不思議19 権利と告白

「見っけた」


「……」


 シャーリーは意外にあっさりと見つかった。


 シャーリーは体力が無いのであまり遠くには行ってないのが分かっていたので、近くの茂みを探したら簡単に見つかった。


「逃げないの」


 俺が茂みに入ろうとしたら、立ち上がって逃げようとしたのでシャーリーの手を握ってそれを止める。


「逃げたら俺はここでずっと待つから。それこそ


 それを聞いたシャーリーの身体がビクついた。


 今シャーリーに死を連想させることを言うのは駄目かもしれないけど、とにかく今はシャーリーとの会話が必要だ。


「……」


 シャーリーは逃げるのをやめて元の場所にちょこんと座った。


 俺もその隣に座り、ポケットからハンカチを取り出した。


「ちょっといい?」


 そう言ってシャーリーの顔を濡らす涙をハンカチで拭く。


(これがほんとの水も滴るいい女か)


 思考は最低だけど、泣き顔のシャーリーはとても可愛い。


「……なんでですか?」


「え?」


 シャーリーが鼻声だけど、やっと口を開いてくれた。


「なんで私の助手になってくれたんですか?」


「なんでって、シャーリーと一緒に居たいから?」


「嘘です。私がいなければ助手さ……綿利さんのご両親は亡くならずにすんだんです。そんな私と一緒に居たいなんて思うはずがありません」


「あるんだって」


 確かにシャーリーの名前を聞いて、父さんと母さんが助けた女の子なのは分かっていた。


 だけどそんなのは関係なく、俺はシャーリーと一緒に居たいからシャーリーの助手(仮)になった。


「私は綿利さんの当たり前の幸せを奪ったんです。それなのに綿利さんに恨まれてないはずがないんです」


「恨まないよ。だって父さんと母さんを殺したのはシャーリーじゃないし」


 俺も詳しくは知らないけど、シャーリーはただの被害者であって父さんと母さんを殺したのはシャーリーを誘拐したクズ共だ。


 だからシャーリーが気にすることではない。


「だけど私がもっとちゃんとして、誘拐なんかされなければ……」


「やっぱ知ってたんでしょ」


「え?」


「誰も誘拐なんて言ってないよ?」


 シャーリーはずっと知っていた。


 自分が誘拐されたことも、探偵に助けられたことも、その探偵が俺の両親だったことも。


「綿利さんはなんでも分かるんですね」


「父親の悪影響を受けてるからね」


「正確に言うと最初から分かってた訳ではないです。お母さんと綿利さんのお話を聞いてその時のことを少し思い出したんです」


 そういえば俺が初めてシャーリーの家に行った時にシャーリーのお母さんと誘拐の話をしたけど、その時シャーリーは扉の向こうで聞き耳を立てていた。


「それでこの前の綿利さんと心呂さんのお話でご両親が亡くなってるのを聞いて」


「もしかしたら、まではいったと」


「はい」


 これでシャーリーの様子がおかしかった理由が分かった。


 もしかしたらシャーリーを助けて死んだのが俺の両親なんじゃないのかと思って、俺への罪悪感を抱いていたということだ。


 実際はあっていたのだけど。


「それが今回確実なものに変わったってことね」


「そうです。だから私には綿利さんと一緒に居る権利がないんです」


「それって俺にもないの?」


「え?」


「シャーリーが俺と一緒に居たくないならそれでもいいよ。だけど俺はシャーリーと一緒に居たいからその一緒に居る権利ってやつ俺にはある?」


 出会ってすぐの頃はシャーリーにいらないと言われたら離れるつもりだったけど、俺はもうシャーリーと離れるつもりはない。


 どんなに醜くても、シャーリーが俺を心から拒絶するまでは絶対に傍に居る。


「綿利さんは辛くないんですか!」


「辛いよ! だからいつも通りって呼んで」


 もう綿なんて他人行儀な呼び方は辛くてしょうがない。


「そこなんですか?」


「当たり前でしょ。俺はシャーリーの助手を目指してるんだから」


「でも私は綿利さんのご両親を……」


「また綿利さんだし。言っとくけど、俺はその話を聞いた時初めて父さんをすごいって思ったんだよ」


「え?」


「だってそうでしょ? 今までは人間観察が趣味の変人だったけど、最期はそれをちゃんと活かして自分の命と自分の命より大切な母さんの命を費やしてまで一人の女の子を助けたんだよ?」


