第32話 暴露女(5) 真相解明 後編
「千尋! 瞬間移動だ!」
俺の言葉に「はっ」とした千尋はアイアンメイデンの扉が閉まる前にぎゅっと目を閉じてスキルを展開する。次の瞬間には彼女は俺の隣でぎゅっと縮こまっていた。
「ちょっと、私をポ○モンみたいに扱わないでよ!」
「千尋、瞬間移動のスキルあるの忘れてただろ」
「ぐぬぬ」
「一応、千尋も阿修羅様のスキル全般持ってるんだから強いんだぜ? 忘れてたろ」
「ついつい、忘れてたかも……」
「ってなわけで、そのアイアンメイデンとやらは俺たちには効かないっすよ」
俺がそういうと美咲は悔しそうにこちらを睨んだ。もう美咲は俺たちに勝つ術をもってないのだ。
最初は謝罪させて終わりにしようと思ってたけど……もしかしてこの女。
「処女の血を浴びてどうするつもりだったんだよ? そんなことをしてもシワは減らないっすよ」
俺は会えて美咲を煽る。美咲は「ふふふ」と不気味に笑うと俺のかけたワナに簡単に引っかかった。
「若い女の……処女の血を浴びるとね。お肌が白くてふっくらするの。髪も綺麗になるの。だから……私は」
千尋が気がついたのか声を上げる。
「あなた……もしかして数ヶ月前からダンジョンで女の子たちを滅多刺しにしてる犯人?」
「そうよ。あなたたちが妖精女王のスキルガチャに付き合ってくれないのなら、続けるしかないわね」
「いや、警察に通報しますよ」
俺の言葉に千尋が「えっ」と言いかけたが何かを察して押し黙った。
「警察に通報してどうするの? 証拠は? それに、警察は私のような大人とちゃらんぽらんな高校にも通ってないようなダンジョン配信者のどっちを信じるかしらね?」
こっちが配信してるとも知らずにペラペラと……、本当に頭すっかすかなおばはんだな。
「そうだ。あんたたちもナツキダンジョンみたいに嘘の告発で陥れてあげるわよ。捏造なんて簡単なんだから」
「知ってる? スキャンダルはね、的が大きければ大きいほど、好感度が高ければ高いほど視聴者は食いつくのよ! はははっはっはっ」
美咲は高笑いをしながら「あなたたちの人生終わりね」と叫んだ。
もう、十分か。
警察が踏み込んでくる前に配信は流石に切らないとだしな。
「その言葉、そっくりお返しします」
美咲は「強がりはやめなよ」と俺を馬鹿にしたように鼻で笑った。
「証拠ならここにありますよ」
「はぁ?」
俺は千尋の胸にくっついた隠しカメラを指差した。
「何言ってるの? フユくん、頭沸いちゃったあぁ?」
美咲は余裕の表情で自分のこめかみを突いて馬鹿にしてくる。しかし、俺も千尋も真剣な表情で狼狽えない。
「いや、生配信してるから」
美咲は「へぁ?」とぽかんと口を開けて変な声を出した。状況が理解できないのか彼女は固まってしまう。
「ナマハイシン……?」
「そう、美咲グラムの正体を暴く! 千尋ちゃんねるでの暴露配信」
淡々と話す千尋、美咲は絶句していた。
「へ?」
俺は現実を受け入れようといない美咲に
「このダンジョンに入った瞬間から、お前の発言全てが全世界に配信されてるってことだ。ナツキダンジョンを嵌めたことも、女子高生のフリしてたことも、お前が連続殺人犯であると認めたことも」
「嘘……嘘よね? フユくん、嘘だって言ってよ」
猫撫で声にぞわりとして俺は縋り付く彼女を振り払った。
「私は悪くない……悪くない。なんにも悪くない。私はただ……」
千尋がスマホを取り出すと美咲に見えるように画面を彼女の前に突き出した。美咲それをしばらく眺め、突然腰が砕けてしまったかのように崩れ落ちた。
彼女の表情は絶望に満ち、脂汗をダラダラと掻いてぶつぶつと何かをつぶやいていた。もう人生終わりだとか醜い姿が晒されたとかそんな言葉が聞こえた気がする。
「死んでやる……」
アハハハと狂ったように笑うと美咲はアイアンメイデンを召喚し、自らがその中に入った。
「させるか!」
俺は咄嗟にスキルでアイアンメイデンを破壊して彼女の体に防護魔法をかけた。
「やめて!」
「ふざけんな! お前が騙したやつにも殺したやつにも生きて償え。醜い姿で醜い心でちゃんと法の裁きを受けやがれ!」
死なせてと泣いてわめく中年女性を必死で守るのはなんだか居た堪れない気持ちになった。しかし、この女のせいで俺や俺の家族は人生を壊されかけた。そして、罪もない女子高生たちは無惨にも殺されたのだ。
「お前みたいな奴を死んで楽にさせてたまるか!」
***
「警察よ! 動かないで!」
と後ろから経堂刑事の声がして俺と千尋は慌てて配信を切った。
「容疑者は自殺の可能性があります。捕縛スキルを!」
経堂刑事の命令で女性警官が美咲を取り押さえ、なんらかのスキルで拘束すると手錠をかけてダンジョンを出ていった。俺はやっとマスクとフードを外して新鮮な空気を吸う。
「見事だったわ。汚名返上ね」
経堂刑事は俺と千尋の頭をぽんぽんと撫でた。多分、棚ぼたで連続殺人鬼が捕まったから機嫌がいいんだろう。しかも、彼女の手柄だ。
「経堂さん、ここまでどうやって」
千尋が首を傾げる。こんな森の奥地に東京にいたはずの刑事さんが……? 新幹線でも2時間以上かかるぞ……。
「私は腐っても警視庁の刑事よ? へ・リで来たの。ふふふ、なーんちゃって。たまたま東北に来ていたのよ。君たちとは縁があるみたいね」
「勘弁してほしいっす」
「でも、ナツキくんも汚名返上できたわけだし復活するの?」
経堂刑事の言葉に千尋が少しだけ表情を曇らせた。
「いや、まだ謝ってもらいたいやつもいるんで……それに」
「それに?」
千尋は首を傾げた。
「いや、まだ仮定なんだけどさ、黒澤美咲にニセ暴露配信をするように唆した人物がいるって思うんだよな。俺の母親もさ配信とかそういうの疎いんだよ。美容にしか興味がないような中年女性が思いつくかね」
「確かに……、気になるね」
「ま、一旦ナツキダンジョンの汚名は晴れたんだし、様子を見つつでさ。千尋、次の宿探そうぜ。うまい飯とあったかい温泉があるところ」
「え〜、ダンジョンは?」
「配信の企画、考えないとな〜」
「じゃあ、いこっか」
いつもの通り俺たちはダンジョンをあとにした。
でも、いつもよりちょっとだけ清々しくてちょっとだけ自分が誇らしかった。
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