第23話 そもそも、米軍はどうやって攻撃隊を北海道に上陸させたんでしょうか?
――中島由香
ツーツーツーと、鳴子さんが持っている受話器から無慈悲な切断音が聞こえてくる。
鳴子さんは受話器を戻すと唇を震わせながら言葉を紡ぐ。
「いま、オントネー分室の恵子さんと話をしていたんですが、通話中に突然通信が途切れました」
突然の通信途絶。
予想される最悪の事態は、天原家が米軍の攻撃を受けたことだが、多分その推測は当たっているだろう。
「念のため、電話をかけ直してください。あと、衛さん、牙門さん、オントネー分室にいるメンバーの携帯電話に連絡をお願いします」
鳴子さん、衛さん、牙門さんは、それぞれ固定電話や携帯電話と通話を試みるが、その全てが不通という結果になった。
「ちょっと、ちょっと。固定電話と携帯電話が一斉に不通になるってどういう事よ!?」
大きな地震があったときには、通信インフラが一斉にダウンすることもあるが、災害が発生していない平時に全ての電話が使えなくなるなんて信じがたい状況だ。
「おそらく、オントネー分室直近の携帯基地局が破壊されたんでしょう。あそこは、5キロほど離れた場所にある携帯基地局にアクセスして通信サービスを受けているので、そこを破壊されたら一般の携帯電話は使えなくなります」
梓別班長が、電話が通じなくなった理由を説明してくれる。
彼はつい一時間前まで米軍の手先だったので、米軍がオントネー分室を攻撃する際にどういう行動を取るか知っているのだ。
「携帯基地局って日本の民間企業の資産ですよッ! それを破壊するなんて米軍は正気なんですか?」
「正気だし、必要なら民間企業の資産だろうが、外国の国有財産だろうが破壊しますよ。彼等は戦争をやってるんです」
最悪だ。
いろいろな不幸が重なった結果とはいえ、恵子さん達を米軍の愚かな戦争に巻き込むことになってしまった。
「中島課長、オントネー分室と連絡が取れなくなってしまいましたが、どうします?」
「すぐに助けに行くしかないだろッ! 車貸してくれ、俺と牙門はすぐにオントネーに戻る」
衛さんが必死の形相ですぐに救助に行くべきだと主張する。
オントネーに居るのは、妹の恵子さんを始めとして全員が彼の家族だ。
きっとこの中で、一番彼女達のことを心配しているのは衛さんだろう。
「そうですね。衛さんと、牙門さんは、車庫のジムニーシエラですぐにオントネーに向かってください。多分、対策課の車両であれが一番速いはずです」
「恩に着る。牙門、行くぞッ!」
「応ッ!」
衛さんは車のカギを受け取ると、牙門さんと一緒に一目散に車庫に向かっていった。
「すいません。佐藤本部長、緊急事態なので警察の力もお借りしたいんですが……」
「SATの出動要請ですね。承りました。すぐ、北海道警察本部にオントネー分室襲撃事件の対策本部を立ち上げましょう」
いつも対策課の無茶な行動にブチブチ文句を言って来る佐藤本部長が、今回ばかりはSATの出動を快く了承してくれる。
「ありがとうございます。最悪、オントネーの方で米軍と戦闘になってしまうと思いますが」
「SATは本来、犯罪者だけでなく対テロも想定して編成された部隊です。例え相手が米軍であろうと、日本国内でテロ行為を起こすならSATは負けません」
佐藤本部長は日本でテロ行為を起こした米軍と断固戦うことを約束してくれた。
「中島課長、ここまで話が大きくなったら環境省に連絡して大臣にも事態を説明するべきじゃないでしょうか?」
「それか……どうしようかな……」
今の起こっているのは米軍が日本国内で、日本政府に無断で軍事行動を起こすという前代未聞の大事件だ。
事態はもはや異世界生物対策課だけの問題ではなくなっている。
本来なら環境省経由で総理に状況を報告して、日本政府から抗議声明を出してもらうのが公務員として正しい対応なのかもしれないが、そんなことをしたら大臣レクや総理レクのために貴重な時間を費やすことになってしまう。
私達が日本政府の高官に事態を説明している間に、恵子さん達が戦死してしまうのが最悪の状況だ。
「今はとにかく、人と時間を含めた全てのリソースを恵子さん達の救助に使いたいんですよね。環境省への報告は恵子さんの無事を確認した後にします」
「いいんですか? それって中島課長のキライな独断先行ですよ」
