異世界帰りの妹は、ケダモノになっていましたッ!?

第1章 異世界からの来た獣たち

第1話 マモノが戦っている。

――天原衛


  マモノが戦っている。

 妖怪、妖獣、怪物、魔物……人は人知の及ばぬ力を持つ生物にいろんな名前を付けて他と区別するが、俺の中ではマモノという言葉がストンと胸に響いた。

 そう呼べるくらい、俺の見た二体の戦いは圧倒的だった。

 一匹は赤毛皮をまとった巨大なオオカミ。体長は4メートル、体重200キロを超えるであろう大型の個体で燃えるような赤い毛皮を全身にまとい、首周りを守るように濃い紫色のタテガミをなびかせていた。

 もう一頭は濃いオレンジ色の毛皮をまとった――おそらくトラだった。

 体格はオオカミと同等の200キロ超。

 ただ、俺の知ってるトラとは違い犬歯が20センチを超えるほどの大きさに発達し、まるで大ぶりのナイフのようになっていた。

 図鑑でしか見たことがないが俺はこの生き物を知っている。


「ありゃ、サーベルタイガーじゃねえか」


 驚きのあまり叫びだしたくなる衝動にかられた俺は、両手で口を押えて全力で声を殺す。

 俺が隠れている茂みと、2頭のマモノが戦ってる場所は100メートルも離れていない。

 もし存在に気づかれたら、怒り狂ったマモノに八つ裂きにされてしまうだろう。


「なんなんだ、あいつら……」


 あんな生物、日本はおろか、地球上のどこにも存在しない。

 サーベルタイガーは氷河期に死に絶えた絶滅動物だし、オオカミにいたってはあんな巨大オオカミは化石からも発見されていない。

 巨大生物2頭は互いに相手の喉笛に食らいつこうと頭を突き合せているが、相手の顔を前足で払ったり、後方にステップして避けたりととても野生動物とは思えない巧みな防御で敵の攻撃を防ぎ続けている。


「ヴオオオオオオッ!!」


 オオカミが鋭く甲高い咆哮を発する。あれは仲間に情報を伝えるための遠吠えではない。

 敵を威嚇し戦意を挫くためのウォークライ。

 直後、オオカミの真っ赤な毛皮がぶわっと膨らんだ。

 俺は最初なんらかの理由でオオカミの体毛が急激に伸びたのだと思った。

 しかし、よく見ると伸びた体毛に触れた下草は焼け焦げ、木の幹からぶすぶすと煙が上がっている。

 あのオオカミは体毛が伸びているんじゃない、真っ赤な毛皮から深紅の炎が噴き出しているんだ。


「ヴオオオオオオッ!!」


 咆哮を発しながら全身を炎に包んだオオカミが疾走する。

 爪や牙を使う必要はない、燃える身体で体当たりをすれば凄まじい破壊力を生み出すだろう。


「ガウウウウウウッ!!」


 サーベルタイガー咆哮をあげる。

 オレンジ色の毛皮が光り輝き、迎え撃つと言わんばかりに四肢で地面に食い込ませる。


 ゴオォォォォォォッ!!!


 サーベルタイガーはカミナリを放ってオオカミを迎撃する。

 高圧電流が空気の絶縁性を破壊し、まるで獲物を捕らえる網のように広がった雷光が突撃を仕掛けるオオカミに襲い掛かる。

 カミナリに撃たれたオオカミのダメージ小さくない。

 赤い毛皮と紫色のタテガミからブスブスと煙があがり、目や鼻から血が噴き出す。

 だが、オオカミは止まらない。燃え上がる肉弾の直撃を受けてサーベルタイガーの巨体が木をなぎ倒しながら吹き飛ばされる。

 普通ならここで勝負ありというところだが、サーベルタイガーは自分の上に倒れこんだ太い木の幹を軽々と押しのけて再び四肢で大地に立った。


「ヴオオオオオオッ!!」

「ガウウウウウウッ!!」


 まだ戦いは始まったばかりだ。

 そういわんばかりに2体のプレデターがするどい咆哮をあげる。




 俺は何を見ているんだ?

