予知夢の正体

森本 晃次

第1話 ネットの記事

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。さらに主人公を中心とした人間の考え方には、作者の思い入れが入っている部分もありますので、少し偏った考え方になっていることもありますが、ご了承願います。


 K大学に通う相沢玲子は、その日は朝から講義があったので、久しぶりに早く起きて通学した。大学は都心部へと反対方向ということもあって、通勤ラッシュに遭うこともなく、八時台の移動であっても、座れないということはなかった。駅前にある喫茶店に久しぶりに寄ってみようと思い、いつもよりも早く家を出た。

 そろそろ季節的にも寒い時期でもあり、電車に乗ると、満席でもないのに、窓ガラスが白く曇ってしまったりしている。玲子はメガネを嵌めているわけではないので、メガネが曇ることはなかったが、眼鏡をかけている人を見ると、少しメガネを下げているのが見えたので、きっとかなり電車内は湿気を帯びているのだろうと思った。

 日付は、十一月六日である。

 さすがに学生街のある駅、そこで降りる人は結構いた。電車に乗っていた人は、皆無口で人と会話をしている人がいなかったので勘違いしがちだが、ほとんどが学生であり、社内の平均年齢がかなり低かったことに、駅に到着し、扉が開いて人がどっと降りていくのを見た時、初めて感じるのだった。

 皆は電車が到着するまで立ち上がることをしないのだが、いつも列車が到着する少し前から窓際で扉が開くのを待っている玲子には分からなかった。

――私だけがせわしない性格なんだろうか?

 と思ったが、他の人のマネをしてゆっくりと列車が止まってから立ち上がると、列車内のそれほどたくさんいたと思えない乗客だったのに、気が付けば扉の前に何列にもなっていることに閉口してしまった。

 しかも、最初の人がなかなか出ようとしないのか、自分が出ることができるまでにはかなりの時間が経った。しかも、改札口に行くまでが次第に狭まっていくので、どんどん人が詰まってくるのだった。

 それを思うと、

――やっぱり人と一緒に出るのは嫌だ。一人で先に出る方がいい――

 という結論にしかならない。

 その日は最初から窓際に立っていたので、しかも改札に一番近いのが何両目のどの扉なのかというのも把握しているので、改札を抜けるのは自分が一番最初だった。

 早朝七時からやっている、

「いつもの喫茶店」

 は駅前にあり、小さな道を挟んで向こう側だった。

 喫茶店の窓際の席に座ると、電車から降りてくる人たちが一望できて、朝の時間、頼んだものを待ちながら、改札の様子を垣間見ている人もいるくらいだった。

 玲子が行った時は、結構その人に出くわすことがあった。たまにしかいかないので、店に入るまでその人の存在は忘れているのだが、店に入る自分の姿を見られていたと思うと、どうして意識することができなかったのかということを後悔する自分がいたりした。

 玲子は最初の頃は窓際のテーブル席に座っていた。それは大学に入学して少しの間くらいで、その頃は朝の授業で一緒になる友達が多かったこともあって、朝ここで朝食を食べる仲間がいたからなのだが、今は皆単位を二年生までに取得していて、少しゆとりのある時間帯が組めるということで、朝からの授業は少なかった。

 玲子もある程度の単位は取得していたが、取り損ねた単位の講義が、ちょうど一時限目と重なったことで、一週間に一度は一時限目の授業があったのだ。

 その授業というのは、あまり人気のある先生ではなかった。気まぐれだというウワサもあり、女性に対しては結構ひいきがあるというウワサもあった。しかし、その先生の講義ではければいけない。同じ必要な単位を取得しなければいけない講義もあるのだが、その講義はまた別に必要な単位の講義と重なってしまったことで、仕方なくの受講になってしまったのだ。


【ここからは歴史のお話になりますので、歴史に興味のない方は、先に進んで行かれるtp、到着位置を示しております】


 玲子の専攻は、文学部で、歴史関係の専攻だった。それも日本史で、文学部の中ではまあまあ人気のある学科ではあったが、就職に役立つかというとそうでもないことから、日本史を選択したことを少し後悔していた。

