第七話 刺繍のプレゼント

 刺繍セットが届いた。


 この世界で花婿修行といえば、刺繍、楽器、ダンス、語学、教養、礼儀作法を指す。上流貴族の花婿として正室になるのであれば、これぐらいはできて当たり前なのだ。

 それも女王陛下の花婿になるのであれば、出来なければ恥になる。


「マクシム様は刺繍ができたのですね!」


 届けられた刺繍セット。

 まずは、シルクのハンカチに花を模った刺繍を施していく。


「ああ、ずっと興味があって図書室でやりたいとやり方を学んでいたんだ」

「そうだったのですか? では、やるのは初めてですか?」

「そうなるな(過去に戻っては初めてだ)。幼き頃は、サファイアと同じく体を動かしている方が好きだった」

「そうでしたね」


 軍を預かる大将軍家の人間として、己を鍛えることは大切だと思っていた。

 だが、女性たちの成長速度に、男である私はついていくことができなかった。

 にはなれるが、最後の詰めでどうしても負けてしまう。


「これはアルファにプレゼントだ」

「えっ! 私に頂けるのですか? マクシム様が初めて作ったハンカチを? いっ、頂けません。サファイア様や侯爵様を差し置いてなど!」

「心配するな。サファイアの分も、母上の分も作るつもりだから。これは練習だからな。もらってくれ」

「練習。そっそれでしたら。でも、マクシム様の初めての作品」


 アルファは抱きしめるようにハンカチを胸に当てて喜んでくれた。


「母上たちとは、花の形や色合いを変えるつもりだから、それはアルファの唯一無二の物だ」


 アルファのハンカチには彼女の瞳と同じ、赤をイメージしてバラの花を描いた。刺繍は自信があるので、久しぶりにやっても上手くできたと思う。


「唯一無二! ありがとうございます」


 涙まで浮かべてくれて、喜んでくれているのかな?

 これからはヴィ以外にも、アルファとももっと仲良くなりたいな。


「夕食の時にサファイアと母上にはお渡しつもりだ」

「それはようございます。お二人とも喜ばれると思いますよ」


 夕食までに二枚のハンカチを完成させて食堂へ向かった。


 侯爵家は、母上とサファイアの他に祖母がいる。

 祖母は、元帥を務めた方で、現在は引退されて地方の遠征を監督する役目をしておられる。

 

 そのため邸には、母上とサファイア、私を含めた三人だけだ。


「母上、お待たせしました」

「良いのですよ。マクシム、体調はもう良いのですか?」


 優しく笑いかけてくれる母上は、大将軍とは思えない雰囲気の持ち主だ。

 三十を超えて、美しさに磨きがかかっている。

 サファイアの将来と、やはり似ているように思える。


 だが、戦闘になれば誰にも負けない強さがあり、何度か模擬戦をしてもらったことがあるが、剣聖の名を冠する母上に勝てたことはない。


「はい、もう大丈夫です。むしろ、元気になったので暇になり、こんな物を作ってしまいました。どうぞ、母上。それとサファイアにも」


 母上には、真っ青な花の刺繍を。

 サファイアには、青と緑を織り交ぜた刺繍をプレゼントした。


「うわ〜! すごく綺麗ですね! 兄様、ありがとうございます! 宝物にします」

「そんな大袈裟な物ではないよ。汚れたならまた作ってあげるから、使ってくれ」


 サファイアは素直なので、喜びを伝えてくれる。


「ふふ、ありがとうマクシム。でも、あなたは刺繍ができたのね」

「はい。そろそろ私も成人を迎えて良い歳になりました。花婿修行を始めようと思ったのです」

「なっ!」

「ダメ〜! 兄様は、私の花婿さんになるんだから」

「はは、サファイア。僕らは兄妹だから、最終手段だよ」


 私に貰い手がなければ妹にもらってもらうことも、男性が少ないせいでありではある。だが、流石に家族に嫁ぐのは最終手段と言われている。


「でも、サファイアの言うことは一理あるわ。まだそんなこと考えなくてもいいのよ」


 おっとりとした雰囲気を出す母上は、サファイアの言葉に賛同してあわあわしておられる。


「私も将来のことを考えなければいけないと思っているのです」

「ぶ〜ぶ〜」


 サファイアがブーイングを飛ばしてくる。

 侯爵家の令嬢とは思えない所業に私は笑ってしまう。


「サファイア、ダメだぞ。そんなことをしては」

「にっ、兄様が笑った!!!!」

「マクシム!!!!」


 そういえばアルファにも笑うのは気をつけろと言われていたな。

 二人は家族だから問題ないだろう? と思っていたら、サファイアの横で給仕をしていたヴィが鼻血を出して倒れた。


「ヴィ! 大丈夫か?」

「あわわわ、ヴィが兄様の魅力の魔法で!」

「あれは破壊力がヤバかったわね」

「二人ともふざけてないで」


 私はヴィを楽な姿勢を取らせてやり、拭く物を用意してもらった。


「ヴィ、君のために編んだハンカチだが、血を抑えるために使うぞ」

「絶対にダメ! ヒール!」

「えっ?」


 あれほど出ていた鼻血が止まって、ヴィが立ち上がる。

 回復魔法は神官しか使えないんじゃないのか? 魔法師は使えないんじゃ?


「大丈夫なのか?」

「平気、それよりも」

 

 ヴィが手を差し出した。

 

 私はヴィの手にハンカチを渡す。

 白と黄色をイメージした花を刺繍してある。


「嬉しい」


 ヴィの体調が戻ったならよかったけど、凄い力を見せられた。

 やっぱり魔法の天才なんだな。

 鼻血が一瞬で治ってしまった。


 最後の五枚目は、騎士団長ベラに渡した。

 紫の花を刺繍してプレゼントした。


 無表情ではあったが、私が立ち去る際に小さくガッツポーズをしていたから、喜んでくれたのだろう。


 過去に私を大切にしてくれた五人のことは、私も大切にしたい。


 ささやかではあるが、これは彼女たちに対する私が自分で作ることができる唯一のお礼の品なのだ。

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