 今まではただの駄目人間としか思えなかった父さんを、その日からはすごい人と思えるようになった。


 ちなみに母さんのことはそんな父さんを支えられるすごい人とずっと思っていた。


「それにさ、父さんも母さんもシャーリーを助けられて嬉しかったと思うんだ。それをなんで俺が否定するの?」


「綿利さんと心呂さんにはその権利があると思います」


「後で姉さんに理不尽な嫉妬ぶつけてやる。それはいいとして、じゃあその権利捨てるね」


「でも……」


「父さんと母さんのした事に俺がどうこう言う権利ないから。俺が今欲しい権利はシャーリーの隣に居る権利だけだから」


 父さんと母さんの子供だからって父さんと母さんのした事を否定する権利がどこにあるのか。


 そんなことをしたら母さんに怒られる。


「それと父さんも母さんもシャーリーに元気に生きて欲しいから助けたんだよ。だからシャーリーは元気でいてよ」


「綿利さんは私と一緒で本当に辛くはないんですか?」


「今は綿利さんって言われて辛い」


「それ以外では?」


「辛い訳ないじゃん。俺はシャーリーと一緒に居る時が幸せなんだから」


 優劣をつけたくないから同じぐらい姉さんと一緒の時も幸せだ。


「なんでそんなに優しくしてくれるんですか?」


「え、好きだから」


「久しぶりに聞きました」


 つい本音を口に出してしまったけど、シャーリーはいつも通り気づいていない。


 いつもならこのまま流すけど、せっかくだから流さないでみる。


「シャーリーのそれは勘違い? それとも気づかないフリ?」


「え?」


「俺の言ってる好きって女の子としてって意味だからね」


「えと、つまり?」


「俺はシャーリーが好き。告白的な意味で」


 確かに今までシャーリーに言ってきた好きは友達としてだったけど、この好きは愛してる方の好きだ。


「シャーリーは久しぶりって言ってたけど、好きを自覚してから恥ずかしくて言えなかったんだよね。思ってはいたけど」


「……」


 多分恥ずかしさからか、シャーリーの方を見れない。


 シャーリーはずっと沈黙しているけど、これが照れからなのか、拒絶からなのか分からない。


 だけど意を決してシャーリーを見る。


 すると。


「シャーリーが虚無ってる」


 シャーリーが完全に思考停止したように一点を見つめて固まっている。


 顔の前で手を振ってもなんの反応もない。


「シャーリー、そんな無防備にしてるとキスしちゃうよ?」


「そ、それはまだ早いと言いますか。心の準備が出来てないと言いますか。とにかくまだ駄目です」


 シャーリーが虚無から戻っていつもの元気なシャーリーになった。


ね。その日を楽しみにしてるね」


「助手さんのバカ」


「シャーリーは可愛いなぁ」


 一度告白してしまえばもう恥ずかしさなんてない。


「これからは可愛いも好きも思ったら全部伝えるからね」


「じょ、助手さんのバカー」


 シャーリーはそう叫んで俺の腕をポカポカと叩く。


 そんなの見せられたら……。


「可愛いよ」


「うぅー」


 シャーリーが手を止めて小さく唸る。


「シャーリーは何しても可愛い」


「もう! 行きますよ」


 シャーリーはそう言って立ち上がり俺に手を差し出す。


「そうだね。せっかくお母さんがいるからちゃんと挨拶しないと」


「バカ、バカー」


「はいはい可愛い可愛い」


 俺とシャーリーはそんなやり取りをしながら姉さん達のところに戻った。


 その頃にはシャーリーが半泣きになっていたので「ほんとに泣かせてるよ」と姉さんに呆れられた。


 理由を軽く説明したら「知ってる。思愛莉ちゃんに慰めて貰う?」と姉さんが言ってシャーリーの顔が真っ赤になってそれからは顔を見せてくれなかった。


 姉さんには後でしっかりと説教をすることにした。


 そして俺達は墓を洗ったりお供え物を置いた後にお線香を焚いて、手を合わせ目を閉じた。


(父さん、母さん。シャーリーを助けてくれてありがとう。二人のおかげで俺は人を好きになるってことがよく分かったよ。今なら父さんの母さんへの愛情も少し分かる)


 今の俺はシャーリーの為ならなんでも出来る気がする。


 今までもシャーリーのことをどんなことがあっても守るつもりではいたけど、その気持ちが強まった。


(俺は父さんと母さんが救った命をどんなことがあっても守り抜く。もちろん死なないよ。シャーリーに悲しい思いはさせないことも一緒に誓っておくね)


 そう決意表明をしてから目を開ける。


 シャーリー達は俺を待っていたようだ。


 だけど誰も俺がなにを考えていたのかを聞いたりはしなかった。


 多分言わなくても分かったのだろう。


 唯一分かっていないシャーリーには「大好きだよ」とだけ伝えて歩いて行く。


 振り返ることはしなかったのでシャーリーがどうなったのかは知らない。


 だけど姉さんが帰りの車で「赤飯と鯛が嫌なら鰻とかはどう?」と聞いてきたので「姉さんの手料理がいい」と答えると、嬉しそうに「了解」と答えて、帰りに二人でスーパーへ行った。

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