第6話 寝てるのか……死んでるのか……

――天原衛

 

 翌日。

 俺とコクエンは、デンコを探すために山に入った。

 今回俺がやるのは道案内だけだが、デンコに出会い頭に襲われたらたまらないのでコクエンが先頭を歩く。


「晴れているのが幸いね。雨とか降る前にトドメを刺さないと」

「やっぱ、雨だと電撃の威力上がるのか?」

「水は通電するから、雨粒全てがデンコの武器になるわ。逆に火を使う私はパワーダウンする」

「それ最悪じゃないか、勝てるのか?」

「勝ち目がないから、雨が降ったら全力で逃げるわよ」


 その話を聞いたら、なおさら早めにデンコを探し出してトドメを刺さなければならないと痛感する。

 俺達はまず、コクエンとデンコが戦った戦場跡地に向かった。


「獣魔法≪ダイバクハツ≫、恐ろしい威力だな」


 日の光で照らされた戦場跡地を見て、俺は改めて愕然とした気分になる。

 現場は砲弾でも撃ち込まれたような状態になっていた。

 半径十メートル四方にわたって木も土も石も吹き飛ばされて更地になっている。

 この光景をマモノと呼ばれる実質野生動物が、爆薬もブルドーザーも使わず魔法で起こしたなんて言われても地球人は誰も信じないだろう。


「足跡残ってるといいけど」

「1日経ってるからけっこう消えてるぞ、昨日雨が降らなかったのが幸いだな」


 俺とコクエンは周辺でデンコが移動した痕跡を探す。

 幸いデンコが移動した痕跡はまだ残っていた。

 爆心地の北側に足を引きずりながら走った足跡が残されていた。


「うえ、マジで生きてるのかよ」

「手負いだと思うけど、油断しないでね」

「しないよ、猟師にとって一番怖いのは手負いの獣だ」


 手負いの獣は気性が荒くなり目についたものを手当たり次第に攻撃してくる。

 俺がくらえば確実に即死する電撃を乱射されたらたまらないので、見つからないよう慎重に行動する必要がある。


「デンコの知能が野生動物を同じなら、怪我をしたときは身を隠して安静したいと考えると思うんだ。だから、そう遠くには行っていないと思う」

「でも、あれだけの巨体で隠れる場所ってあるのかしら?」

「あるある、深い藪の中とか大きな木の根元とか、その辺りなら身を隠せる。隠せなくても周辺を警戒しつつ寝られるところに心当たりはある」

「やっぱり自分の庭を自称するだけのことはあるわね」

「まあ、家を取り囲んでる三つの山は全部うちの私有地だからな。だから罠を自由に仕掛けることが出来る」


 俺は周辺の地図を取り出してコクエンに見せる。


「何これ!? まさか地図に振ってる番号って全部あなたの仕掛けた罠なの」


 俺の家を取り囲む三つの山の各所に1から72までの番号を振った印が書かれている。

 コクエンの見立て通り、この番号は全て俺が仕掛けたククリ罠や箱罠の設置個所だ。

 そして、俺が先ほど言ったデンコが身を隠したり、休めそうなポイントにはもれなく俺が罠を仕掛けている。


「つまり、貴女が罠を仕掛けたポイントを回っていけばデンコを見つけられる可能性は高いってことね」

「そういうこと」

「ここから一番近い罠は35番か、10分も歩けばたどり着けそうね」

「ちょっと待て」


 地図を見て速足で歩き始めたコクエンの服の裾をつかんで彼女を止める。


「まだ何かあるの?」

「最短距離で向かうと俺達はデンコに風上から接近することになるからルートを変えるぞ」


 当たり前の話だが、基本的に山に吹く風は頂上から麓に向かって吹き降ろされてくる。

 現在地から35番に最短距離で近づくと下山しながら接近することになるので、風に乗った匂いで俺達の存在をデンコに悟られる可能性がある。


「確かに、獲物を追うときは可能な限り獲物の風下に立つ。狩りの基本ね」

「一度麓にまで下山して、麓近くにある24番からチェックしていく。これなら、俺達は常に風下から罠に向かって接近出来る」

「まだるっこしいけど、待ち伏せを食らうリスクを減らせるならそれがベストか」


 俺とコクエンは、一度麓に下山して麓からデンコの捜索を再開する。

 低い山とはいえ、斜面を昇ったり下りたりを繰り返す。

 山に慣れていない人間には文句を食われそうなキツイルートだが、コクエンは軽い足取りで斜面を這い上がる俺についてくる。


「俺はこの山は自分の庭みたいなもんだから登ったり降りたりなんてなんともないが、お前は体力スゴイな」

「昨日も説明したけど私は人間じゃないからね。私から見たら、こんなに山に慣れてる衛さんの方が不思議よ。昨日地球のことについて調べるためにずっとテレビを見て単だけど、日本人の大半は町に住んでて、衛さんみたいに山の中で一人暮らししてる人なんてほとんどいないみたいじゃない。なんで、こんな……世捨て人みたいな生活してるの?」


