秘めたる思いと花の表裏

夏みかん

3月13日の金曜日


私は彼女を亡くしてしまった。

私の彼女はとても美人で、輝くほどの色白で、底抜けに明るくて。私とは真反対のようであり、不釣り合いなほどであった。

だが、そんな彼女が愛おしくてたまらなかった。

そんな幸せな時間が、一瞬にして崩れてしまった。


彼女とは、順風満帆な生活を送れていた。


そう思っていたのは私だけだったのだろうか。


彼女の死因は癌だった。

私は後悔した。何故彼女の病気に気づけなかったんだとも絶望した。

彼女からは何も聞かされていなかった。彼女のことだから「心配をかけてほしくなかった」とでも、生きていたら私に告げていたのだろうか。言ってくれれば何度でも検査に着いていくし、治る可能性があるならばどこまでも着いていくぐらいはできただろうに。

だが、それよりも彼女の病気に

気づけなかったことの方が

ショックだった。

もう、何も考えられない。


生活は今までと一変してしまった。

いつもなら彼女と一緒に食べていたご飯も一人で食べると、味を感じられなかった。今まで生活に組み込まれていた、

彼女がいなくなると、

なんだか置いていかれたような気がした。

次第に、

生活がまともにできていない状態になっていた


そんな私でも、唯一欠かさないことがあった。それは、彼女への花の手向けだ。

花を供えるとなんだか

彼女に近づけたような気がして、


届かない声が、聞こえてくるような気がして。


それだけが私の唯一の楽しみであった。雨の日でも、風の日でも、多くの花を供える、そうすれば、彼女も寂しさを忘れて、楽しい気分になってくれるだろうと思ったから、何度も何度も花屋に行っては、花を買っていた。


ある日、花屋に行き、いつものように直感で花を買おうと思った。


そのときだった。


私の目に、とある一つの花が飛び込んできた。それは、白色のキンセンカであった。そのキンセンカの輝かしいような白色、そしてその花の持つ美しさにどこか彼女を思い浮かべてしまった。「諦めないで」、「元気を出して」となんだか励まされていて、背中を押されているような気分になって、彼女と過ごした日々が甦ってきた。花屋にいるにも関わらず、自然と涙を溢してしまった。


それから、彼女への手向けの花はキンセンカ一輪がいいなと思うようになった。前までは人を頼ってほしい、相談をしてほしいという思いと、周りにはたくさんの支えてくれる人がいる、と言うことを伝えたかった、それも理由の一部にすぎないが、彼女の周りに添える花は多いほど映えると思っていた。


今は違う。

キンセンカを見ていると、昔の彼女を思い出す。

彼女は強い人だった。

だから周りに埋もれず、

堂々とした一輪のほうが映える。

そう思った。

だから私は一輪のキンセンカを買った。


キンセンカを彼女の墓に供える。

古い墓や錆びている墓もある中で、一際目立つ新しい彼女の墓。

そこに咲いた一輪の白い花は言葉に表せないほどに綺麗であった。

やはり、似合っている。


それから、

私には新たに心の拠り所ができた。

もちろん、キンセンカだ。

第二の彼女、と言ってしまえば彼女に失礼だが、この白くて綺麗な花がある限り、私の心は晴れて彼女の分まで頑張ろうという前向きな気持ちになれた。なんだか、彼女がもっとそばにいてくれる。それは全部キンセンカのおかげであった。


その一方で、彼女の思いを根付かせてしまっているのではないか。


そんな思いも募らせていた。


次に墓に行った時、

キンセンカがしおれてしまっていた。

そのとき、私はこう思った。


【彼女が死んでしまう】と。

キンセンカを枯らせたくない。

これは勝手な私の考えだが、

枯らせてしまったら、

彼女に顔向けができなくなる。


彼女の目の前で、同じ結末を

起こさせたくなかった。


彼女に手を差し伸べることのできるチャンスなのだ。


【次こそ死なせてなるものか】


その思い一心だけだった。


しかし、キンセンカにも寿命がある。いつかは枯れてしまう。

そんなことは分かっていた。

しかし、目の前の彼女の命を救う。

今度は長生きさせてやりたいと思った。



ついにキンセンカは、枯れてしまった。

普通に考えれば、よくここまで長持ちしたなと言われるほどに、形を保っていただろう。

しかし、私の心には枯れてしまったその瞬間から、穴が空いたような、空虚な気持ちになってしまっていた。


もう、キンセンカだけが

心の支えでしかなかった。


いつの日か、自分では何も考えていないのに、無意識のうちに何度も何度も花屋に訪れて、何度も何度も彼女のようなキンセンカを買って墓に供える。

それは、

キンセンカが枯れる前、彼女の命の灯火が消えてしまうかもしれない時に。


今は16本目、17本目。

だんだんと本数が増えてゆく。


【キンセンカを添えないといけない】

もはや、彼女に対しては何も感じず、

キンセンカを添えるのも、ただただ作業をしているだけのようになっていた。


そして今、18本目の花を17本目の枯れる前のキンセンカと交換した。


その頃には、彼女に対しての

愛は微塵もなかった。

残っていたのは

現実を受け入れられない、

彼女とは真反対の弱い私が

死んでしまったという思いから

精一杯目を逸らして逃げている。

そんな偽りの愛だった。


彼女ではなく、彼女の皮を被ったキンセンカに魅入られていた。

それで納得して、キンセンカに依存をしてしまった。


キンセンカは、白く綺麗で彼女と似ていた。

自分を絶望の淵から救い出してくれた。

その様子はまるで私の彼女と

瓜二つだった。私の瞳はそこに

彼女を移してしまった。

自然と『彼女のようななにか』を

受け入れてしまっていた。


【私は彼女に寄り添えていなかった】


17本目の、枯れて醜い姿になった

キンセンカを見ながら

私は絶望した。


私に枯れたキンセンカが

語りかけてきた。


なんとなく、そんな気がした。


愛の形を間違えた私を嘲笑うかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秘めたる思いと花の表裏 夏みかん @natsuodayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る