第5話 恵子が先生は無理だと思う。魔法使うの下手だし

――天原恵子


 黒歴史。

 人は誰しも記憶から消し去りたい思い出がある。

 自分が失敗した記憶。

 人生を一変させるほどのとんでもない失敗をした記憶なんて即座に消し去りたいと思うが、同時に多くの教訓を含むので絶対に忘れてはいけない記憶だ。

 それは、ミ・ミカ達が交換留学生としてオントネーに来て1か月ほど経ったころに起こった。


「恵子達がキュウベエと戦ってるの見て思ったけど、衛さんって変身しなくても普通に魔法普通に使えるんじゃない?」


 切っ掛けは、キュウベエに付き合って一戦交えた私とマモちゃんの姿を見ていたミ・ミカがポツリとつぶやいた一言だった。

 私じゃなく、マモちゃんに対する問いだったので話す言葉は日本語だ。

 シロクズシ駆除作戦の準備期間も含めて、2か月ほど寝食を共にしていたおかげで、ミ・ミカはカタコト程度なら日本語を話せるようになっていた。

 マモちゃんがキュウベエと遊ぶとき、いつもキュウベエから血を少しもらってクマの姿に変身して戦っている。

 マモちゃん曰く、クマの身体はパワーが人間とは比べ物にならないくらい強力で、加えて身体の大きさが素早く動けるギリギリのサイズを保っているので、とても使い勝手がいいらしい。

 その強力な身体を魔法で強化しているのだから弱いわけがない。

 マモちゃんはマジンになってまだ一年も経っていないが、クマに変身とき単純なパワーだけなら私と互角の出力を出せるほど右肩上がりの成長を見せている。


「俺が変身しなくても魔法が普通に使えるってどういう事だ?」


 マモちゃんはミ・ミカの指摘の意味を計りかねて聞き返す


「衛さんと恵子の人間への変身って、別の魔法だと思う。恵子は、オオカミが本当の姿で、人間の姿は日常生活を送るために変身してる」

「そう……だね。私の場合は、ゴースト属性だから融合したマモノが何者なのか判らないけど、マジンはみんなマモノモードがウソ偽りない本当の姿で、人間モードは日常生活を送るために魔法で変身した仮の姿になるわね」


 わざわざ変身するために魔力を使っているので、人間モードのマジンは使える魔法の種類と出力に制限がかかる。

 変身はいつでも解除できるから特に不都合はないが、ミ・ミカの言ったことは私だけじゃなく、由香とカゲトラにも共通するマジンの性質だ。


「恵子はオオカミモードが本当の姿で、日常生活を送るために魔法を使って人間に変身しているから使える魔法に制限がかかるのか。でも、それって俺も同じじゃないのか? 俺の本来の姿はドロドロのスライムだぞ」


