第7話

〜風見錐人と漣蒼茉〜


 演習開始後、錐人はずっと隠れていた。

 隠れるのは得意だ。じっと動かず息を潜める。

 鬼の面を被った人が辺りを探っている。僕は動かない。

 誰かの悲鳴が聞こえる。僕は動かない。

 視界に鬼に追われている生徒が映る。僕は動かない。

 二時間程が経っただろうか。僕は開始位置から一歩も動くことなく過ごしていた。

 なんか地味だな。まあ忍ぶ者だし、これで正しいのかもしれない。

 そんなことを思っていると、また誰かの足音が聞こえた。

 一人の男子生徒が駆けている後ろから手裏剣が投擲されていた。

 僕は咄嗟に苦無を投げ、男子生徒に迫る手裏剣を弾いた。

 普段の僕ならこんなことはしない。もしクラスメイトだとしても、見つかる危険を冒してまで助けたりはしない。

 しかし相手がなら話は別だった。

 背後で聞こえた金属音にその生徒、漣蒼茉さざなみそうまは振り向く。

「おお、その姿は錐人じゃないか」

 僕を見つけ灰色の髪をした痩せぎすの少年は言う。

 こいつ、見ない間に身長伸びたか?最近とんと成長が止まってしまった僕は目を細める。

「何だ仲間がいたのか」

 そこにもう一人の人影が現れる。

 藤色の髪に鬼の面を被った女性。彼女の周りには幾つもの手裏剣が浮遊している。彼女が蒼茉を追いかけていた鬼だろう。

 蒼茉が逃げ切れ無いなら僕も無理だな。

 僕は忍者刀を構える。

「錐人、戦うのか?」

「逃げれないなら戦うしか無いだろ」

 蒼茉の問いに僕は答える。

 こいつ実力はあるのに昔からビビりなんだよなぁ。

「おお、向かって来るか。その意気や良し。やつがれの名は風切栞葫かざきりかんこ、全力で相手してやろう」

 出来れば手加減して欲しいな。

「何だ、先輩が名乗ったんだぞ。君達も名乗りたまえ」

「オイラは漣蒼茉だ」

「…風見錐人」

 蒼茉に倣って仕方なく僕も名乗る。

「漣に風見。へぇ、そうか君達が」

 すると風切先輩は意味深に笑む。

 そして周りに浮かべていた手裏剣を二つ、触れずに放ってきた。

 僕達はそれを躱す。しかし躱した手裏剣が軌道を変えて迫って来た。

 僕はそれらを忍術刀で弾いて言った。

「蒼茉、僕が補助する。お前は攻めろ」

「りょーかい」

 言って蒼茉は懐から木製のブーメランを取り出し、風切先輩へと投擲する。

 しかし風切先輩は周囲に漂っていた手裏剣で防ぐ。

 すかさず蒼茉は二つ目のブーメランを取り出し放つ。

 これも風切先輩の手裏剣で防がれるが、その時には蒼茉は走り出していた。

 漣蒼茉、彼の持ち味は脚の速さだ。僕が知る限り、同世代では最速である。中学時代の異名は『韋駄天』だとか。

 蒼茉はその俊足で一つ目のブーメランを回収する。

 そしてそれをまた投げつけた。風切先輩は迎撃に集中せざるを得ない。

 その隙に蒼茉は二つ目のブーメランを拾う。

 あとはその繰り返しだった。蒼茉がブーメランを投げて拾う。

 手裏剣が蒼茉を狙うが僕が忍者刀や苦無で弾き補う。

 風切先輩に対して僕らは攻め続けた。


 10分後、僕は焦っていた。

 風切先輩の守りを崩すことが出来ないのだ。

 手裏剣操作の練度が恐ろしく高く、全く隙が無い。

 蒼茉を見ると息が上がっていた。

「中々に素質はありそうだよ。でもまだ僕に届くほどじゃあ無い」

 風切先輩は余裕の表情で言う。

「僕が囮になる。蒼茉、逃げろ」

「でも錐人、」

「このままじゃ二人とも捕まって終わるぞ」

「…分かった。頼むぞ錐人」

「そんなこと許すと思うのか?」

 僕達の会話に風切先輩が割り込む。

「容赦願うよ風切先輩。行け、蒼茉」

 僕の言葉に蒼茉が駆け出す。同時に風切先輩が手裏剣を全て僕等に放って来た。

 僕はそれらを躱し風切先輩の懐へと潜り込む。

「無駄だよ」

 風切先輩は言う。手裏剣が軌道を変えて僕に向かって来るのを感じる。

 そこで僕は反転、全力で風を巻き起こした。

 手裏剣が落ちていく。

「逃げ切れよ蒼茉」

 呟く。僕の意識は急速に遠のいていった。

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