「もういいです。政府内でも私達はヤバイ奴らの集まりだと思われてるし、いまさら汚名返上はムリだと思うので」
東京への報告は全てが終わってからと腹を決めた私は、次にどんな手を打つべきか考える。
とりあえず衛さんと、牙門さん、そしてSATにオントネーに行ってもらうようお願いしたが、札幌-オントネー間の移動には高速道路を使っても片道3時間半はかかる。
一分一秒を争う状況で非常にもどかしい時間だが、現実的に考えてこれ以上早く援軍を送り届ける手段が存在しない。
「恵子さん達が援軍到着まで全員無事だといいんですが」
「きっと大丈夫ですよ。恵子さん達ってかわいい顔して、対策課本部のメンバーより圧倒的に強じゃないですか」
鳴子さんがカラ元気を出して私を励ましてくれる。
彼女の言う通り、恵子さん達は単純な戦闘力だけ見れば米軍に攻撃されても3時間半持ち堪えられる――むしろ撃退できるくらい強い。
しかし、どれほど強くても彼女達は軍人では無く、人を殺すための訓練を受けていない普通の女の子だ。
戦争しに来た米軍を相手にしてパニックにならずに行動できるか心配は尽きない。
「直接の援軍をこれ以上投入できないとなると、私達に出来るのは別の方法での援護ってことになるわね」
「別の方法での援護って、例えばどんなことですか?」
「パッと思いつくのは、敵の退路を遮断して降伏を迫るとか、敵の司令官を確保して撤退を命令させるとか」
どちらも援軍の到着までに実行できるとは思えないが、戦闘を早期に終わらせるのは有効な手段だ。
「そもそも、米軍はどうやって攻撃隊を北海道に上陸させたんでしょうか?」
鳴子さんが思い出したように疑問を口にする。
「そんなの三沢にいる在日米軍がヘリで移動したに決まっているのだ」
カゲトラが鳴子さんに疑問に対して回答する。
私も同意見だ。
北海道に即時に展開できる米軍なんて、青森三沢の在日米軍以外考えられない。
「カゲトラ君それはありえない。三沢に駐留している在日米軍は空軍なんだ。あの基地にオントネーを攻撃できる地上部隊は存在しない」
河口長官が、在日米軍の配置状況から考えてカゲトラの推測は間違っていると教えてくれる。
「そうなのか? なら他の基地の在日米軍を三沢に移動させたのだ」
「それもないと思う。在日米軍は建前上、日本の国土を守るために駐留しているんだ。だから、駐留している部隊が他の基地に遠征する際は必ず日本政府に連絡が行く」
「日本政府に秘密で部隊を移動……いや、それこそ無いか」
輸送機を使うにしろ、船を使うにしろ、航空監視レーダーや海上保安庁の目を盗んで移動するのは不可能だ。
日本政府に秘密裏に部隊を移動させている理由を詰問されたら、米軍も言い訳が出来ないだろう。
私はモニターに映った梓別班長に視線を向ける。
多分この男は、北海道に現れた謎の部隊の正体を知っている。
「梓別班長、種明かしをお願いできますか? いま、オントネーを攻撃している米軍の正体は何者で、彼等はどうやって北海道に上陸したの?」
「別班に依頼されたのはあくまで対策課の監視で、私達は米軍の行う作戦の詳細について説明を受けていないんですが」
「それでも知っているはずよ。だって貴方達は、米軍と対策課の戦いの一部始終を監視する予定だったんでしょ」
おそらくオントネーの上空に偵察機を飛ばして高見の見物をするつもりだったのだろう。
そして、彼等は同じように米軍の行動の一部始終を上空の目で監視しているはずだ。
「そこを突かれると痛いですね。なら正直に話しましょう。実は7日前、米海海軍の強襲揚陸艦イオー・ジマが航行の自由作戦の名目で青森の三沢基地に寄港しています。これは日本政府にも通告を入れた通常の軍事行動です。その後、イオー・ジマは3日前に洋上での飛行訓練を行う名目で三沢基地を出港して、現在も津軽海峡内に留まっています」
「じゃあ、いまオントネーを攻撃してるのは在日米軍じゃなくて強襲揚陸艦に乗って来たの!?」
「いやあ彼らも考えましたね。イオー・ジマのウェルドック内に通常配備されているホバークラフトではなく漁船に偽装した揚陸艇を搭載して、北海道に上陸させたわけです」
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