第6話 それじゃ、試合開始ッ!

――ミ・ミカ


 恵子との試合に備えて私は持ってきた水筒の中身をチューチュー飲む。

 飲んでいるのはカ〇ピスの原液だ。

 甘すぎるので決して美味しいとは言えないが、魔力を作る燃料を増やすために我慢して500ミリは飲み干すさないといけない。

 なにしろ、カ〇ピスを500ミリ飲むだけで短時間だが魔導具に吸わせてもいい体内のエネルギー量が1.5倍に増えるのだ。

 マモノハンターなら、どれほど甘味が苦手でも我慢して飲む価値があると思うだろう。

 私が日本に来て一番驚いたのは、この飲み物の存在だった。

 ニビルには、カ〇ピスみたいな魔力ドーピングに便利な糖度の高い飲み物はない。

 比較対象となるのは水飴やハチミツだけど、どちらもネバネバしているので短時間でたくさん飲むのは難しいし、消化吸収されるスピードもあまり早くない。

 だからマモノハンターは、魔力ドーピングをするためにブドウ糖と生理食塩水の混合液を静脈に注入するという強引な手段を使うしかなかった。

 でも、カ〇ピスをウルクに輸入できたら魔力ドーピングの方法が一変するかもしれない。


「準備はもういいかしら?」


 これから試合をする恵子が少しきつい口調で問いかけてくる。

 明らかに怒っている様子を見て、少し申しわけない気分になってくる。


「飲み終わった。いける」


 いろいろあって恵子と試合をすることになってしまった。

 カタコトなら話せるようになってきたが、日本語での会話は難しい。

 ウルク語なら恵子を怒らせない柔らかい言い回しが出来たかもしれないが、日本語だとどうしてもぶっきらぼうな言い回しになってしまう。


「手加減しないわよ。ミ・ミカが私より強いって言うなら、その実力ジックリ見せてもらうから」

「私も手加減は無理」


 ハッキリ、私の方が恵子より強いと言ったつもりは無いのだが、どうしてもカタコトの日本語だとキツイ言い方になってしまう。

 でも、恵子の魔法の使い方に欠点があるのも事実だ。

 いい機会だし、この試合で恵子に自分の弱点を教えてあげることにしよう。

 私と恵子は10メートルほど距離を取って対峙する。


「じゃあ、立会人は天原恵子の兄、天原衛が務める。言っておくけど、これは試合だからな。特に恵子、頭に血が上ってやり過ぎるんじゃないぞ」


 衛さんに注意された恵子は目をつぶって無言で肯くと、戦闘モードであるオオカミの姿に変身する。

 恵子はかなり気負っているみたいだけど、私は気楽にいこう。

 この戦いは殺し合いじゃない、ただの試合だ。


「それじゃ、試合開始ッ!」


 衛さんの号令と同時に私と恵子は同時に魔法を発動する。


 獣魔法≪筋力強化≫

 ゴースト魔法≪筋力強化≫


 獣魔法≪肉体剛性強化≫

 ゴースト魔法≪肉体剛性強化≫


 獣魔法≪思考速度強化≫

 ゴースト魔法≪思考速度強化≫


 獣魔法≪知覚強化≫

 ゴースト魔法≪知覚強化≫


 獣魔法≪治癒力強化≫

 ゴースト魔法≪治癒力強化≫


 肉体強化魔法は、全ての生体属性で使用可能なうえ、魔力を体外に放出せず身体の中でグルグル回しているだけなのであまりエネルギーを消費しない。

 それなのに、この魔法は使用者を人間の限界を超越した文字通り超人に変身させる。

 肉体強化は最も基本的な魔法であると同時に最も万能な魔法であると言われており、肉体強化を使わずに魔法戦するのはニビルの常識では考えられないことだ。

 さらに、私に己の肉体にもう一つ強化を付け加える。


 獣魔法≪天眼≫


 私は魔力を感知する霊感を強化する天眼を発動する。

 天眼も全ての生体属性で使用可能な肉体強化魔法の一種だが、魔力という目に見えず匂いも音もしないエネルギーを感じる力を強化する魔法なので使い方にコツがいる。

 魔力を感じることが出来れば、敵が魔法を使うことを魔法の発動前に察知できるので、霊感で魔力を感じられる範囲は出来るだけ広くした方がいい。

 しかし、あまり天眼に魔力を次ぎ込みすぎると他の魔法を使うための魔力が足りなくなってしまうので、私は魔法戦をするとき自分の額を中心に半径14リル(約5メートル)の範囲の魔力を感じられるように天眼を使っている。

 半径14リル以内、この距離は敵が魔法を使うのを事前に察知したときにケモノノハドウを使って確実に先手を取れる、私の攻撃が確実に届く間合いだ。


(そして恵子はやっぱり天眼は使っていないですね)


