日々を積もらせ幸とあれ。

雨湯。

第1話『不運』

熱い、熱い、熱い、熱い――。


背中の辺りがものすごく熱い。熱くて、熱くて、けれど今にも消えそうなぐらい意識は冷たくて――。


「どうして、おれが、こんなことに...」


そのまま意識は闇に沈んでいって――。




話は、ほんの一時間ほど前に遡る。




今日もまた、平凡な一日が始まる。


良くも悪くもない、普通な日常。


「おはよーございます」


誰もいない部屋でただ一人、挨拶をする。


当然のように返事は返ってこないが、彼女ーー否、少女のような顔立ちをした「彼」は、特に気にせず台所へ向かう。


特徴的な少年だ。足にまでとどく長い銀髪を特に結ばずに流し、明らかに大きさのあっていないパーカーを着崩している。


右目は赤色で左目は青色と、俗にいうオッドアイというやつである。明らかに日本男児とは思えない容姿をしていた。


「買っておいた弁当はっと...あったあった」


そうして、特に不味くもない弁当を食べ終えた彼は、シャワーを浴び、高校への支度をする。


「いってきまーす」


起きた時のように、誰もいない部屋でただ一人家を出る合図をして、高校へ向かう。


今日も、明日も、死ぬまでずっと、この日常が続くのだろう。


そんなことを考えながら、通学路を歩いていた。


――その時だった。


「―ぁ」


突然だった。まるで火で炙られているかのように、背中に灼熱が走った。膝からアスファルトの上へ崩れ落ちた。


何があったのかと、反射的に背中を見ると、何か赤いものが噴き出している。横には刃物のようなものが落ちていて、たくさんの人の声が近づいてくる。


あ、刺されたのか――。


遅れて理解した。意識し始めると、死が近づいてくるのが感覚でよくわかった。そして、無性に思う。


死にたくない、と。


もっと生きたいのに、身体はそれに反して動かなくなっていく。


「どうして、おれが、こんなことに...」


その言葉を最後に、おれの意識は途切れた。





****************************





目が覚めると、そこは知らない場所だった。


「おれ、しん――、」


盛大に血を吐いた。どうやらまだ死んでいないらしい。


「助けて...だれか...」


声をあげて助けを求める。しかし、反応はない。ここがさっきまでの高校の通学路では無いのは明確であり、となるとラノベお約束の転生、いや、傷が残っているということは転移なのかもしれない。


「どこから来たかもよく分からないやつが急に助けを求めるぐらいじゃ、放置ってことなのかよ...くそ...」


暴言を吐いてみるものの、傷が塞がったりはしない。


何か考えていないと今にも死んでしまいそうで、彼は考え続ける。


――もし自分が逆の立場だったら?


出身もよくわからないやつが急に血を吐いて倒れている。おそらく周りの誰かが助けるだろうと思い、きっと素通りしていただろう。そう考えると恐ろしいのと同時に、納得した。



そしてこれからは、そんなことはしないようにしようと、強く心に誓った。




”これから”とは来世のことになるのだとしても。


そう思い、もう限界だと目を閉じて彼は諦めようと――


「大丈夫!?まって、今すぐ治療するから!頑張って!!」


した、その時だった。






****************************






声が、聞こえる、気がする。誰かが、必死に、呼びかけてくれている、気がする。


「応急処置をしてから、早く治療しないと...」


ちがう、気のせいじゃない。今、確かに、誰かが助けてくれようとしてくれている。「ありが――。」


安心したと同時に、そのまま再び意識は深く沈んでいった。




目が覚める時、水面から起き上がってくる時のような息苦しさを覚える。


「ここは...」


辺りを見渡そうとした。


「...っ」


背中がものすごく痛む。そして全て思い出した。刺されたあと、知らない場所にいつのまにかいて、そして――


「誰かが、助けてくれた?」


刺された部分は痛むが、血は止まっているみたいだし、傷口は塞がってはいるようだ。そしてなにより、ここはベッドのようなものの上らしい。


「あ、良かった...目が覚めたみたいね」


透き通った、とても綺麗な声だった。


薄く黄色がかった髪を左側にサイドテールにしている、愛らしい顔立ちをした少女だ。露出多めな改造制服のような服を着ており、目にはばつのような紋様が描かれている。頭には輪のようなものが浮かんでいて、背中には左右に小さめの大きさの羽根がついている。これだけなら、よくある天使系統の種族だと思うだろう。


――左右の羽根の色がちがって、頭の輪に血のようなものがついていなければ。


もしかして、堕天使的なあれなのだろうか。


「あ、ありがとう。ところで、なんですけど。」


「ん、なに?」


どうやら話を聞いてくれるらしい。それならばと、自分の顔を真面目なものへと切り替える。


これから話すことが真剣なものだと感じ取った彼女は、自分に一切の偽りの無い瞳を向けてきてくれた。


その気持ちに応えるべく、質問を問いかける。


先ほどからずっと気になっていること、それは――


「あの、変な質問かもだけど――




 ここって、どこ?」


苦笑しながら言い切った。



この部屋に一瞬、沈黙が生まれた。





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