第29話 暴露女 (2)合流編


 青森県南西から秋田県に渡って広がる白神山地には多くのダンジョンが出現している。神聖な森には多くの動植物が生息し、人間が足を踏み入れることを拒んでいる様だった。

 美咲グラムこと黒澤美咲くろさわみさきは獣道に入ってからやっと黒いバケットハットを取るとSNSに掲載されているのと同じ可愛らしい童顔でこちらに微笑んだ。


黒澤美咲

固有スキル:針千本

その他スキル:早着替え、光の矢、誘惑、メイクアップ、7変化


(はっ、整形いらずってか)

 俺はに入らない様に千尋に背を向けてフードとマスクを取ると美咲に挨拶をした。

 俺は変身スキルで無害そうな青年の姿をしているので美咲はなんの疑いもなく俺に「はじめましてフユくん」と握手を求めてくる。俺は苦笑いをして軽く握手をして、千尋の横に移動した。


「フユくん見ましたよ〜、この前の阿修羅様配信。ほんとすごかった〜! 美咲、好きになっちゃうかも〜」

 甘い猫撫で声にゾワゾワとしながら俺は照れたふりをする。

「だめ、フユくんは私の傭兵なんだから」

 千尋は俺の腕をぎゅっとつかむと美咲を牽制する。腕にあたるふくらみにドキドキしながらも俺はどうやって美咲から「ナツキの暴露は捏造なんだよね〜」と言わせるかだけを考えていた。

「2人は付き合ってるの?」

「ううん、付き合ってはない。も、もちろん体の関係とかもないわよ! ビジネスライク! ふふふ!」

 行動と表情と言動が全く一致していない千尋に美咲は苦笑いをしながら足をすすめた。白神山地の森は深く、どこかしらに動物の気配がして少し不気味だ。鬱蒼と茂っている木々のおかげで涼しかったし、南国とは違って毒蛇とかいないのはありがたかった。


 千尋の可愛いJK衣装の胸ポケットにくっつけられている猫のピンは隠しカメラ兼盗聴マイク。念の為、俺もボタン型のものをつけている。そして、この様子はもちろん生配信中である。

 さっきバスの中で俺が美咲のスマホの電池をスキルで減らし、通知がならない様に落としてしまったから彼女は気付くまい。

「千尋ちゃんって何歳?」

「17……美咲ちゃんの一つ年上? かな?」

「えっと、私が16そう」

 ちょっと変なイントネーションだあ、どこか田舎の出身なんだろうか? まあそんなことはどうでもいいか。

「そういえば、配信には向かないけど攻略したいダンジョンってどんな?」

 俺が女子たちのたわいもない話にわって入ると、美咲は

「言いにくいんだけど、妖精女王クイーンーニンフなんだよね」

 それは最悪だ。

 妖精女王クイーンーニンフはその美しさで大人気のボスモンスターだ。そして彼女は心優しく、冒険者たちを傷つけることは決してない。人間に友好的な神獣として知られていて、俺も一度出会ったことがあるが戦うことはしなかった。

 しかし、妖精女王クイーンーニンフの持つスキルはどれも強力なもので一部の心無い冒険者によってスキルガチャの被害にあってしまうこともあるとか……。

「そういえば昔、炎上系のダンジョン配信者がスキルガチャ配信して引退まで追い込まれていた様な……」

 美咲は、スッと真顔になると

「でもさ、仕方ないじゃん。妖精女王クイーンーニンフのレアスキルが欲しいんだもん」

 ついに本性を表したなクソ暴露女め……。俺たちもこっそり配信をしているのでコメントは見られないが大荒れに大荒れだろう。

「レアスキルってなんなの?」

 千尋がそういうと、美咲はニンマリと微笑む。可愛い顔から滲み出るそこ深い欲に俺の背筋にビリビリと鳥肌がたった。

「公表されているレアスキルは<美貌(極)>だけど、これは政府関係者のパパから聞いた話……があるらしいの。それはね、<不老>つまりは老いないってこと。海外のダンジョンでどうやら一回だけドロップしたらしいの」

 政府関係者のパパですか。16歳のJKに極秘情報を教えるパパ。これだけでも十分こいつを地獄に落とす暴露配信ができそうだな。

「で、この前フユくんの阿修羅様帰れません配信をみて、レアスキルのドロップの方法を思いついたってわけ。気がついたのよ、妖精女王クイーンーニンフが裏レアスキルを落とすまで倒してもらう」

