Ⅵ
「わたしの話は、ここで終わりです……」
明らかに失敗した。途中から感情が高ぶってしまって、友人から聞いた話ではなくなってしまった。
緊張した表情で由美は恐る恐るみんなの顔を見る、めぐみも穂香も目を赤くし、北山は無言でうなずいている。いつも冗談を言っている出川ですら、言葉が出ないでいた。
「さあ、そろそろお開きにしたらどうだ」
いつの間にかドア近くにいた大宮コーチが言った。みんなが腰を上げ無言で片付けを始める。
みんなの優しさが由美には痛いほど伝わってくる。
そんな由美に一也が声を掛けた。
「由美ちゃん、外の風でも当たろうか?」
グラスを二つ持って、一也が優しく近づいて言った。
「ほら、涙、出ているよ」
慌てて頬を拭うと、そこには涙の後があった。知らず知らずのうちに、話しながら流していたのかもしれない。
差し出されたハンカチを受け取って、由美は後ろを向いて拭いた。きっと恥ずかしくて顔は赤くなっているだろう。
そんな顔を見せないようにしながら、由美は一也の後を追った。
リビングの前には広いウッドデッキがあって、夜の風は少し冷たいが、お酒の入った二人には丁度良かった。
椅子に座って星を二人で見上げる。少しづつ落ち着いてきた由美に、一也は優しくそしてゆっくりと話し出した。
「僕も君に話したいことがあるんだ。君だけに聞いて欲しいんだ……」
一也は星を見上げながら言葉を選んだ。
☆ ☆ ☆
「僕は君に隠し事をしていたんだ。まずはそれを謝らなくちゃあね……」
一也は手に持ったグラスを見つめながら話し始めた。
「隠し事ですか?」
由美には全く見当がつかなかった。
「それと、謝罪だな!」
一也は決心したように由美の目を見た。
「僕の名前は『田中一也』だ。それはもう知っているよね」
「ええ、それはもう……」
恥ずかしそうに話す一也に由美は頷いて答えた。
「君の同級生だった『田中二郎』の兄だ」
由美はすぐには反応出来なかった。しかし、少しづつ記憶のページをめくり、やがて七年前のあの時にたどり着く。
「ジローの?」
「ああ、七年前、殺人鬼に殺されたジローの兄だ!」
由美は自分でも分からなかったが、自然と一也の手を握っていた。そして、あの時の思いを、ジローへの言葉を、代わりに一也に告げた。
「わたし、ジローのおかげで助かったの。あの時のジローの言葉で……。もし、ジローが『あいつは狼だ!』って言ってくれなければ、わたしもみんなと同じように見つかって殺されていた」
突然の反応に一也は当惑したが、思いがけない由美の感謝の言葉に目頭を熱くした。
「ジローは頑張ったんだな!」
「ええ! わたしの命の恩人です」
由美の言葉に一也はうつむいて肩を震わす。由美は寄り添うように椅子を横に並べ、一也の手に優しく触れた。
一也はまた、少しずつ話し出す。
「七年前の事件で、僕たち家族は壊れていった。父は酒に溺れ、すぐに病気で亡くなった。
母もおかしくなって今でも病院で、もう僕のことも分からいようだ」
少し由美の方を見てから話を続ける。
「当然、犯人を恨んださ! でも、死刑囚じゃあどうにもならない。おまけに控訴中だとさ! 何に怒りをぶつけて良いのか僕には全く分からなかった……」
一也は触れた由美の手を軽く握り返してまた続ける。
「その時、あの研修所に行って一人だけ助かった子供がいた事を知ったんだ。でも、調べようにも被害者の遺族の人達は、みな散り散りに引っ越して行ったし、警察の人もそんな事話しちゃあくれない。調べるにも卒業アルバムすら無かったんだからね……」
由美は一也の手を握り返し、先を促すようにぎこちなく微笑んだ。
「僕は、当時の連絡網を頼りに一人づつしらみ潰しに調べていったんだ。そして、君にたどり着いた……」
思い詰めたような一也の視線に由美は頷いた。
「初め、大学生活を楽しんでいる君を見て、ドス黒い感情が浮かんだんだ。僕たち遺族はこんなにも苦しめられているのに、楽しげに友達と笑っている君を見て色々なことを思ったよ。こいつにも、僕たちと同じ苦しみを味わらせたらどんなに……ってね。それで今回の集まりにも参加したんだ」
「でも、あなたはしなかった……」
「ああ、出来ないよ。君のひた隠しに隠していた苦しみを聞いてしまったからね……」
夜空は限りなく澄み渡って、二人の息遣いが聞こえるようだった。由美は一也の目をまっすぐに見て言った。
「一也さんは、これからどうするんですか? 」
一也は少し視線を落としてから言った。
「僕は……、これで踏ん切りがついた。ジローの元に行くよ! 君の言葉も伝えるから……」
そう言って、立ち上がろうとする。
「待って下さい!」
由美は一也の手を離さなかった。そして、もう一度しっかりと一也を見て言った。
「わたしも直接ジローに言いたいです。一緒に連れて行って下さい!」
その夜、二人は姿を消した。
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