第30話 暴露女 (3)ボス攻略編


「フユくんさすがっ、ありがと〜」

「離れててくれませんか」


 俺が無理やり美咲を引き剥がすと目の前には毒沼のフィールドが広がっていた。毒沼は浅いのかところどころに小動物の白骨死体の一部が見えている。天井からはドロドロと腐った蔦から何かが垂れ、その真ん中には妖精女王クイーンーニンフ……のようなモンスターが浮かんでいた。


「あれ……なに?」

 千尋は妖精女王クイーンーニンフのようなモンスターを指差して言った。

「だから、気性が荒いって言ったじゃん」

 美咲はそう付け加えたが気性が荒いでは済まされないくらいの変貌だ。

 本来の妖精女王クイーンーニンフであれば美しい黄緑色の長い髪の毛、月桂冠はまるで神話の中の女神のようで……キラキラと虹色に光る布をふわりと体に巻いた姿はヨーロッパの絵画に出てくるヴィーナスのよう。世にも美しい顔つきで優しく微笑む彼女はやってきた冒険者の心を気に入るとスキル結晶を与えるという。

 しかし、俺の目の前にいるのはそんな妖精女王クイーンーニンフとは似ても似つかない化け物だった。肌は紫色に変色し、ところどころ腐り落ちてしまっている。優しいはずの瞳は真っ赤に充血し、たゆらかだった髪は山姥のようにバサバサに広がっている。


「千尋、あらゆる防御魔法をつかって小さくなってろ」

「えっ、美咲は?」

 メス顔の美咲を無視して俺は剣を手に毒沼に足を踏み入れる。


妖精女王クイーンーニンフ(猛毒)Lv900

固有スキル:テレバシー、サイコメトリー、毒の息、魅惑の瞳、生命の息吹

その他スキル:草魔法(全)、水魔法(全)、毒魔法(全)、毒の蔓、毒の棘

弱点:烈火、解毒、心臓


 検知スキルで分かったのは妖精女王クイーンーニンフが何らかの影響で(猛毒)を付与されているということか……?

 俺は毒無効スキルを展開して上で妖精女王クイーンーニンフに近づき、毒の棘がたっぷりついたムチの攻撃を避けながら原因を探る。

 数日前に阿修羅様のスピード感に慣れていたおかげもあって妖精女王クイーンーニンフの攻撃はまるでスローモーションの様に鈍かった。

 

妖精女王クイーンーニンフは友好的だが、戦闘能力はこんなものではないはず。


【悲シイ、苦シイ】

【ミンナ、ワタシ、殺シタ】

妖精女王クイーンーニンフなのか……?)

【私ノ声……聞コエル?】

(あぁ、聞こえるよ)

【助ケテ! 苦シイ、胸ガ苦シイ】


 毒の息をかわし、毒沼に落ちた骨を足場にしながら妖精女王クイーンーニンフに近づいていく。美しかったであろう肢体は醜く紫色に膨らみ、ところどころ溶けてしまっている。

 妖精女王クイーンーニンフは阿修羅様と同じくかなり強力な治癒能力を持っていたはずだ。妖精女王クイーンーニンフが不老だと言われるのは飛び抜けた治癒能力でその美しさが劣化することを知らないからだ。

 しかし、検知スキルでも彼女本来の能力である治癒系の能力が検知できない。やはりおかしい。

 そもそも、本来の妖精女王クイーンーニンフの弱点は<猛毒>のはずだ。なのに今の彼女はその逆……どうして?

