第七話 妹


 青年の体も既にほとんど完治し、退院を数日後に迎えたある日。

 

 いつものように病室に現れた少女を前に、青年が話をする。


 

「え、記憶が完全に戻ったのかい? そうなんだ、それは良かったよ」


「もう少しで退院だしね。これもひとえに、あにくんがよく頑張ったからだね」


 

 少女の声は、言葉とは裏腹に少しばかりの影を落としていた。


 青年が、少女の姿を見てベッドから立ち上がる。



「……あれ、どうして私から離れるんだい……?」


 

 逡巡するような声をあげる少女だったが、しかしすぐに理解いったというように、静かに声を絞り出す。


 

「……ああ、本当に思い出したんだね」


「看護師さんに話を聞いた? 自分に妹は居ないはずだって?」


「……ふぅん。こんなに健気な可愛い妹よりも、赤の他人の看護師さんの話を信じるのかい?」

 

 

 衝撃の事実を知り、それを少女へ伝える青年。


 少女の声色が、深く、静かに沈んでいく。



「それが本当だったとして、それじゃあ私は誰なのかな?」


「誰だと……思う?」



 少女の声は、暗く昏く沈み込み、ただ妄信的に愛を語っていた。

 


「私が、あにくんの本当の妹じゃなかったとして、そこに何の問題があるんだい?」


「私とあにくんが、お互いに兄と妹だと思っているのなら、それで全て問題はないんじゃないかな?」


「私は、あにくんを知った時から、ずっとあにくんをお兄さんだと思っていたよ」


「愛しい愛しい、大好きなあにくんだと。ね」

 


 近づこうとする少女に、更に青年が問いかける。

 


「え? どうやって自分がこの部屋にいる事を知ったのかだって?」


「ナースステーションにね、あにくんの名前を出して、彼氏の見舞いに来たと言ったら快く通してくれたよ」


 

 話しながら、少女は鞄の中へ手を伸ばす。



「残念だよ。本当に残念だよ……。あにくん」



 少女が鞄の中から取り出したそれが、鈍色に光を放つ。




「これかい? これが、包丁に見えるって?」


「大丈夫さ。あにくんを殺すつもりなんて勿論無いよ。少し、怪我をしてもらうだけさ」


「そうだよ。もう一度あにくんが記憶を失えば、また、兄と妹でいられるからね」



 少女が、青年へ歩みを詰める。


 少女を止めようと説得する青年に対して、少女が問題ないといったように声をあげる。



「そんなに上手くいくわけが無いって?」


「それも大丈夫だよ。安心して欲しいな」


「だって、

 


 凶刃を持った少女が、目の前に迫る。

 


「それじゃあ、あにくん」

 



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