3章 勇者の村 編

第17話 勇者の村(1)


 俺たちはなんで最初からこれを利用しなかったんだ!

 と叫びたくなるくらいの自由に俺と千尋は心が躍っていた。青い海、サラサラな白い砂浜、近くの船着場にはクルーズ船。ここは誰もいない……いわゆる無人島である。

「千尋〜、沖に出るなよ〜死ぬぞ〜」

 千尋は可愛らしい青いビキニ姿で海に入って行った。俺はチャーターしたクルーズ船を降りて、レンタルしたBBQセットを砂浜に広げる。風に吹き飛ばされない様にちゃんと杭をうちこんで、日差しを完全ガードできる大きなパラソルを設置する。海外なんかでよく使われる様なBBQセットをやっとのことで船着場から運んでくると、魔法で炭に火をつけた。

 クーラーボックスの中には高級な肉や野菜、魚介類。無数にある無人島を所有する企業が行っている「無人島貸出サービス」なんていう便利なものがこの世には存在するのだ。


 1泊500万円。ちなみにこれは千尋のチャンネルの収益化ができたお祝いである。


 BBQ用の串に刺した大きな肉と色とりどりの野菜を網の上に置いていく。アルミの深皿にはバターと貝類が入っていたし、イカやホタテも網の上に乗せる。一旦の味付けは塩胡椒でいいか。輪切りの玉ねぎや薄切りカボチャに焦げ目が着き始めるころ、浮き輪で気持ちよさそうに日光浴をしていた千尋に声をかけた。

「夏樹くんは海はいらないの?」

「うーん、食ったら入ろうかな」

 千尋はびしょびしょの体をハンドタオルで拭きながら不満そうな顔をする。俺はつくづく思う。どうして女性は下着と水着はほとんど変わらないのに、水着だとこんなにも堂々としているんだろうか。

 千尋は着痩せするタイプだったんだな……もう少し露出度の高い衣装ならもっと登録者が増えるんじゃないか……? サ胸詐欺でもしてみるか。

「ちょっと〜? ジロジロみないでよね〜」

 とかわいらしく俺を睨むと置いてあった白いラッシュガードを羽織ってクーラーボックスの中を覗き込んだ。

「あ〜、マヨネーズ入れてって言ったのにあのオーナーさん忘れてるじゃん」

(それは俺は抜いたんだわ)

 亡くなった千尋のおばあさんはあんなに料理がうまかったのに……なんでこの女はバカ舌なんだか。

「海鮮と肉どっちがいい?」

「え〜お肉!」

「タレは?」

「焼肉のタレ!」

 千尋のオーダーに合わせて皿に焼肉のたれを出して渡す。千尋と自分の分の串を取り分けて、次に食べる分は炭の少ない端っこに避けてからテーブルの方へ移動する。なんだっけ、肉や魚に焦げ目がつくと美味しく感じる……あぁそうだメイラード反応。BBQの醍醐味はこの少し焦げた箇所と炭の香りのついた家では絶対に食べられない肉……!

 無論、味付けは塩胡椒だろうが!

 さすが高級肉だけあって最高にうまい。ジューシーな肉汁と炭の香り、噛みごたえのある赤身にしてよかった。岩塩と黒胡椒が肉の旨さを引きたてて、米がなくてもどんどん進む。肉の間に挟まっている玉ねぎやパプリカの爽やかな甘さが良い口直しになる。

 目の前にあるのは最高のロケーション。誰もない砂浜、誰もいない海。潮の爽やかな風が優しく体を撫でて自然と一体化できるような……。


「そうだ、夏樹くん。いくつか正義のアマミヤについてDMが来てたんだよね」

「ん?」

「なんか、ちょっと厄介っぽいよ。あいつ」

 千尋はイカを食いちぎってもぐもぐしながら言った。マヨネーズがなくて不満そうだが、焦がし醤油のイカは美味いらしくて機嫌が良い。

「厄介ってそんなん最初からわかってることだろう?」

「ううん、それがね。相談のDMで来たの」


<正義のアマミヤっていう暴露配信者の件です。僕の彼女は彼に取られました。彼のファンミーティングに行った日から彼女の様子がおかしくなって、突然フられて……>

<正義のアマミヤという配信者に妻が心頭して困っています。彼の握手会に行ってから妻に離婚を切り出されました>

<正義のアマミヤに編集者を奪われました。俺の兄であいつのことを嫌っていたはずなのに突然会いに行くといって帰ってこなくなりました>



<千尋さん、フユくん。もしも、アマミヤとコラボするなどあれば真相を暴いてほしいです。聖女クリスタルの謎を暴いた貴方たちならあいつのことも……>



「確かに死ぬほど胡散臭いけどさ、まぁこう言うのって配信者あるあるじゃないか?」

 千尋は口の端っこに焼肉のタレをつけたまま首を傾げる。

「とにかく配信者ってのはモテるんだよ」

「じゃあ、この編集者の件は?」

「単純に優秀な編集者を金で釣ったんだろ」

 有名であればあるほど異性にはモテるし、編集者やマネージャーなど金を積めばいくらだって引き抜くことはできる。そして、アマミヤは「正義」の名の下に狂信的な信者リスナーを多く抱えている。

「でも千尋はなんでこのDMを見て厄介だと思ったんだ?」

 千尋はうーんと考え込んでパクッと焼いたホタテを食った。

「なんか、勘。でもさ、こんなにハイペースに暴露なんて集まるもん? 夏樹くんの後も有名な配信者が餌食になってるわけじゃん? そもそも夏樹くんのだって完全に捏造だったんでしょ?」

 俺の場合は完全に捏造だった。捏造だから反応しなくて良いと思って放置してたら話がどんどん大きくなって通報が膨らんでBANされたんだった。

「まぁな」

「でもさ、捏造じゃないっぽいものとかもあるじゃん? 例えば、彼女が暴力を振るわれた〜とかそういうの。でも聞いてみるとカップルの痴話喧嘩だったりなんかさ〜、わざわざ喧嘩させてから暴露してるんじゃないかって」

「ハニートラップってこと?」

「そうそう、それが言いたかったんだよね」

「つまり、千尋は何が言いたいんだ?」

 千尋は肉をごくっと飲み込んでからドヤ顔でこう言った。


「夏樹くんの暴露配信のあと、旨味を知ったアマミヤは次々に有名配信者にはにトラップを仕掛けている!」


 謎解き名探偵か! と突っ込みたくなる気持ちを抑えて俺は苦笑いで答えた。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもな〜。さ、追加の肉焼くか」


 と立ち上がった時、千尋のスマホが鳴った。


「あっ、経堂刑事だ」

「おい、俺たち休暇中だぞ?」

「もしもーし、あっマリコさん?」

 こいつら、いつの間に下の名前で呼ぶほど仲良くなったんだ? 

「はい、えっ……気になります!」

 千尋はちらっとこちらをみるとイタズラっぽく笑った。

「じゃあ、それはダンジョン配信してもいいんですよね? 明日、向かいます!」

 

 彼女はスマホをタップして電話を切るとウッキウキの表情で


「夏樹くん、めっちゃ面白そうな案件! 絶対、バズるよ!」

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