Day9 肯定

「突然ですが、今日中に出立します。長い期間お世話になりました」

 旅人はフロントで告げた。

 ホテルマンのカイエダは、まるでとんでもなく突拍子もない話――例えば、「今日中に巨大彗星が地球に衝突します」というような――を聞かされたように唖然とした顔をした。

「そ、それはちょっと……困ります、お客様」

 カイエダは明らかにおろおろしていた。

 旅人は眉根を顰める。

 ホテルの宿泊客が出立すると言って、何をそんなに慌てたり困ったりする必要があるというのか?

「お客様……」

 フロントの奥から支配人のイガタも顔を出した。

 旅人は緊張する。この男に見つめられると何事も逆らえなくなってしまいそうな気がして、なんとなく怖い。

「失礼ですが、なぜそれほど出発を急がれるのですか?」

 イガタは丁寧に、しかし、有無を言わせぬ威圧感を漂わせながら尋ねた。

「……そ、そんなことは貴方には関係ないでしょう? 出発したいからするのです」

 旅人は、しどろもどろになりながらなんとか応じる。

「なるほど、分かりました」

 イガタは頷いた。

「お客様のご希望であれば、私どもはお止めは致しません」

 拍子抜けする程あっさりとした肯定だった。

「但し……」

 イガタは口の端を上げてにやりと笑って続ける。

「私どももお供させていただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る