 そう、マモちゃんが融合したマモノはカガミドロ。

 本来の姿は銀色に輝く不定形のスライムで、日常生活を送るために人間に変身している。


「そうだけど、衛さんクマに変身したときに使える魔法に制限かかる?」

「「あっ!?」」


 ミ・ミカの言葉に私とマモちゃんは驚きの声をハモらせる。

 彼女の言う通り、マモちゃんはクマに変身したときも、グレンゴンに変身したときも、魔法の使用に何の制限も受けなかった。

 何度も言うが、マモちゃんが融合したマモノはカガミドロ。

 他のマモノのDNAデータを読み取り、全身の細胞が一時的にDNAを読み取ったマモノと同じものに変化する能力を持っている。

 だから、同じように人間に変身する魔法でも、私やカゲトラと、マモちゃんは全く違う原理の魔法を使っていることになる。


「クマへの変身が、カガミドロの細胞変化能力使って変身してるなら。カガミドロから天原衛への変身も……」

「他の変身と同じくカガミドロの力で変身してる」


 とんでもない見落としだ。

 もし、ミ・ミカの仮説が正しければマモちゃんは他のマモノの肉を食べなくても、私と違って制限なしで魔法を使うことができる。


「マモちゃん、ゴメン。私、とんでもない勘違いを」

「謝るな、俺が気づいてないんだから恵子が判らなくて当然だ。とりあえず、ミ・ミカの仮説が正しいかどうか実験してみようぜ」


 マモちゃんは私の頭をクシャクシャと撫でてなぐさめてくれる。

 それから、ミ・ミカの仮説を確かめるために魔法を使うために身体に魔力を収束し始める。


 獣魔法≪ケモノノハドウ≫


 マモちゃんは使い慣れたケモノノハドウを発動する。

 背中からロケットのように魔力が噴出されて、マモちゃんの身体は一瞬にして時速100キロを超える超高速に加速する。

 マモちゃんの姿が豆粒のように小さくなって見えなくなっていくなか、私は霊感で彼から放出される魔力の量を観測する。


「同じだ」

「確かに同じだ。マモちゃん、クマに変身したときと同じように魔法使えてる」


 私が見た限りマモちゃんがケモノノハドウを使ったときに放出された魔力の量は、クマに変身したときと全く変わっていなかった。

 体重が軽い分、加速したあとの最高速度は人間モードの方が早いくらいだ。

 私達が、マモちゃんの魔法の出力を確認した直後、豆粒のように小さくなっていたマモちゃんが猛スピードでこちらに戻って来る。


「霊感で見た感じはどうだった? 俺の体感では今の状態でも、マモノに変身したときと同じように魔法使えると思ったけど」

「魔法の出力はクマに変身したときと同じだった。マモちゃんはカガミドロと同化してるから私達と違って人間の姿でもマモノ天原衛なんだと思う」


 これはとんでもない発見だ。

 人間と、クマやゴルゴサウルスでは肉体のスペックが違い過ぎるので変身した方が強いのは間違いないが、人間の姿でも変身したときと同じように魔法が使えるなら、マモノの肉を食べなくてもマモちゃんはミ・ミカと同じ強さの魔法が使えることになる。


「いつもマモノの肉が手元にあるとは限らないし、人間の姿のまま戦えるよう特訓した方がいいな。ミ・ミカありがとう。これで戦術の幅が広がるぜ」

「どういたしまして。衛さんが人間の姿のまま戦うなら、私が修行つけるよ」

「確かに人間の姿のまま戦うなら戦闘スタイルはミ・ミカと同じになるな。なら先生お願いします」


 マモちゃんとミ・ミカは、子供のような無邪気な笑顔を浮かべたままガシッと握手をかわす。


「む~」


 戦闘スタイルが被るミ・ミカに修行をつけてもらうのが正しいのは理屈では判る。

 だけど、なんとなく面白くない。


「おい、恵子!? いきなりどうした」


 私は後ろからマモちゃんに抱き着いてミ・ミカから引き離す。


「マモちゃんが特訓するなら先生役は私がやる。そもそも、マモちゃんに魔法の使い方を最初に教えたのは私なんだから、マモちゃんは私の弟子なのッ!」


 そうだ、私達は兄妹だけどマジンとしては師弟も同然なんだから、弟子のマモちゃんが特訓を始めるなら先生役をするのが私の役目だ。


「恵子が先生は無理だと思う。魔法使うの下手だし」

「はあ!? 昨年のマスター・オブ・ハンターの私が下手ってどういうことよッ! だいたい、私の方がミ・ミカより強いじゃない」


 ミ・ミカの使っている魔道具エンマは獣属性の力しか持っていない魔道具だ。

 特徴は魔力消費が少ないことと、肉体強化の強度が高いこと、マジンではない普通の人間が使う場合とても都合がよく高性能な魔道具だと思う。

 ただし、特化しすぎた性能のために戦術の幅が狭くなってしまうのもまた事実だ。

 実戦で肉体強化の魔法と敵に接近するためのケモノノハドウ以外の魔法をほとんど使わないミ・ミカから魔法を使うのが下手といわれるとさすがにムカッとくる。


「恵子って火力すごいけど魔力の使い方がマモノと同じ。直接戦ったら、私、勝てるかも」


 ミ・ミカから飛び出したのは、さらに意外な言葉だった。


「私に勝てるって、あなた正気なの?」

「正気だよ。恵子は私をなめてるから」


 私はマジンで、ミ・ミカは普通の人間だ。

 身体能力だけなら互角と認めてもいいが、魔力量も、魔法の出力も、私とミ・ミカの間では絶対に埋められない差が存在する。


「そんなにいうなら、今から試合すればいいだろ。二人なら殺し合いじゃなくても、互いの実力は判るだろ」


 口論になりそうな空気を察してマモちゃんが試合をすることを提案してくれた。


「そうね、試合で確かめればいいわね」

「いいよ、気乗りしないけど試合するよ」

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