 神獣の突然変異? あの阿修羅様が本気モードになった時みたいな……。いや、だとしたら弱すぎる。


「フユくん! 頑張って!」


 美咲の黄色い声援が飛ぶとさっきまで俺を見ていた妖精女王クイーンーニンフが「があああああ」と叫び声を上げて大技の構えに入る。

 狙いは美咲のようだった。


【ヨクモ、私ノ、カワイイミンナヲ!】


 妖精女王クイーンーニンフは溶けかけている両手を大きく広げ、腐敗したバラの花びらを撒き散らした。


<スキル:毒薔薇の終焉>


「千尋! 防毒だ!」


 千尋が慌ててバリアを展開して美咲と一緒に縮こまる。2人を庇う様に間に入りつつ、魔法で大技を跳ね返す。そんなことしつつ時間を稼ぎながら俺はある一つの答えに辿り着いた。


 妖精女王クイーンーニンフの異変、弱点の変化、テレパシーで送られてくる声、そして……美咲の声に激昂した妖精女王クイーンーニンフ。だめだ、もうひと押し、確信に迫るピースが必要だ。


 俺はもう一度、美咲を検知する。


黒澤美咲 

固有スキル:針千本

その他スキル:早着替え、光の矢、誘惑、メイクアップ、7変化

弱点:打撃


 俺はさらにもう一度彼女に検知スキルをかける。


<スキル:針千本>

効果:針をありとあらゆる場所に出現させることが可能。

種類:麻痺針、毒針、眠り針


「そうか、分かった」


 俺は剣をしまうと大技を終えて隙ができた妖精女王クイーンーニンフの懐に飛び込んだ。すると妖精女王クイーンーニンフは俺を抱きしめる様に腕をクロスさせ、背中にベトっととろけた皮膚が張り付いた。

 後ろの方で千尋と美咲の悲鳴が聞こえたが、俺は無視して妖精女王クイーンーニンフの左胸に腕を突っ込み心臓に突き刺さっている針を引き抜いた。


【ありがとう……】

(復活できるな?)

【循環器に刺さっていた毒針が抜ければ容易いものです】

(よかった)


——生命の息吹


 俺を抱きしめたまま、妖精女王クイーンーニンフはみるみるうちに皮膚を再生させ、毒沼は美しい泉に、白骨は可愛らしい小動物たちに、枯れ果てた草木は命を取り戻した。

 まるでオアシスのような空間はとても美しく、小春日和のような心地よい香りが俺たちを包む。子鹿が跳ね、可愛い動物たちが俺の足元に集まって服をひぱったり体をすり寄せたり……。


 妖精女王クイーンーニンフ

固有スキル:生命の息吹、復活、超再生、治癒(全能力)、不老不死、若返り、真実月光

その他スキル:5大魔法(全)、光闇魔法(全)、召喚、瞬間移動、透明化、全防御、かばう心、誘惑、幻惑、慈悲の心

弱点:猛毒



「フユくん! 大丈夫? これ、何があったの?」

「大丈夫、心配ない」

 千尋が安心してため息をつくと、千尋の少し後ろで美咲がこちらに笑顔を向けている。それはどういう笑顔だ? 


「ありがとう。冒険者よ。私を地獄の苦しみから救ってくれて……真実をみつけたああなたにこのスキル結晶を授けましょう」


 妖精女王クイーンーニンフの声がフロアに響く。完全に再生した妖精女王クイーンーニンフは世にも美しく、初見ではないのに見惚れてしまうほどだった。彼女の胸元から月の光によく似た薄淡色に輝く三日月型の結晶がゆっくり俺の手元に降りてくる。


<スキル結晶:真実の月光>

効果:真実の姿を暴く光 


  妖精女王クイーンーニンフを見上げると、彼女は全てを理解しているかのように優しく微笑むとゆっくりと頷いた。

 数年前に彼女に出会った時は「孤独と向き合いなさい」とテレパシーのスキル結晶をもらったっけ。このように妖精女王クイーンーニンフは自分が認めた冒険者にスキルを与えることがある。


「ねぇ、何のスキル? 私にも見せてよ」


 俺は美咲の方に向き直った。「私も欲しいわ」とシラを切っている彼女を見ると反吐が出そうだ。この女は俺が思っている何十倍も邪悪な女だ。



「美咲……いや、美咲さん。これら全てはあなたの仕業ですね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る