第二話 走馬灯?

 死ぬ寸前に人は走馬灯を見る。

 

「走馬灯のように過去の出来事が頭の中を駆け巡るというから、これは過去か?」

 

 首が飛んで、涙を流すサファイアの姿を見た。

 ふと、幼いサファイアの姿が重なる。


「兄様! 起きられたのですね!」

「えっ?」


 走馬灯は、ここまでリアルなのだろうか? 死とは夢の中へ入り込むことなのか?


「私は心配で、心配で、夜も眠れませんでした!」


 瞳は赤く、涙を浮かべる顔はクマができていた。

 青いに近い紺色の髪は、私を処刑した時よりも短く。

 ベッドに上半身を預ける姿勢から見える体は成長が見られない。


 私を見つめる顔は、本当に心配してくれていることが伝わってくる。


 そういえば、私が13歳ぐらいの頃に高熱を出して倒れたことがあった。

 同じ歳のアルファが看病をしてくれて、サファイアは11歳だったはずだ。

 幼さを残す顔は、もう10年も前の話だ。


 大将軍になるために厳しい訓練に明け暮れながらも、女性らしく成長する彼女の姿は私に取って眩しかった。


「マクシム様! 目が覚められたのですね!」


 いつもは冷静で顔に出さないアルファが慌てた表情をしている。

 褐色の肌に黒髪は短く切り揃えている。

 エキゾチックな美しさは神秘的で、短めのスカートのメイド服が彼女によく似合っていた。

 年齢は私と同じで、私にとっては唯一の理解者だった。


「……」

「ふふ、相変わらずですね。マクシム様」


 無言でいる私を見てアルファが笑う。


 この頃の私は女王陛下以外の女性を蔑み、下に見た態度をとっていた。

 返事などすることなく、甲斐甲斐しく接してくれる二人に対しても冷たく不機嫌に接していた。

 昔と同じ優しい笑み浮かべたアルファ、その笑顔が私にだけ見せていたことを知ったのは彼女を失った後だった。


 彼女は、私がナルシスに対する嫌がらせをしたいと言えば、全ての悪事を実行してくれた。

 そして、悪事がバレた時。

 彼女は私の代わりに犯行を名乗り出た。


「全て私が行いました。マクシム様にとって、聖男ナルシスが邪魔な存在だと思ったのです」


 毅然とした態度で犯行を名乗り出た彼女は、裏ではナルシスに仲間になるように言われていたのだろう。

 仲間にならなかったアルファはナルシスによって殺されてしまった。

 あの頃の私は彼女のことを駒の一つぐらいにしか思っていなくて、最低な人間だった。


 彼女が死に、私の周りには味方がいなくなった。

 次第に追い詰められ、ナルシスの罠にハマって処刑されてしまう。

 私は最後までナルシスの本質を見抜くことができないまま死を迎えた。


 奴を呪ってやりたい。この手で殺してやりたい。


 だが、死んでしまった私に今更何ができよう。

 むしろ、私から女王陛下を奪った者として嫉妬をした私自身がバカだったのだ。


 この状況が死ぬ前の夢幻であるならば、大切な二人を守れる私でありたかった。

 初めて体を重ねるならば、この二人を相手に捧げたかった。


 だから、この夢が終わって死を迎える前に伝えておきたい。


 少しばかり強引に二人を抱きしめた。



「君たちを愛しているよ。サファイア、アルファ」



 私の首を飛ばして、涙を流すサファイア。

 胸が締め付けられる思いだった。

 傷つけてしまってすまない。


 アルファ、ありがとう。

 君ほどの忠臣を私は知らない。

 君に報いられる主人ではなくてすまない。


「本当に愛しているんだ」


 そういって、私は二人にキスをする。

 

 二人は私の奇怪な行動に驚き、続いて顔を真っ赤にした。

 ふふ、夢の中でもこのような反応をとってくれるのは嬉しいものだ。


 死ぬ前の私はこんな簡単なことも言えないつまらない人間だった。

 素直に愛していると言えばよかった。

 君たちと愛し合いたかったと言えばよかった。



 もう思い残すことはない。



 大切な二人に気持ちを伝えられた。


 この幸福を喜ぼう。


 そして、唯一愛していた女性である女王陛下。

 あなたの恋を応援します。

 権力が欲しいだけの醜いナルシスと、女王陛下が幸せになるのであればそれでいい。


「にっ、兄様!!!」

「マクシム様!!!」


 顔を真っ赤にして、サファイアが鼻血を出して私の名前を呼ぶ。

 アルファも、驚き唇に自分の指を当てる。

 二人から驚いた声がする。

 

 夢ならば、最後に彼女たちの笑顔を見て天に昇りたい。

 いや、私は天になど昇ることは不可能だろう。

 多くの家臣たちを死に追いやってしまった。

 今更後悔しても遅い。


 冥界に堕ちて、彼女たちに二度と会えぬだろうな。

 

 ならば、この時を大切にしたい。


 私の記憶がある最後の時なのだから……。


 ……。

 …………。

 …………………。


「うん?」


 もう一度二人を抱きしめた。

 だが、走馬灯は終わることなく、二人は顔を真っ赤にしたまま私に抱きしめられ続けていた。


 どういうことだ?


「コホンッ! いきなり、こんなことをしてしまってすまない。だが、これが私の本心だ」


 なんだか、あまりにも長くなってしまったので、咳払いをして誤魔化した。

 

 二人を離した。少しばかり照れくさい。


「兄様! 兄様!! 兄様!!! 私も愛しております!!!」


 サファイアは、私が抱きしめるのをやめるとすぐに抱きついてきた。

 ベッドに座っているので頭を撫でてやる。


「ありがとうございます。マクシム様。わっ、私もマクシム様を愛しております」


 顔を真っ赤にして恥ずかしそうな姿を見せるアルファの姿は美しい。


「二人ともありがとう」


 二人からは、まだ私の体調が悪いと判断されてしまった。

 もう少し寝たほうが良いと、促されるままに目を閉じて最後の時を迎えよう。

 

 いつの間にか寝てしまい。


 次に目が覚めると……。

 ここが夢なのか、現実なのかわからないが、走馬灯は続いていた。


 十年前の世界。


 首を触れば生々しい記憶が思い出される。


「私は処刑されたはずだが?」


 立ち上がって窓際に立てば、13歳頃の姿が映し出されている。

 部屋の中を見渡せば、見慣れた自分の部屋の中が広がり、一つ一つが懐かしい物ばかりだ。


「どうなっているのだろうか? まさか、もう一度同じ時を生きられる?」


 もしも過去に戻ってきたとしたら何がしたいだろうか?

 私は自分の行いを改めたい。


 かつての私は女王陛下を一途に愛していた。

 全ては女王陛下のために過ごす日々。

 ナルシスの言葉で、そう思っていたことが間違いだと気づくことができた。

 

 女王陛下から愛されることをやめよう。

 優しく接してくれた家族がいる。

 他にも、私に優しくしてくれた女性たちがいたはずだ。


 そんな彼女たちに冷たく接するのではなく、彼女たちに報いる私になりたい。

 彼女たちに優しく接して、大切なサファイアとアルファを守れる男になりたい。


 これは私の誓いだ。

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