 天眼を使えば強化された霊感で、敵の霊感の探知範囲を観測することが出来るが、恵子が霊感で私の魔力を観測している気配はない。

 おそらく恵子は天眼を使っていない。

 だから、彼女の霊感は体内を巡る自分の魔力しか感じていないのだろう。

 天眼の使い方を知らない。

 それが、強靭な肉体を持ち、莫大な魔力を操る恵子の一つ目の弱点だ。

 実のところ、マモノ相手なら天眼を使わなくてもあまり問題はない。

 マモノも恵子と同じで強靭な肉体と莫大な魔力を使った力押ししかしてこないので、攻撃をかわすのも、魔法を防ぐのも5感から得られる情報だけで十分に対処できる。

 事実、恵子は天眼の使い方を知らなくても、マモノとの力押しの勝負を制することでウルクのマスター・オブ・ハンターまで上り詰めた。

 でも、相手が知性を持つ人間ならそれではダメだ。


 火魔法≪カエングルマ≫


 しかし、恵子はタダのマモノではない。

 試合の主導権を得るために、炎をまとって突撃して来る。

 いつも通りに攻撃しているだけに見えるが、真正面から強力な突撃魔法を繰り出されるのはパワーと魔力に劣る私にとって厳しい攻めだ。

 ケモノノハドウを使って同じように運動エネルギーをぶつければ確実に力負けしてしまうので、私に取れる選択肢は突撃をかわすか、防御を固めて受けるかの二つに絞られる。

 反撃という選択肢を潰して、私に回避を強要させれば、それを読んでいる恵子は余裕をもって私を仕留めるための追撃を仕掛けることが出来る。

 反撃してもダメ、恵子の読み通りに回避するのもダメだ。

 だから、私の取る選択は。


 獣魔法≪ケモノノハドウ≫


 突撃して来る恵子をギリギリまで引き付けたうえで、私は足の裏から魔力を噴出させて彼女の頭の上を飛び越えた。

 余裕を持って回避しようとしたら、恵子は突撃の軌道を変えて私はカエングルマの直撃を食らっていただろう。

 でも、目と鼻の先で頭の上を飛び越えられたらさすがの恵子も軌道変更が間に合わない。


「ガゥゥゥゥ!」


 攻撃をかわされたことに苛立ち恵子がうなり声を上げる。


「練習すれば、魔力はどこからでも噴射できる」


 ケモノノハドウの本質は魔力を噴射して高速移動することではなく、身体から魔力を噴射することだ。

 しっかりイメージを構築すれば足の裏だろうと、額だろうと、身体のどこからでも魔力を噴射することが出来る。


「ワォォォォンッ!」


 恵子がもう一度カエングルマを使うために魔力を身体に集め始まる。

 恵子と私の距離は3メートル。

 この距離は魔力の感知圏内なので、私は恵子の魔力を私はハッキリ感じることが出来る。


 獣魔法≪ケモノノハドウ≫


「!?」


 先手を取って私はケモノノハドウで恵子に突撃する。

 私の肘打ちを食らった恵子は、自分より後から魔力の収束を開始した私が先に魔法を発動させたことに瞳孔を全開にして驚いている。

 私が恵子よりも速く魔法を発動できた理由は単純だ。

 集める魔力を最小限にして、低い出力で魔法を発動させたのだ。

 私が普段の戦闘で使っているケモノノハドウを発動させるために魔力を収束している時間は0.4秒。

 だけど、魔法の威力を1/4に落とせば、魔力を集める時間を0.1秒に短縮できる。

 もちろん、こんな弱い魔法では自分を時速100キロ超の人間砲弾には出来ないし、当てたところでまともにダメージは通らない。

 でも、敵が魔法を使うために魔力を収束させている途中で虚を突いて魔力ダメージを与えれば、それがどんなに弱い攻撃でも魔法のイメージ構築が途切れて発動前の魔法は霧散する。

 これが、私がお母さんから徹底的に叩き込まれた先の先を取る魔法潰しの極意だ。

 莫大な魔力と強力な魔法で戦う恵子は、弱い魔法を先に当てて魔法の発動を潰すなんて戦いかた想像もしたことも無かっただろう。

 強い魔法しか使わない、それが恵子の二つ目の弱点だ。

 そして、こうやって手足が届く距離で組み合えば特別な魔法を使わなくても恵子にダメージを通すことが出来る。


 獣魔法≪筋力強化≫ 出力2倍ッ!


 私は、筋力強化に使える魔力を全て回してケイコの脳天に鉄槌を振り下ろした。


 ガコンッ!!


 肉と骨がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。

 恵子はゴースト属性。

 目に見える姿は実は幽体で、魔力を伴わない物理攻撃は全て無効化されるという反則じみた特性を持っている。

 だけど、肉体強化魔法を使って手に魔力をまとわせれば条件は変わる。

 触れることも、殴ることも出来るようになるし、筋力強化の出力を上げて超怪力でぶん殴ればダメージを通すことも可能だ。

 せっかく得られた攻撃のチャンスを逃す手はない。

 2回目、3回目、4回目……私は恵子の脳天目掛けて何度も鉄槌を振り下ろす。


「ワォォォォンッ!」


 タコ殴りにされていた恵子が怒りの咆哮を上げ、同時に彼女の足元に魔力が収束していく。

 これは、ヤバイ奴だ。

 魔力ダメージで魔法を潰せるのは、あくまで虚を突いた攻撃で敵が魔法を使うためのイメージ構築を途切れさせたときに限られる。

 今みたいに相手が殴られることを覚悟して身構えているときは、どれだけ殴っても魔法の発動は止められない。

 私は恵子の魔法を避けるために迷わずその場から離脱した。


 火魔法≪エンバシラ≫


 私が飛び退いた直後、恵子の足元から紅蓮の炎が吹き上がった。

 おそらく今使ったのは、自分の周囲を炎で包む近接防御用の火魔法。

 天眼のおかげで助かった。

 もし逃げずに殴り続けていたら、あの業火に焼かれて私は大火傷を負っていただろう。


「ウ~! ワンッ! ワンッ!」


 何に怒っているのかわからないが恵子がけたたましい声で吠え立てる。

 だけど、必殺の魔法を立て続けにかわされたんだ、彼女も私が何をしているか、いい加減気づいたはずだ。


 ゴースト魔法≪天眼≫


 恵子が天眼を発動し霊感で魔力を感じられる範囲を拡大する。

 私は、これを待っていた。

 さあ、ここからが本当の勝負です。

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