慕わしい男

志央生

慕わしい男

「だから、あいつはまだ俺に気があるんだよ」

 意気揚々と男が自信ありげに口にしたのは、元カノが自分に未練があるという内容だった。もちろん、それを否定することはしないが肯定もしない。誰にでも夢を見る権利はあるのだから。

「全くよ、素直じゃないんだよ。こうして俺のSNSなんかチェックしては自分の投稿に俺のことを書いてさ、こんなの未練ないとできないだろ。いやー、困るつうか俺はもう未練なんてないけどさ、あいつが未練あるならチャンスやろうかなって思うけどさ」

 誰を言い負かしたいのか男が捲し立てるように怒涛の勢いで言葉を紡ぐ。切れ目のない一方的な話だが、そこに言葉を挟む隙はない。ただ笑顔を貼り付けて頷くだけの機械としてこちらは事をなすのみ。感情は捨てて、憐れむこともやめた。

「けどさ、まぁ俺から切り出すのは違う気がするつうか。ほら、別れるって言ってきたのは向こうだったわけだしさ。こういうのはあいつから言わせるのが筋つうか、そうしたら俺ももう一回くらい付き合ってやってもいいとは思うんだけどさ」

 ヘラヘラと笑いながら男がスマホに視線を向ける。きっと元カノのSNSを見ているのだろう。二年も前に別れた女の投稿を。未練があるのはどちらなのか、自分に関する事柄があれば心残りがあると判断されるなんて誰も予期しない。ましてや、二年も時が過ぎているのにも関わらず今更になっても影を追うようにSNSを確認しているとはなんという執念か。

「まぁ、あいつもいろんな奴と付き合ってようやく俺の良さに気づいたんだろうな。今さら遅い、って普通の男は言うんだろうが俺は懐が深いから受け入れてやるつもり」

 笑顔でいるのも辛くなるくらい男は自信満々な態度だ。真に友人であったならばここで涙を流して勘違いを正してやるのだろうが、そうでない人間にそこまでしてやる義理はない。彼女が今どれくらい幸せに彼氏と過ごしているか、話をしても男は信じないだろう。

「俺をフった手前、あいつから会いに来るのは心苦しくて無理だろうからさ、俺から迎えに行ってやろうと思うんだよ。そうしたら、あいつも俺に気持ちを伝えやすくなるだろ。だから、今から行ってくるわ」

 あまりにも唐突だった。ヘラヘラとした顔から真剣な面持ちに変わり、言葉尻も締まったように聞こえた。それまでフラワーロックよろしく笑顔と揺れに徹していたこちらも動きを止める。いくな、と声をかければいいはずだが声が出ない。

「終わったら連絡するわ」

 颯爽と去っていく男は居酒屋の扉を開けて消え、残されたのは自分一人。天井を仰いでスマホを握る。連絡が来ないことを祈って。

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慕わしい男 志央生 @n-shion

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