 しかし、学問自体は好きである。高校までに習ったこととはまた違う勉強が大学に入ればできた。しかも、高校までは教科書に沿った、いわゆる受験勉強でしか教えないような内容だったにも関わらず、大学に入ると、

「授業では教えない日本史」

 のようなものを、教授が講義でいろいろ話してくれる。

 それを聞いていると、自分もどんどん勉強して見たくなるし、本屋に行って歴史コーナーを覗いたり、ネットで検索してみたりするのが楽しくなっていた。

 それに日本史を勉強していると、

「世界の中の日本」

 という意識を強く持たされることがあった。

 歴史というと、どうしてもその人の興味のある時代は勉強するが、それ以外の時代には興味を持たないので、途中が相手しまい、中途半端な知識しか持てなくなり、そのため余計にブラックボックスを勉強しようと思わなくなるという負のスパイラルを描くことになるだろう。

 世界の歴史は当然のことながら日本の歴史などよりも相当長い。だから古代史というと、玲子は世界史が好きだった。

 四大文明や、古代ギリシャ、ローマなどを研究していると、勉強しているというよりも、文字通り研究しているという感覚に陥るのだった。

 玲子が最初に日本史で興味を持った時代は、皆同じかも知れないが、戦国時代であった。実際に、

「歴女」

 などと言われている人のほとんどは、戦国時代が中心の人が多い、しかし、玲子は戦国時代も好きだったが、実は飛鳥時代から奈良時代に掻けてのあの時代も好きだった。

「最初に外国の脅威に晒された時代」

 という意識があった。

 いわゆる「大化の改新」と言われる「乙巳の変」から、朝鮮、中国の連合軍が攻めてくるのではないかという恐怖からか、五十年ちょっとの間に、十回近くも遷都している。そこまで遷都を繰り返した時代は、日本の歴史上には例を見ないことであり、どれほどの費用と労力が使われたのか、それを考えると想像を絶するものがあるのではないだろうか。

 この時代の歴史は最近見直されていて、「乙巳の変」が歴史認識を新たにさせられていた。

「乙巳に変」というと、六四五年に起こった、中臣鎌足と中大兄皇子とによる政治クーデターであるが、それが少し違った印象で捉えられるようになっている、あらましとしては、唐からの貢物を、飛鳥板葺きの宮と呼ばれる天皇への貢物を献上する儀式の行われる場所で、当時の権力者、蘇我入鹿が当時の天皇である、皇極女帝に対してちょうど今まさに貢物を捧げているところで、影に隠れていた刺客とともに飛び出した中大兄皇子が蘇我入鹿を討ち取るというクーデターであった、ちなみに当時の天皇である皇極女帝は中大兄皇子の実母であることから、母親である天皇の目の前で殺害というクーデターを起こす多ことになる。

 その申し開きは、

「蘇我入鹿が政府転覆を企んでいる」

 などと申し立てたからだった。

 そのクーデターは成功し、蘇我入鹿の父親である蝦夷は自分の屋敷に火を放ち、当時一番の権力を持った豪族であった蘇我氏は、見事に滅びてしまうことになる。

 これが史実としては長い間定着していたが、実際にはこのクーデターはただ単に蘇我氏の隆盛を妬んだ中臣鎌足の陰謀による説が高まっている、

 蘇我氏というのは、当時朝鮮半島に三つ存在した国家と平等に貿易をしていたが、中臣鎌足は、百済という国に肩入れし、進行してきた新羅や高句麗の軍に反抗するようになっていた。

 さらに、蘇我氏は大陸からの宗教を受け入れ、仏教を布教しようと考えていたが、蘇我氏以外では、従来の古来の日本の宗教を重んじたため、仏教を阻害することになった。

 そのため、大陸からの文化がなかなか入ってこず、今の歴史研究家の中には、

「乙巳の変の影響で、日本の歴史の進行が百年遅れた」

 と言われるほどになっていた。

 つまり、聖徳太子(今では厩戸皇子と言われるようだが)の時代から、歴史は逆行してしまったという考えである。

 それと同じことが、実は源平合戦にも言われる(ちなみに、源平合戦というのは今は治承・寿永の乱というらしいが)でも同じことが言われている、元々は平家の驕りを源氏の武士としてほ誇りが倒したといわれていたが、実際には、平家は目を海外に向けていて、源氏の土地を中心した封建制度は、これも時代を百年遅らせたと言われる。