 地球に存在しえないはずの巨大生物が、炎やカミナリをぶつけながら戦いを繰り広げている。

 戦いを見ているうちに、おぼろげながら両者の実力が俺にもわかって来た。

 狼は身体に炎をまとわせ体当たりで攻撃するインファイター。

 サーベルタイガーは、電撃を飛ばして攻撃するシューター。

 と、言った感じで対照的な攻撃手段を持っている。

 人間の常識で考えたら飛び道具を使うサーベルタイガーの方が有利なはずなのだが、赤い毛皮のオオカミは接近しなければならないデメリットを全く苦にしていない。

 サーベルタイガーが命中率を重視して雷を拡散放射すれば、オオカミは負傷を無視して突撃し数倍の威力の体当たりを叩き込む。

 拡散では止められないと判断したサーベルタイガーが雷を束ね一本の太い光を放つと、オオカミはステップを変えて右に飛び退き必殺の一撃を完璧にかわして見せた。


「あいつ本当に野生動物か?」


 オオカミはただ真っすぐ走るのではなく、ドックランの障害物競走に挑む競技犬のように軽やかなステップで右に左に自分の位置を絶えず変えてサーベルタイガーに狙いを絞らせないように動いている。


「すっ、すごい」


 あのオオカミは、生まれ持った力をただ振り回しているのではない。

 優れた能力と、積み上げた努力が融合した美しさすら感じる強さを持っている。


「ヴオオオオオオッ!!」


 オオカミが咆哮と共に突撃を敢行する。

 身体から吹き上がる炎の量は今までの中で最大。

 これで決着をつけるつもりで極大の一撃を放つつもりだ。


「まて、不用意だッ!?」


 俺は命の危険も忘れて叫び声を上がるが、どちらも聞いてはいなかっただろう。

 サーベルタイガーは待ってましたと言わんばかりに一本に収束した太く青白い光でオオカミを迎撃する。

 それに対してオオカミは信じられない動きを見せた。

 地面を蹴って大きくジャンプすることで自身を狙う極大の電撃を回避したのだ。

 オオカミはそのまま身体を丸めて前転し、着地と同時にサーベルタイガーの背中に組み付き後頭部にするどい牙を突き立てた。


「ぎいいいいいいいッ!」


 悲鳴に近い叫びをあげながらサーベルタイガーは背中を地面にこすりつけてオオカミを引きはがそうとするが、オオカミは決して食らいついた牙を離さない。

 とどめを刺すべくオオカミは前足を振り上げる。

 うっすらとだが、オオカミの前足は今まで使っていた炎ではなく、濃い群青色の光に包まれているのが見えた。

 鋭い爪がサーベルタイガーの顔面に深々と突き立てられる。

 両目の眼球を切り裂かれ失明したサーベルタイガーは抵抗をやめ、その場にベタンと倒れこんだ。


「勝負ありか」


 目の前で行われたマモノ同士の壮絶な戦いを目撃した俺はとんでもなく興奮していた。

 自分が戦っていたわけでもないに呼吸は荒くなり、心臓はいつもの倍以上のスピードで脈打っている。

 心なしか目も耳もいつもより良く聞こえる気がする。

 その証拠に、オオカミに倒されたサーベルタイガーが唇を動かしかすれるような声で。


『ダイバクハツ』


 と、つぶやくのを聞こえた気がした。

 みちづれ……意味は分からないが何か恐ろしい予感がする。

 勘違いであって欲しいという俺の願いはむなしく打ち砕かれた。

 サーベルタイガーの毛皮からブスブスと煙が上がり、5秒と経たないうちに青白い閃光と共に激しい爆発が巻き起こった。

 爆発の規模は100メートル近く離れた俺の元まで爆風が到達するほど激しいもので、俺は両腕を盾にして飛んでくる飛来物から顔面を防御する。


「メチャクチャやりやがって、一応私有地なんだぞ」


 爆発が収まったのを確認して、俺は急いで爆心地へ足を進める。

 危険なのは百も承知だ。

 しかし、俺はもう爆発に巻き込まれた赤毛のオオカミを狩るべき獲物とは思えなくなっていた。

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