 どうやら、たった1日でコクエンは普通の日本人とは全く違う生活をしている変わり者だと気づいたらしい。


「悲しいかな、俺も15年前に1回死んでるんだ。だから、今生きてる俺は生ける屍なんだよ」


 天原衛という男は、15年前、双子の妹である天原恵子と生き別れになったときに自分が死ぬ以上の苦痛を味わうことになった。

 あの苦しみ、孤独感、悲しみ、自分が殺された方がはるかにマシだと思った。

 俺にとって天原恵子は自慢の妹であり、俺の全てを捧げてもよいと思えるくらい大好きな女の子だった。

 双子の妹だが、恋愛感情もあったと思う。

 だから、天原恵子と生き別れになったとき天原衛という男は、実質一度死んだのだ。

 その後の数年間は俺にとって黒歴史だ。

 死んだ人間が社会の荒波を泳ごうとしているのだ、何一つ上手くいくはずがない。

 結局、死んだ人間の居場所は生まれ育った山の中にしかなかった。

 このまま、この山の中で老いて朽ちていけばいい……そう思っていた。


「今の俺は生きる屍だが、もし、お前が天原恵子なら、生き返れるかもしれないな」

「生き返るって……衛さんは生きてるじゃない。あと、私は10年前以前の記憶を持ってないんだってば」


 コクエンは自分には記憶が無いと主張するが、こうして話をしていると俺の中に彼女は天原恵子だという確信がふつふつと湧いてくる。

 少なくとも、こうしてコクエンと一緒に山を歩くのは楽しい。

 こうして二人で歩いていると、俺にとって人生で一番楽しかったころの記憶を思い出す。


「子供のころは俺と、恵子と、爺ちゃんの三人で山の中歩き回ったんだぜ」


 家庭の事情で俺と恵子は小学生を卒業するまで、この山に住んでいた祖父に預けられていた。

 爺ちゃんは『働かざる者食うべからず』が口癖の昔気質の猟師で、小学生だった俺と恵子も狩猟や獲物の解体の手伝いをやらされていた。

 いま思うと異常な小学生時代だったが、おかげで俺も恵子も逞しい子供に育ったと思う。


「子供なのに狩りの手伝いなんて嫌じゃなかったの?」

「恵子は嫌がってたけど、俺はけっこう楽しかったよ」


 小学校までバスで片道一時間かかるド田舎に子供二人。

 狩りの手伝いがなくても、俺と恵子の遊び場は山しかなかった。

 爺ちゃんは、山の地形や、獣道の見分け方や、食べられる山菜の見分け可方を教えてくれた。

 いま思うと、狩りの手伝いのついでに、子供二人が山で楽しく遊ぶ方法を教えてくれたのかもしれない。



 そんな感じで山を登りながら俺達は罠に動物がかかってないかチェックする。

 ――25番。異常なし。

 ――26番。異常なし。

 ――27番。異常なし。


「なかなか、罠にかかってる動物っていないわね」

「街中みたいに動物が大挙して歩いてるわけじゃないからな。罠にかかるは畑の作物荒らすためにホイホイ山を下りてきた奴だけだよ」

「ねえ……もしかして家の周りの畑って丸ごと動物をこの山におびき寄せるための撒き餌なんじゃ」


 コクエンはジロリと視線を向けてくる。

 普通の農家や猟友会は、畑の作物を食害から守るために動物を狩っている。

 しかし……。


「よくわかったな、あの畑そのものが巨大な撒き餌だ」


 だから俺は畑を動物に荒らされてもあまりショックは感じない。

 いまの生活そのものが、俺が老いて朽ちるまでの時間を繋ぐ暇つぶしでしかないからだ。


 ――28番。異常なし。

 ――29番。異常なし。

 ――30番。異常なし。


 ――31番。

 山の5合目を超えたところに仕掛けた罠に近づいた俺達は明らかな異常に気付いた。


「……コクエン。変な匂いがする」


 俺は万が一にもデンコに気づかれないように小声でコクエンに話しかける。


「……私も感じる。血の匂い……いや、血と肉が腐った匂い」


 俺は槍を構え、恵子は手に炎を灯して、罠に近づいていく。

 風下から距離を詰めれば、たとえデンコが生きていても奇襲をしかけることが出来る。

 ゆっくり、ゆっくり……静かに…足音を立てないように俺と恵子は罠に近づいていく。


「居やがったッ!!」


 俺の仕掛けたくくり罠に足を取られたデンコがうずくまるようにその場に伏している。

 傷は深そうだ。

 肩や腰まわりはコクエンに焼かれた影響で毛皮が焼け焦げ、肉と血が黒く変色している。

 うずくまっているので顔は見えないが、恵子に切り裂かれた目が治っていないなら失明状態も続いているだろう。


「寝てるのか……死んでるのか……」


 生きていても瀕死の重傷を負っていることに変わりないが、電撃一発で俺はお陀仏だ。

 死にかけだからといって絶対に油断は出来ない。


「確かめるしかないわね。もし、生きていたら衛さんは全力で逃げてね」

「了解」


 コクエンはまるで砲弾のような勢いで飛び出すと、問答無用で燃える拳でデンコの顔面を殴りつける。

 コクエンのパンチは着弾と同時に爆発し、体重200キロを超えるデンコの巨体を吹き飛ばした。

 ズドーンッ!!