 つまり歴史の流れというものは、史実と言われているものを簡単に変えるだけの力があるのかも知れない。今では二十年前までの常識が、ほとんどウソのような形になっているからである。

 玲子が次に興味を持った時代は、明治時代だった。西南戦争を経て、日清、日露戦争などの時代背景を見ていると、実に面白いものだった。

 日清戦争に至るまでの歴史が好きだった。朝鮮半島を開国させてからの、挑戦国内の動乱がどのようなものであったか、そこをつくように、日本と清国、あるいは露国の思惑がいろいろと交錯し、朝鮮は列国の支配の対象になっていったのだ。

 朝鮮半島内部でも、保守派と改革派の間で闘争が行われていて、そこに列国が干渉することで、いくつものクーデターが起こり、その鎮圧後に朝鮮に対しての勢力関係が変わってきたりする。

 結局、朝鮮を巡っての戦争が起こるわけだが、これも日本の歴史の中に、世界史が入り込んでいることになる。

 中国自体が、当時の帝国主義体制の真っ只中にあり、列強から食い物にされ、さらに清国では、歴史認識を持っているのかいないのあ、西太后の権力によって、国家予算までもが自分の私利私欲に使われてしまったり、何を思ったか、国内の反乱に便乗する形で、どさくさに紛れて列強各国に宣戦布告するという自殺好意的なことをしてしまうことで、結局その後、清国は滅んでしまうという末路を迎えるのだが、その原因を作ったのが、日清戦争での清国の敗北だったのかも知れない。

 もちろm、アヘン戦争、清仏戦争と列強に対しての敗北はあったが、同じアジアの国に負けたというのは、当初の評判を覆すものだったことに違いはない。

 日清戦争で清国は世界から完全に孤立した。

「眠れる獅子」

 と言われていた国でもあるし、清国海軍は、東洋一と言われていたにも関わらずのことである。

 当時の清国の戦艦は、「定遠」を始め、世界最大級だったにも関わらず、その整備はほとんど行われていなかったことが最大の理由であろうが、戦意という意味でも日本軍に大きく離されていた。

 当然、日本程度には負けないという驕りも会ったのだろうが、歴史は繰り返すというが、それを見ていた日本軍が大東亜戦争で同じ過ちを繰り返すことになろうとは、当時の連合艦隊に分かるはずもなかったであろう。

 朝鮮という国を巡っての時代は、

「韓国併合」

 を元に終わりを告げるが、日本軍が次に目指すは、日露戦争で手に入れた、

「南満州鉄道」

 を租借したことで、手に入れた、

「関東地方」

 への侵攻であった。

 満中と呼ばれるその地方は、日本にとって大切な土地であった、特に、当時の日本の情勢から考えるとどうしても必要な土地であったのだ。

 満州の権益は、ソ連からの脅威に備えるという理由と別に、もう一つ大きな意味があった。

 それは、当時の日本が昭和恐慌、それに続く世界恐慌、さらに東北地方の不作も重なって、増えつつある人口に対して、日本の食糧問題では立ち行かなくなったことで、満州を手に入れて、満州に王道楽土を築き、そちらに移民を送り込んで、食糧問題も一挙に解決しようという思惑があったことだった。

 当時の日本は、

「満州にこそ天国がある。開拓すればその分だけ自分のものになる」

 という宣伝をして、移民をたくさん送り込んだ。

 しかし実際には、昼でも氷点下となる厳しい満州の冬が尋常ではなく、王道楽土などという言葉とはまったく正反対のこの世の地獄を見ることになった。

 歴史というのは、当時の権力者の思惑でいくらでも変わるし、それを上回るのがその時の世界情勢ではないだろうか。

 正しく歴史を把握していないと、歴史に学ぶことなく突き進むと、ロクなことがないのは、歴史が証明しているのだ。

 そんな歴史を勉強することは、就職云々よりも自分の人生を左右するという意味で、実に興味深いものだった。

 そういう意味で、歴史を勉強していることに、楽しさだけではなく、誇りのようなものを感じるのは、おかしな考えであろうか。

 歴史の勉強をしていると、ふいに。

――自分がその時代にいたらどうなるだろうか?

