幕間 彩の譚

第21話 二人の隊長

 兆邸 本館廊下


「迷わない様にちゃんと道覚えろよ」

 男に連れられ麗と辰之助は屋敷の中を歩いていた。

 他の皆は屋敷の玄関に入ってから、各々用事があると言ってどこかへ行ってしまった。


 二人、特に麗は初めて見る豪邸に目を輝かせ、辺りを楽しそうに見回しながら時折感嘆の声を漏らし、門を潜ってからずっと落ち着かない様子で後を付けていた。


 だが思ったよりも人が少ない。

 隊と言う程だからもっと居るかと思っていたが、偶に若い人や大人とすれ違って挨拶するだけで辰之助は若干拍子抜けしていた。


「そういえば、貴方の名前はなんて言うの?」

「あ、言ってなかったか?俺ぁ波羽 跳吉なんば とびきちってんだ、二番隊の隊長をやってる」

「あ、隊長さんだったの!?」

「ははは! 見えないだろ! 親しみやすさが俺の特徴だからな!」

 男は歩きながら豪快に笑う、その姿を見た麗はそこはかとなく歳典の面影を感じ、悪い人では無い、と心の中で確信していた。


「あら」

 暫く歩いて居ると、前から紙を見ながら歩く女性が現れる。

 女性が軽く前を見た瞬間、見知らぬ二人に気付いたのか、書類から目を離し足を止めて挨拶を交わす。

「こんにちは、跳吉さん、そのお二人が件の?」

「おー!そうだ!」

「初めまして、四番隊の隊長をさせて貰ってる氷凍 灯黎ひとう あかりよ、よろしくね」

「長陽辰之助だ」

「……」

 灯黎の姿を見た麗は見とれるように固まってしまっていた。


 真っ先に目に入るのは、跳吉よりも更に染まった白い髪に、常に睨む様な形をした大きな目に埋め込まれた光の無い赤い瞳。

 黒い布地に濃い紫の柄が施された美しく妖艶な雰囲気な着物を纏い、その存在感をより一層の引き立てている。

 なにより驚いたのはその背丈の大きさだった。

 今まであって来た女性の中で恐らく一番大きいであろう背丈。

 六尺を優に超え、辰之助よりも大きい晃次郎をも軽く超えていた。

 五尺程の背丈である麗にとっては見上げ無ければ顔が見えない程の高さ。


 それこそ麗が衝撃を受けた原因だった。


「…おーい!嬢ちゃん!」

「あっ!ひゃい!こ、ここ寿 麗でしゅ!礎静町から来ました!よろしくお願いしましゅ!」


 跳吉の声でようやく正気に戻った麗は慌てて自己紹介し、勢いよく頭を下げる。


「あら、礎静町から?」

「しっ、知ってるんですか!?」

「昔、少しだけね、また暇があれば、今どうなってたのか聞かせて貰える?」

「は、はい!」


「緊張し過ぎだー、寝不足で目付きが怖いが、中身は良い奴だから心配すんな」

「恐縮です、それよりも跳吉さん、先程隊の経費を見直していたのですが、貴方にお聞きしたい所が…」

「っ!!しゃあ!!行くぞ2人共―!」

 灯黎が何かを言おうとしていたのを跳吉が強引に遮り、そのまま二人を連れて歩き出そうとする。


「”また”、私に無断で船を借りましたね?」

 先程の雰囲気とはまるで異なる、怒りに満ちた冷淡な声で静かに跳吉を問い詰める。

「…いやー、まぁ…」

「貴方に発言の余地はありません、私が求めているのは”はい”か”いいえ”のみで答えて下さい」

「…………はい…すみません…」

「…はぁ…」

 心底疲れきった冷たい溜息を漏らし、再び淡々と喋り出す。

「本日の夕刻までにこちらの書類を持って私の部屋まで来て下さい」

「……はい…」

「以上です、それでは」


 あくまで事務的にそう言い終わると先程の明るさからは信じられない程に萎れた跳吉と困惑する二人へ一礼し、灯黎は足早に立ち去って行った。


「…すまん、用事出来たから案内は無理だ…代理連れてくるからちょっと待っててくれ…」


 完全にしょぼくれた顔になった跳吉は、背中を曲げて何かを呟きながら歩き出していく。

 先程までの頼りになりそうな雰囲気は消え去り、見た事ない程に小さくなった背中を見えなくなるまで二人は眺めていた。


 暫くして跳吉が歩いていった方から息を切らした千彩が現れ、二人の前に着くや否や遅くなった事を謝罪した。

「すみません!紗那さんを部屋に届けていたら遅れました!」

「気にするな、お前は悪くない」

「うんうん!大丈夫だよ!」


((間違いなく跳吉あの人が悪いから))


 必死に謝る千彩を慰めつつ、二人は同じ考えを巡らせるが、決して口には出さずに黙っていた。

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