに答えた。

「カルメちゃん、お母さんのことを恨んでる?」

「言っただろ。興味ねえよ」

 それだけ答えると、急に少年のカルメを掴む力が弱まった。

 もう行ってもいい、ということなのだろう。

『なんなんだよ。今更どうでもいいわ、気もち悪い』

 実母との再会にもその程度の感想しか湧かず、それ以降はずっとログのことを考えながら走った。

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