 などという妄想を抱いてしまう気がした。

 歴史を勉強することの意義が、まだ他にもあるのではないかと思っているのだが、それもまんざらではないような気がしていた。


【歴史に興味のない方は、ここまでお進みください】


 その日、喫茶店で、いつものようにカウンターの奥でモーニングサービスを食べていると、一年生と思しき連中が数人、奥のテーブルで話をしていた。その話を聞いていると、少し不思議なことを話しているような気がしたので、聞き耳を立てるようになった。

 男性二人と女性二人の四人組だったが、そのうちに一人の男性が面白い話があると言い出したのだ。

「面白い話というのがどういう話なんだ?」

 ともう一人の男性が面白がって聞き直したので、二人の女の子もつられるように話を伺っている要津だった。

「この間、ネットを見ていたんだけど、何か犯罪の依頼を受けるとかいうような内容のサイトがあったんだ」

 と言い出しっぺの人が話した。

「それって、よく、一人で自殺をするのが怖いので、人を募って一緒に死のうという類のものなのかしらね?」

 と一人の女の子が言った。

 すると、もう一人のお琴の子が口を挟んだ。その様子は少し、聞き捨てならないとでも言いたげだった気がした。

「一人で自殺をするのが怖いので人を募るっていう感覚が僕にはよく分からないんだよ」

 と言い出した。

「どういうことだい?」

 と言い出しっぺの男性が聞き返したが、

「だってそうじゃないか。自殺をするのって結構勇気がいるじゃないか。リストカットの後が無数に手首に残っている人も結構いるというしね。要するに死を意識した人間は、一人にならないとダメな気がするんだ。人と一緒だったら、心中のような形になるだろう? よほど気心が知れた相手であっても、心中ともなると、一人が生き残ってしまうことだってあるんだ。それが今までまったく知らなかった相手と一緒に死のうとしても、果たして死に切れるものだろうか。逆にプレッシャーに押しつぶされそうになって、死ぬことができずに終わる気がするんだ。思いとどまったのであれば、それでいいのかも知れないが、死ねなかったというだけであれば、結局まら実を試みることになるだろうから、そういう意味では心中の相手を募集するなどということは、僕は本末転倒なことなんじゃないかって思うんだ」

 と言った。

 きっと、玲子をはじめとして、そこにいた学生たちは皆、自殺など考えたことのない人たちだろう。玲子の考え方とすれば、

――自殺を考えたこともない自分たちが自殺しようと思っている人の話をここであれこれするということ自体がナンセンスな気がする――

 と思えたのだ。

 それにしても、ネットというのは恐ろしいものだ。もし、どこかの掲示板にこのような記事を貼り付けていれば、警察が来て、すぐに検挙するのだろうが、ネットの世界というと、個人を特定することは難しい。サイトの管理者ですら、どこまで情報を知っているのか分からない。

 仮者は警察から指摘を受けて、サイトの掲載を削除するくらいの権限はあるかも知れないが、検挙することも、相手を特定することもできない。警察に情報提供しても、どこまで警察が追いかけることができるのか、ヤバいと思えば、自分たちで削除してしまえばいいだけだからである。

 ネットの情報というと、今ではほぼ無数にあると言ってもいいかも知れない。誰かを専任としてネットを見張らせていたとして、ある程度を網羅するためには、どれだけの人が必要だというのか、

「何千人? いや、何万人?」

 という世界の人間を、人海戦術として、力技で捜査するしかなくなってしまう。

 ネットという世界を相手に、実に原始的な力技を、人海戦術で行うというのは、それこそナンセンス以外の何者でもないだろう。

 しかも、ネットでは相手の顔が見えないし、どんな人間がアップしているのか分からない。つまり記事がいくらショッキングなものであっても、どこまでが信じられるものであるか、信憑性の問題となると、結構難しいものである。

