第五話 運動……しちゃったね


「よし。それじゃあ立ち上がろうか」


「左手は杖を持って。右側は私が支えるよ」


 

 ――。

 

 

「大丈夫。私も鍛えているからね。安心して」


「それじゃあ。さん・に・いち でいこうか」


「いくよ。はい」


「さん」


「に」


「いち」


「……っと」


 

 青年と少女がベッドから立ち上がる。

 

 

「オーケー。よく出来たねあにくん」


「脚は大丈夫かい?」


 

 ――。

 


「うんうん。問題なさそうだね」


「よし。じゃあ少し歩いてみようか」


 ――。


「いち・に」


「いち・に」


「いち・に」


「ん。だいぶ良くなってきているみたいだ」


「ふぅ……」


「うん。あにくんは頑張り屋さんだね」


 

 成人男性を支えているのだ、少女も体力を使うのだろう、少女の声からは自身も運動しているような熱を感じる。



 ――。



「私かい?」


「大丈夫だよ」


「私の事は心配しないで」


「今は自分の事だけ考えていてほしいな」


 

 


 


「……うん。良く歩けたね」


「それじゃあ。ここまでにして、ベッドに戻ろうか」


「もしどこか痛かったり、キツいようならすぐに言うんだよ?」


「方向転換するよ。ゆっくりね」


「ゆっくり。ゆっくり……」


「よし。それじゃあこのままベッドまで行こうか」


「いち・に」


「いち・に」


「いち・に」


「いち・に」


「もう少しだよ。あにくん」


「そのままベッドに座ろうか」

 

 

 ベッドに着いた所で、青年がベッドの脇にひっかかって倒れ込んでしまう。

 

 

「あにくん!」

 


 とっさに青年を支えようとする少女も、一緒に巻き込まれてしまう。


 

「あにくん! 大丈夫かい!」

 


 少女の声は青年の耳元から聞こえた。


 ――。

 


「良かった。痛い所はないかい?」



 問いかけてくる声は、青年の真下から聞こえてくる。

 

 倒れ込んだ拍子に、青年が少女に覆いかぶさるような形になってしまっていた。


 

 ――!



「無理しないで。私は大丈夫さ」


「あにくんが上に乗っていても、潰れてしまうような弱い妹じゃないよ」


「うん。あにくんが大丈夫なら良かったよ」

 


 心底安心したという声で少女が言葉を発する。

 


「ごめんね。無理させちゃったね」


 ――。


「自分の方こそ、巻き込んでしまって申し訳ないって?」


「ううん。私が無理させたのは事実だから」


「しかし、この体勢は、あれだね」


 

 ――!

 

 

「ふふ……。あにくんの心臓の音が聞こえるよ」

 

 

 青年の下からしっかりと掴む少女。


 耳元で少女が熱っぽく囁く。

 

 

「でも、こうやってあにくんの体を掴んでみると」


「逃げられないよね」


「どうなるのかな? 下にいる私は何をされちゃうのかな?」


「ふふ……。でも、この状態もね」


「……よっと」


 

 少女が体を上手く回転させる。

 少女と青年の上下が逆転し、青年が下に、少女が上になった。


 少女が上から青年の顔をのぞき込む。

 


「これで、あにくんが私の下になったよ」


「……さっきとは逆だね」


「この状態で、体の自由が効かないあにくんは逃げられるかな?」


 

 少女の髪が、青年の頬を撫でる。


 

「……ああ、あにくん……。そんな顔をしないでおくれよ」


「……余計に興奮してしまうじゃないか」


「これから、あにくんは私に何をされてしまうのかな?」


 

 少女の手のひらが、青年の手のひらに合わさる。

 

 

「それとも、こう聞いた方が良かったかな?」


 

 少女が耳元に唇を近づける。


 

「あにくんは、これからどうされたいのかな……?」


「ほら、お願いしてごらん……?」


「どうして欲しいんだい? あにくん……」


 

 息遣いの荒くなった少女の吐息が、青年の耳元に当たった。

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る