 と、巨体が地面に倒れ伏す鈍い音が鳴り響きデンコの巨体は仰向け倒れこんだ。


「うっ、動かないみたいだな……」

「大丈夫、死んでる」


 コクエンの言葉で緊張の糸が切れた俺はフウウウウウと大きく息を吐きだした。


「なんつーか、よかった、よかった」


 デンコがフルスペックなら槍一本で戦車と戦うようなものだったので、死んでいてくれて本当に助かったと思う。


「自爆して逃げたけど傷が深かったんでしょうね。私も戦わずに済んで助かったわ」


 死んでることを確認した俺達は死体の状態を確認することにする。


「魔力器官の反応が無い、完全に死んでるわね」


 コクエンは手に黒い光を灯すと、デンコの心臓部にズブリと腕を突き刺し黒く光る玉を取り出した。


「これが魔力器官。マモノやマジンは心臓の代わりにこれが胸の中に入っていて、血の代わりに魔力を身体の中に流してるの。レベルの高いマモノの魔力器官はお宝として高く売れるのよ」


 コクエンはほくほく顔で黒い宝玉をリュックの中にしまう。


「ところで、このマモノの死体どうする? 食うにはちょっと肉が傷みすぎてるけど……」

「マモノ退治の報酬をもらうには死体を持ち帰らないといけないんだけど、これをニビルに持ち帰るのはちょっとツライわね」


 一番簡単なのは、埋めるか野ざらしにして自然に返すことだ。

 これだけ大きな肉の塊でもタヌキやイノシシに見つかれば骨も残さず食いつくされることだろう。


「しかし、こいつの見た目ってサーベルタイガーそっくりだな」

「サーベルタイガー? それって地球の生き物?」

「そうだ、正確には絶滅動物だな。昔地球に生きていたけど今はもう絶滅してしまった動物」


 俺がそう告げると、恵子は人差し指を顎にあてて何やら考え込み始める。

 

「もしかしたら、デンコは本当にサーベルタイガーなのかもしれない。ニビルにはマモノがいるけどけどマモノの原種となる普通の動物も生きてるの」

「つまり、デンコと姿形はそっくりだけど魔法が使えない動物が存在するってことか」


 俺の問いに、恵子はコクンとクビを縦に振る。


「魔法の使えないデンコはニビルではガルムって呼ばれてるんだけど、ガルムの中にごく低い確率で魔力器官を持った個体が生まれてくることがあるの。それがデンコというマモノの正体」

「えっと今の話を整理すると……」


①ニビルの生態系は地球と似通っていて基本的に、地球に住む生き物に似た生物が生まれる。

②地球の生き物によく似た生き物の中から、稀に魔力器官という特殊な器官を持ち、魔法を使えるマモノが生まれることがある。

③結論、マモノは魔力器官の有無を除けば普通の生き物と変わらない存在である。


 コクエンの話を整理すると以上の3点の事実が浮かび上がる。


「コイツの身体はニビルでガルムと呼ばれてる動物と同じものだということはわかった。だけど明らかにこいつは昔地球に住んでた絶滅動物にそっくりなんだよな」


 動物園で見かけるトラやライオンとの違いは長さ20センチに達する巨大な犬歯。これは古生物学図鑑に出てくるサーベルタイガーそっくりだ。


「コクエン、この死体、俺が貰ってもいいか?」

「いいわよ、ウルクに死体を持ち帰る方法なんてないし、衛さんが有効活用してくれるならそれでいいわ」

「そうか、そうか」


 デンコの死体を譲り受けた俺は思わず口元でニヤケ顔を浮かべる。


「なに、ニヤニヤしてるのよ、気持ち悪いわね」

「これを、研究機関に持ち込んだら世界中がひっくり返るような大騒ぎになると思ってな」

「そんなに!? ただのガルムの死体よ、魔力器官だって抜いてあるし」

「ニビルでは新種の動物が見つかっても、研究者が騒いだりしないのか?」

「それは無いかな。ニビルには、世界地図さえ存在しないからね。新種の動物を見かけてもオモイイシのデータベースに情報が追加されるだけよ」

「世界地図無いのか!? って、驚くほどのことじゃないか。地球でも正確な世界地図が出来たのは19世紀だって聞いたことがあるな」


 自分達の住んでいない場所、ましてや惑星の反対側にどんな島があり国が存在するか知るのは容易なことではない。

 まして、マモノが闊歩し、六つの知的生命体が生存圏を奪い合うニビルではその難易度は跳ね上がるのだろう。

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