「ちなみに、そのサイト、どんな内容だったの?」

 と、一人の女の子が興味を持ったのか、言い出しっぺの人に訊いた。

 すると、最初に自殺の話に不快感をあらわにした男性が、

「よせよ、そんな話聞いてどうなるっていうんだ、しょせんイタチの悪い悪戯でしかないんだろう? そんなバチ当たりな内容を聞いたって、耳が腐るだけだ」

 と相当、嫌悪感を抱いているようだ。

「あら、そう? だったら、ケンちゃんは聞かなきゃいいじゃない」

 と言って、サイトに興味を持った女の子が、真面目そうに見えるケンちゃんと呼ばれた男を一蹴した。

 どうも彼女は天真爛漫というか、自分が興味を持ったことを知りたいという感覚がみえみえのようだった。

「ミヅキは本当に困ったものだな。本当に怖いもの見たさってこのことのようだ」

 と言い出しっぺの男が興味津々の「ミズキ」と呼ばれた女の子に話した。

「じゃあ、聞きたくないやつは耳でも塞いでいればいい」

 と彼は言い出した手前、言いたくて仕方がないという雰囲気だった。

 まさかケンちゃんが真面目なところを発揮して、反対するなど思ってもいなかったのだろう。

「実は、そのサイトというのは、あるパスワードを入れないと普段は開かないようになっているようなんだけど、三日限定でパスワードがいらずに開いているって書いていたんだ。そして、完全にパスワードが必要な部分以外を公開し、その中で犯罪に関係するものを募集するということだったんだ。実はこのサイトが三日限定で開いているというのは、今回だけのことではなく、定期的に開くようなんだけど、毎回ではないんだけど、その犯罪に関した募集を掛けているんだけど、その内容は結構変化するんだよ。毎回変わるのかまでは僕もそんなにしょっちゅう見ているわけではないので分からないんだけど、そんなサイトが存在すること自体何か恐ろしいものを感じる。本当にネットの世界は奥が深いんだなっていまさらながらに感じさせられたよ」

 という。

「それで、今回と言うか、コウイチ君が見た時は何て書いてあったの?」

 と、ミズキは積極的に質問する。

 そこで、コウイチと呼ばれた言い出しっぺの男の子が、少しまわりを意識しながら、少し小声で、

「殺人未遂までの犯行を請け負いますって書いてあったんだ。僕はそれを見て、信憑性に疑問を感じたけど、逆にゾッとした部分もあったんだよね」

 というと、

「どういうことなの?」

 と、もう一人の女の子がそこで初めて口を開いた。

「殺人未遂までって言葉、何か違和感がないかい? アカリはそれを聞いてどう思うんだい?」

 どうやら、最後の一人の女の子は、アカリと呼ばれているようだ。皆がすべて愛称なのかは分からないが、これでそれぞれの名前を把握できた。

「どう感じるって、殺人以外のことを請け負うってことでしょう?」

 とアカリがいうと、

「なるほど、そう来るよね。でも、それって犯罪という言葉を一括りにして、全体から見て、殺人未遂以下を考えた時、何を除外するかということを先に考えた結論だよね。それはきっとアカリが減算法というか、消去法で物事を考える性格だから、そう思ったのかも知れないけど、実際には加算法で考える人が多いんじゃないだろうか? そういう人間であれば、今回のような『殺人未遂まで』という書き方を見ると、自分でそれをどう解釈していいか分からないんだよね。そうなると果たして犯罪に大小であったり、甲乙などをつけられるかという問題になってくる。確かに刑法上の罪状と刑罰の関係からいけば、重い罪軽い罪というのはあるのだろうけど、それはあくまでも一部の人間が決めた法律というものだよね。しかも、それは一般市民にはあまり詳しくは馴染みのないもので、法曹関係者でもない限り、詳しい犯罪についての刑罰など、ほとんど知らないよね? それなのに、殺人未遂までって言われて、どう考えればいいのか、文字通り受け止めれば、殺人未遂も含むわけなので、今アカリが言ったように、殺人以外ということになるんだろう。でもね、罪状という意味でいえば、殺人よりも放火の方が罪が深かったりするんだ。それともう一つ、この中で罪状を考えた場合、犯罪を犯す人間の立場や、被害者がどのような立場の人間かが判明していないので、罪状も何もないんだよね。そう考えると、この『殺人未遂まで』という言葉は、大いなる矛盾を孕んでいると言っても過言ではないんじゃないかな?」

