第2話 そんなにおじさんの妹に私似てるの?
――天原 衛
爆心地はひどい有様だった。
強力な爆風と熱エネルギーによって下草も木も全て吹き飛ばされ、ミステリーサークルみたいに円形の更地に変わっている。
サーベルタイガー1匹にこれほどのエネルギーを出すことが出来るなんて信じられない話だが、俺は爆心地――つまりオオカミとサーベルタイガーが戦っていた場所でもっと信じられないものを発見した。
「――おっ……女!?」
爆心地いたのは人間の女の子だった。
見た目は中高生くらい、少女と呼べる年齢の女の子で、彼女は一糸まとわぬ姿で爆心地に横たわっている。
「おいッ!? 大丈夫か」
人が居るのを見て俺は慌てて少女に駆け寄った。
裸を見てしまうのは申し訳ないが、緊急時なので俺は彼女を仰向けに寝かせて呼吸と心音を確認する。
「呼吸よし――心音は無し!?」
信じがたいことに、少女は呼吸をして鼻や口から息を吐く音は聞こえるのに、心臓の脈動する音が聞こえない。
「こんなのあり得るのか!? ふつう逆だろ」
俺は心臓マッサージを始めとしてした人命救助のための訓練を受けたことがあり、やり方も一通り心得ているがこんな状況は初めてだ。
通常人間は死ぬ場合、
①心臓の運動が停止
②その影響による呼吸停止
③呼吸停止によって脳に酸素が行かなくなり脳死
というプロセスをたどる。
しかし、彼女の場合心停止はしているが呼吸はしていて、脳への酸素供給は行われている。
これは非常に迷いどころだ、心停止は見過ごせる問題じゃないし今すぐ心臓マッサージを行うべきだが呼吸が止まっていないのに心臓マッサージをすることで返って状況を悪化させる可能性がある。
「この場合は……そうだ意識の確認ッ!」
俺はほとんどビンタする勢いで強めに彼女の頬を叩いく。
申しわけないが、命がかかっている状況で手加減をする余裕はない。
「う……うううん……」
意識がはっきりしないらしく、顔をあげたボンヤリとした表情をしていた。
俺と少女の視線が交差する。
少女の顔を改めて見て、今度は俺の呼吸が止まった。
猫のように瞳が大きくて少しだけツリあがった目、リンゴの様に丸みを帯びて小顔に見える頬と顎、肩口で切りそろえたボブカットの黒髪。
その顔、その容姿はどこから見ても俺の生き別れての妹――天原恵子だった。
生き別れの妹に突然再開した俺は、彼女を思いっきり抱きしめたい衝動に駆られたが、彼女が全裸なのを思い出してギリギリで思いとどまった。
彼女の裸を見ないように反対側に振り向こうとすると、彼女は服の裾をつかんで俺の動きを制止する。
「なっ……なんでもいいから、水と食べ物を」
「あっ、水と食い物? こんなもんしかないぞ?」
かすれた声でハアハアと息を切らせて食べ物と水を懇願する彼女に、俺は行動食として携帯していたチョコレートとスポーツドリンクの入ったペットボトルを渡す。
食糧を手に入れた彼女はまるで飢えた獣のように、チョコレートを口に放り込んでスポーツドリンクで胃に流し込んだ。
「たっ、助かった」
それから一分弱、無言で項垂れ続けていた彼女はまるで再起動したパソコンみたいにそうつぶやきながら顔を上げる。
「ありがとう、助かったわ。魔力を使い切って、意識も朦朧としてたから貴方が居なかったら私、死んでたかもね」
「いや、生きてるなら俺は一安心だけど……」
思わず少女の身体に目が行ってしまう。
悲しいかな俺は童貞で女の子の生の裸を見るのは生まれて初めてだったりする。
テレビに出てくるアイドル並みの女の子の全裸なんて男にとって最高のご褒美なんだが……俺は黙って上着を差し出した。
無理です。
妹相手にスケベ心を出したことに、激しい罪悪感を覚える。
「とりあえず、これを着ろ。裸のままじゃ俺が話ずらい」
「魔力が戻れば服は……いや火の衣作ったらまた魔力切れになっちゃうか。じゃ、お言葉に甘えて服借りるわね」
恵子が作業着のファスナーを上げる音が聞こえてくる。
身長差もあるし、作業着は若干丈長の作りなので彼女の大事なところは一通り隠せるだろう。
最低限大事なところ隠した貰ったので、俺は一番気になることについてズバリ聞いてみることにする。
「お前、恵子だよな!? 俺の妹の天原恵子でまちがいないよな」
本当に恵子なら俺と同じく、30歳になっているので15歳の時と全く変わらない容姿なのは不自然なのだが、目の前にいる少女は俺の記憶にある天原恵子に瓜二つ。
どう考えても無関係な別人とは思えない。
「いいえ私はケイコじゃないわ。私の名前はコクエン……そんなにおじさんの妹に私似てるの?」
オジサンか。
面頭向かって言われるとけっこぅショックなセリフだな。まあ、どう見ても中高生にしか見えないコクエンからすれば三十路の男なんてオジサンとしか思えないだろう。
「似てるよそっくりだ。まあ、正確には15年前、15歳の時の妹にそっくりなんだが」
「いきなり貴方が私の兄なんて言われてもピンと来ないわね。申しわけないけど、『よくわからない』というのが正直な感想かな」
俺は15年前に生き別れた双子の妹と瓜二つの女の子の存在に涙が出そうなくらい気が高ぶっているのだが、コクエンはニコリともせず冷静に俺の顔や容姿を観察している。
あまりの温度差の違いに、だんだんと俺の頭も冷えてくる。
「まあ、15年前なんてお前さん生まれたばっかりだしな。忘れてくれ、多分他人の空似だ」
よく考えたら恵子は15年前に行方不明になったんだから、いまは俺と同じ30歳になってないとおかしい。
目の前の少女の年齢は中高生くらいにしか見えないので、恵子の娘の可能性はあるが恵子本人ということはありえない。
「あー、えーっと、違う、違うの。私が本当にあなたの妹って可能性もあるの。私、1回死んだ影響で、覚えてるのは10年前くらいかな。それよりも前の記憶がすごく曖昧なの。実年齢だってよくわからないし、もしかしたら見た目こんなでも実年齢はオジサンと同じかもしてない」
「なんじゃそりゃ?」
一回死んだ。実年齢が俺と同じ。
コクエンから飛び出した爆弾発言を聞いて俺は目を白黒させるしかない。
「えっとね」
説明を始めようとする矢先。グウウウウウウッ!! コクエンの腹から空腹を告げるサインが盛大に鳴り響いた。
「できれば、もうちょっとご飯食べさせていただけないでしょうか……」
さすがに恥じらいはあるらしく、コクエンは声のトーンを落としてそうつぶやいた。
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