「それって、戦う気のないモンスターと戦えってこと?」

 俺の発言に美咲の顔が一瞬歪む。しかし、すぐに笑顔になると

「それがね、このダンジョンにいる妖精女王クイーンーニンフはちょっと気性が荒くて……私だけじゃ倒せないからフユくんにお願いしたかったんだよね」

 

「確かに、妖精女王クイーンーニンフはこちらを攻撃してこないから倒そうと思えば誰でも倒せる。気性が荒いってどんな感じに?」

「うーん、襲ってくるっていうか。普通のモンスターみたいな。さ、ここだよ。階段降りたらすぐにあいつがいるからね……。私と千尋ちゃんは端っこで待機してればいいよね」


 変だ。


【苦シイ、苦シイ】

【助ケテ】

【来ナイデ】


 ダンジョンに足を踏み入れると、俺の脳の中に直接声が響いた。千尋や美咲には聴こえていないのか2人はゆっくりと階段を降りていく。


【苦シイ、痛イ】

(聞こえるか、お前は誰だ)


 俺はスキル<テレパシー>を展開して声の主に話しかける。俺の心の声を聞いたのか、さっきまでひっきりなしに「苦しい」と嘆いていた声が止まる。


【助ケテ、助ケテ】

(わかった、助けてやるからどうすればいいのか教えてくれ)

 

 

「もちろん、お金は払うよ」

「インフルエンサーって稼げるの?」

「うーん、まぁね」

 美咲は千尋とすっかり打ち解けたのか悪い顔で微笑むと

「実は、まとまったお金をもらったんだよね〜。ほら、ナツキダンジョンの暴露でいろんなメディアに情報売ったから」

 千尋が慎重に話しを聞き出していく。

「でも、そういうのって心の傷抉られなかった……? 美咲ちゃん怖い思いしたんでしょう?」

 美咲はフッと笑うと


「アレ、嘘なんだよね〜。男は似てる子を雇ってラインはぜーんぶ捏造! 本当はナツキダンジョンが言い返してきたり他の証拠出してきたら終わりだったんだけど、もし失敗しても私の名前は売れるでしょ? 勝っても負けても私は名前を売れるウィンウィンな感じだったんだよねぇ〜」

「えっ、じゃあナツキダンジョンに襲われてないってこと?」

「あったりまえじゃん。そもそも会ったこともないよ? でも千尋ちゃんたちも私のおかげでライバル配信者が減ったんだし感謝してよねっ!」


 千尋はフッとため息をつくとさっきまでの笑顔をやめて美咲から離れた。そう、俺たちの目的はもう達成したのだ。


「フユくん、帰ろ。妖精女王クイーンーニンフを倒すなんて可哀想だし。こんな女に協力することないよ。私、戦いの意志がない妖精女王クイーンーニンフをスキルガチャするなんて嫌」

「千尋ちゃん? だって不老だよ? 老けないんだよ? 大丈夫、バレないって」


 俺はこの美咲グラムの後々の破滅確定はどうでもいいとして、さっきから脳に響いてくる声が気になっていた。


【助ケテ、苦シイ、怖イ】

(お前は誰だ? 助けてやるから教えてくれ)


 返答はない。

 でも、下層に近づくたびに嫌な空気が濃くなっている。妖精女王クイーンーニンフのダンジョンはもっと花が咲き乱れ、蝶が舞い、小動物たちが幸せそうに暮らしている。そんな場所になっているはずだ。

 でも、ここはどうだ?

 まるで毒沼の中に沈んでいる様な虫1匹いない様な重々しい空間、草木は枯れ果てドロドロに溶けてしまっている。


「千尋、いくぞ。その前にマリコさんに連絡しておけ」


 俺の言葉にパッと笑顔になったのは美咲だった。彼女は俺が鼻の下を伸ばしてそうしていると思っているらしい。千尋を押し退けて俺にくっつくと、猫撫で声で「フユくんありがと」と甘えてくる。反吐が出るほど気持ちが悪かったが、後々こいつは大炎上して2度とインフルエンサーとして復帰できなくなると思って我慢した。


「マリコさんって誰?」

「あぁ、今回は危険な戦いになるかも知れないから保護者の人だよ」


 大嘘であるが、この嘘で千尋は何かを察したようだ。「わかった」と返事をすると経堂刑事にメッセージを送信した。


「千尋、続行だ」

「え? どうして?」

「多分、奥にいるのは妖精女王クイーンーニンフじゃない。もっとやばいのがいる」

 これも嘘だ。

 でも、嘘をついてでもこの先に進むべきだと思ったのだ。多分、この美咲グラムとかいう女はただの暴露女じゃない。もっと、俺たちが想像するよりもずっとやばい女かも知れない。



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