 と、コウイチは自論と言ってのけていた。

「でも、コウイチ君がそのサイトを気にしたということは、何か犯罪を依頼したいことでもあるということになるのかしら? そもそも、普通の人は気持ち悪くてそんなサイトを見たりはしないわ」

 とアカリが言った。

「そうよね、ひょっとしたら、ウイルスサイトかも知れないし、私だったら怖くてそんなサイト見に行けないわ」

 とミズキがいうと、

「大丈夫だよ、最強のウイルス対策ソフトを入れているから、そんなウイルスに引っかかることはない」

 というコウイチに対し、

「そんなことを言ってるんじゃないの。こういうサイトに目が行くというのは、そのつもりがあって検索しないと、出てこないでしょう? って話なの」

 とアカリが少し苛立ったように言った。

 どうやら、このコウイチという男、自論は立派なものを持っているようだが、人との話の中になると、どこかネジが一本足りないのか、急にトンチンカンな話をしているように見えてくる。そんなコウイチを見ていると、自分の知り合いにも似たような人がいることに気が付いた。

 その人は玲子と幼馴染の女の子で、名前を三枝恵子という。

 恵子は玲子のように大学には進まず、高校を卒業してから、市内のスーパーに就職した。今ではフロアマネージャーをしているということだが、それなりに忙しい毎日を過ごしていて、本人としては、

「忙しいけど、充実しているから、これでいいの」

 と言っていた。

 彼女とは、結構二人きりでよく話をしていたのだが、二人で話をする時は、玲子が何も言えなくなるほどまくし立てるように話すことがある。それは話題云々というよりも、彼女自身のテンションにあるようだ。言いたいことがある時はどんなに言いたくてもテンションがそこまでに達していなければ、口から出てこない。

 かといって、それほど大した内奥でなくとも、テンションが高くなった時は。思ったことを言ってしまわなければ気が済まないという状態になるようだった。

 要するに、恵子は躁鬱症と言ってもいいのだろう。

 しかも、躁状態と鬱状態の周期が図ったように同じ時間で繰り返されているような気がする。もちろん、毎回同じ長さというわけではなく、躁状態とその後にやってくる鬱状態が同じ長さということだ。そういう意味で考えれば、彼女の場合、最初に躁鬱症に入った最初の状態は躁状態からだったのではないかと思えたのだ。

 他の人も同じなのかどうかなど分からない。医学的、心理学的にどちらが先なのかということが実証されているのかどうかも分からない。分からないだけに、玲子は気になっていたのだ。

 そんな恵子は、玲子と一緒にいる時、話を合わせるのが非常にうまく、それでいて、すかさず自分の考えていることを、さりげなく自論として言い切ることができるのだから、玲子が彼女のそんな性格を素晴らしいと思うのも無理のないことだった。

 しかし、なぜかそんな恵子も、団体の中に入ってしまうと、まったくその能力が発揮できないどころか、実にトンチンカンな状態に陥ってしまう。

 一人で先に進もうとするのをまわりも分かっているので、先にいく彼女に追いついていこうとは誰も考えないのだ。

「行きたければ、どうぞ」

 と言わんばかりである。

 目の前のコウイチと呼ばれた男を見ていると、恵子をどうしても思い出してしまうことで、コウイチの話に信憑性が感じられた。

 玲子の中で、恵子という人物を無視できないほど素晴らしいと思うのは、彼女と二人で話をしていることの内容が、ほとんどと言っていいほどに信憑性があることだった。それは彼女が、怪しいと思うようなグレーな話を最初からしようとしないからなのか分からないが、少しでもフレーではないかと感じたことであっても、その信憑性は疑いようのないものだったりする。後になってそのことが証明されることがほとんどだったが。逆にそういう意味で、彼女が他人から受け入れられない立場にあるのかも知れない。玲子のようにいつも恵子のことを見ているわけではない人たちには、彼女の言っていることの信憑性の本質が分かるわけがないからである。

 そういう意味で、自分だけが分かっている恵子という女の子の存在に、玲子は満足していた。友達としてというだけではない、何かがそこには潜んでいるのではないかと思うのだった。


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