悪姫の後宮華演

甲斐田 紫乃/富士見L文庫

プロローグ


 桃の花弁が舞い散る中、深くこうべを垂れる年若い女は、あたかも幽鬼のようだった。


「……ご機嫌麗しゅうございます、殿下」


 声は低く、肌は雪のごとく白く、作り物のように整った顔にたたえる笑みはどこまでも冷たい。細身を包む衣はしょうしゃで華美でありながら、夜闇を溶かし込んだような黒と、血に似た赤色で染め上げられている。

 昼の光の下でなお闇を感じさせる、周囲の心胆を寒からしめるその姿――


れい 、御前にまかり越しました」


 彼女こそは『胡家のあっ 』、胡令花。対する相手はりんこくの皇太子たるそんはくれん

 まばゆき陽光を思わせる美青年とうたわれる伯蓮は、薄茶色の髪を春風になびかせながら、泰然と令花の挨拶を聞き終えた。

 そして、ほんのわずかに首をかしげると――動きに合わせ、耳飾りが金色にきらめいた――静かに口を開く。その声音は明朗だった。


「よく来たな、胡家の令嬢。お前に下知がある」


 伯蓮の言葉は、厳粛な響きをもって大気を揺らした。

 二人きりのとうえんで下される命令とは、すなわち密命である。

 しかし『悪姫』はじんも動じず、ただ優雅に面を伏せたまま、こう応じた。


「尊い方の仰せなれば、なんなりと」


 いんぎんに次の言を待つ姿を見て、よしとしたのか、あるいは別の理由か。

 それまで穏やかに微笑ほほえんでいた伯蓮の口元が、ふと怪しくゆがむ。

 次いで彼は密命を告げた。

 さも、当然のことのように。


「胡令花。我がきさき、そして我が弟になれ、、、、


 ――えっ。今、なんて……?


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