第十一話 奉仕活動 3

 回復魔法によって、シンシアを救うことができた。

 これは過去に戻った私にとっては大きな一歩だと思っている。

 未来では出会っていない、シンシアを救うことは未来を変える第一歩になる。


 もしかしたら、私が出会っていない女性で、他にも困っている女性を助けることで未来を変えることができるかもしれない。


「えっ? 孤児院に行きたいですか?」

「ああ。王都にいくつかあったよな?」

「もちろんありますよ。やっぱり小さい子が好みなのかしら?」

「えっ? 何か言った?」

「いえ、マクシム様のご自由になさってください。ただ、孤児院があるのは貧民街ですので、護衛は付けさせていただきます」

「うん。よろしくね」

「はっ!」


 シンシアのことからある一つの大きな事件を思い出すことができた。

 サファイアと買い物に出て、シンシアの家に行くなどの外出を経験したことで、外に出ることもそれほど苦にならなくなった。

 ただ、男性というだけで、護衛は必要になるのは面倒だ。

 もっと、男性が動きやすい世の中にしたい。


「マクシム様、護衛をさせていただきます」

「ベラ隊長。わざわざ騎士隊長が来てくれなくても大丈夫じゃない?」

「いえ、貧民街はそこまで甘くはございません。あそこは終末を迎えた世界のように荒んでおります」


 終末を迎えた世界ってなんなんだろう? この国は終末を迎えたことはないと思うよ。イメージができないけど、とにかく言ってみればわかるかな?


「ヒャッハー! 金を出せ!」

「男! ヒャッ! 男がいるなんて! 聞いてないよ! 襲ってもいいですか?」


 貧民街に入って馬車を降りた私を出迎えたのは、荒んだ人々によって出迎えだった。

 建物はボロボロで、窓もないヒビ割れた家が建ち、食事もしていないのか、ガリガリに痩せた少女が地面に倒れている。


 元気に叫び声をあげている者たちも、容姿はいいが服装はメチャクチャでどこかで拾ってきたことが伺える。


「下郎ども! 下がれ!」


 ベラ隊長の怒声が響き、騎士達が群がる亡者たちを払いのける。

 かつての私はこのような人々を見たことがなかった。

 だが、この臭いは懐かしく感じる。


 牢屋で過ごした数ヶ月間。

 お風呂にも入ることができなくて、獣に近い人間の匂いを私自身から嗅いだことがある。


「くっ! なんて臭いだ! マクシム様、こんな場所にいてはいけません。ここにいるだけで病気になってしまいます」


 数年後、王国には疫病が襲う事件が起きる。


 その原因は貧民街から生まれた病原菌だと言われていた。

 

 これだけの不摂生な環境を放置している王国の責任ということになる。

 だが、王国の領地には貧民街や、奴隷区といった格差がどこにでも存在する。


 男性や領地を取り合うように他国との戦争があり、どこの国も衛生管理や領地運営に力を注ぎ切れていないのが原因だ。

 

「ベラ隊長」

「はっ!」

「黙れ」

「えっ?」


 私はかつての自分を思い出して少しだけ過去の自分がしていた態度をとってしまう。彼女たちもなりたくてなったわけじゃない。それを思い出すと怒りが湧いてきた。


 私が牢屋に入れられる前に、王国で起きた流行り病を自国の領地でやり過ごしていた。


「エリアヒール。エリアクリーン。エリアリラックス」


 何の足しにもならない。そんなことはわかっているけど、私は自らの魔力を使ってこの場にいる者たちの怪我を治して、汚れを落とす。

 最後に気持ちを落ち着けさせる魔法をかけた。


「行くぞ」

「はっ!」


 私に黙れと言われたベラは、返事以外は言葉を発することをやめた。

 私の魔法を浴びた人々は呆然として、大人しく見送ってくれた。


 孤児院に入った私はあまりにキツイ異臭に顔を顰める騎士たちを無視して奥へと進んだ。


「だっ! 誰です! 男!?」

「あなたがここの責任者か?」


 シスターの服を着た老婆が驚いた顔を見せる。


「そっ、そうです」


 青白い顔をしたシスターの足元に虚な目をした子供が五人ほどいる。


「今までご苦労様でした」

「えっ?」

「ここにいる子供たちを私がもらい受ける」

「それはどういう?」

「ベラ!」

「はっ!」

「子供たちを屋敷へ」

「はい!」


 私は命令をして子供たちを孤児院から連れ出した。


 慌てるシスターは子供たちを捕まえようとするが、痩せ細ったシスターでは鍛えられた騎士の力には敵わない。


「ここにいては子供たちが死にます。だから、私が面倒を見ます。それとこれまでのあなたの働きに対しての給金です」


 私は金貨の束を渡した。


「えっ?」

「子供たちが元気になれば、この孤児院に返してもいいと思います。それまであなたがここにいればですが、あなたが自由を求めるのであれば自由にしなさい」

「あっあっああァァっぁ」


 泣き崩れるシスターに、私はそれ以上言葉をかけることなく離れた。


 その後、三つの孤児院を回って、20名ほどの孤児たちを屋敷へと連れて帰った。


「ベラ、子供たちをお風呂に入れるから伝えておいて」

「…………マクシム様、何をなさるつもりなのか、教えてはいただけませんか? 私が気に触ることをしたならば謝ります」


 先ほど怒りをぶつけてしまったことで、ベラ隊長が意気消沈していた。


「いいや、ベラ隊長の言葉は間違っていない。だけど、どうすることもできない相手に言う言葉じゃない。そう思っただけだ」

「軽率な発言をしました。すみません」

「私に謝ることでもない。ただ、少しだけ腹が立っただけだ」

「お許しください」


 いつも強気でかっこいいベラ隊長にしては、珍しくしおらしい態度を見せる。

 私は彼女の姿に深々とため息を吐いた。


「わかってくれればいいさ」

「ありがとうございます。マクシム様の行動に協力をさせてください。孤児たちをお風呂に入れるなら私たち騎士が入れます」


 ベラ隊長の後で本日の護衛をしてくれた騎士たちは私を見て、同じ気持ちであることを告げてくる。


「それは助かる。よろしく頼むよ」

「はっ!」


 私は騎士たちに孤児を預けて、母上様の元へ向かった。


「失礼します。母上」

「あら、マクシムどうしたの?」

「お願いがあって参りました。お話を聞いてくれますか?」

「ええ、どんな話かしら?」

「子供たちを教育する、施設を作らせてください」

「はい?」

「すでに根付いた思想を変えることは難しいと思っています。ですから、幼い子たちから男性になれさせて、教育をします」


 私は男性が少しでも普通に街を歩けるように幼い子達を集めて教育をすることを思いついた。


「何をするのかわからないけど、あなたの好きにしなさい」

「ありがとうございます」


 未来を知るからこそ、未来に起きる悲劇を少しでも減らしたい。

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