不思議17 解明とジレンマ

「助手さん、元気無いですか?」


「差し引きで五十ぐらいかな」


 シャーリーと一緒なら俺の元気は常に百だけど、おまけが居る際でそれも半減だ。


「元気になれします?」


「内容は?」


「中で」


「え!」


 後ろのおまけが盛大な勘違いをしているみたいだけどいつも通り無視をする。


「それだとオーバーするから手を握るとかがいいかな」


 それでも百二十ぐらいはいきそうだけど、まだ自分を保ってられそうだ。


「まぁ別にいいけ……」


 冗談で言ったつもりだったけど、シャーリーが手を握ってくれた。


 手を握るのはこれが初めてじゃないけど、不意打ちは慣れない。


「元気になった?」


「……とても」


「私達はなにを見せられてんの?」


「だからイチャコラ」


 雑音がうるさい。


「助手さん。無視したら駄目ですよ」


「めっ、は終わり?」


「あれは……忘れてください」


 シャーリーが顔を赤くして顔を伏せてしまった。


「別に無視とかじゃないんだよな」


「無視でしょ!」


「多分、北条さんの言葉しか本当に聞こえてないんじゃない?」


 それはある。


 今は聞こえているけど、たまに本当に聞こえない時がある。


「普段は無視だろうけど」


「なんかあいつ同類なだけあって俺のことわかりすきだろ」


 司波は好きな相手に気づいて貰えないところなんかが似ていてるせいか、俺のことをよく理解していてちょっと腹立つ。


「反応あった。今なら機嫌いいから話してくれるかもよ」


「それはつまり、あいつと話したかったら、いちゃつかせないといけないの?」


「タイミングも重要だな。北条さんと楽しく会話をしてる時に話しかけたら駄目」


「なるほど」


 なんか勝手に俺のプロファイリングが始まった。


「なんか私以上に助手さんのことがわかってて司波さん嫌いです」


「俺のことを一番わかってるのは……」


 シャーリーだって言いたかったけど、俺のことを一番理解してるのは姉さんだった。


 そして今更言い直せない。


「いいんですよ。わかってますから……」


 明らかにシャーリーの元気が無くなってしまった。


「お詫びになんでもします」


「それを言えばなんでも済むって思ってないですか?」


「思ってません。ただの自己満足です」


「しょうがないので助手さんの自己満足に付き合います」


 そう言ったシャーリーの顔が少し悪くなる。


(可愛いかよ)


 新たな一面を見る度にそう思っているよう気がする。


「助手さんが変です。まぁいいです。お詫びは今度またうちに来てください」


「いいけどなんで?」


「お母さんがちゃんと三人でお話したいことがあるって言ってました」


「……姉さんはいいの?」


「心呂さんもお時間が合えばって言ってました。よくわかりましたね」


「まぁ助手(仮)だからね」


 表面上では笑顔を装っているけど、内心はドキドキだ。


 色んな意味で。


「これはあれかな。ご両親に挨拶的な」


「……そうだね」


 司波の言葉に守住が「まじっすか」とソワソワしている。


 俺はそんな司波を見ると、司波が首を横に振った。


(さすがに意味はわからん)


 首を横に振った意味はわからないけど、なんとなく言いたいことはわかった。


「じゃあゴールデンウィークのどこかで行くよ」


「はい。そういえば三日は私もお母さんとお出かけすることになったんです」


「そうなんだ」


「どこに行くかは聞いてないんですけどね」


 シャーリーは嬉しそうに「助手さんの都合の悪い日で良かったです」と笑顔を向けてきた。


(可愛い笑顔)


 この笑顔を守りたい。


 だけど……。


「着きました」


 俺がそんなことを考えていたら、図書室に着いた。


「ヒントが欲しかったら教えてあげなくもないよ」


「守住さんは私からヒント貰いたいですか?」


「絶対に嫌」


「私もです」


 シャーリーと守住も似ているようで、極力他人の力は借りたくないようだ。


 でもシャーリーは助手の守住は飼い主の言葉は聞くようだけど。


「結局これも解いたの俺だけど」


「うるさい。最後に解いたのは私でしょ」


「そうですね」


「一人で解かせるとか言ってなかったか?」


「だって泣くんだもん」


 とても納得した。


 俺もシャーリーがいくら自分でやると言っていても、泣かれたら手助けする。


「泣いてないし」


「動画と写真どっち見たい?」


「消せ、今すぐ消せ」


「スマホを消してもパソコンにも移したし、なんならコピーして持ち歩いてるから」


 司波はそう言って胸ポケットから守住の泣き顔の写真を取り出した。


「破く」


「させないよ?」


 守住がその写真を奪おうとしたら、司波がそれを守住の届かない位置へ持ち上げた。


「この外道」


「失礼な。可愛い怜文を永久保存したいって思うのは自然の摂理でしょ」


「うっさい変態」


「長くなりそうだから行こうか」


「私も助手さんの写真欲しいです」


 とても無視したいお願いだけど、シャーリーの言葉を無視したくないジレンマが発生した。


「嫌なら全然いいんですけど……」


「……欲しいの?」


「はい!」


 そんなに喜ばれると断れない。


「いいけど、お詫びであげる訳じゃないからシャーリーのも貰うよ」


「なるほど。お詫びはこういう時に使うんですね」


「余計なこと言った」


「助手さんは私の写真欲しいんですか?」


「……欲しい」


 これはあくまで交換条件で貰うだけだ。


 ただ寝る前に眺めることがあるかもしれないけど。


「じゃあ」


「後でね。今は七不思議やろ」


「そうでした」


 このまま忘れてほしい気持ちと、シャーリーの写真が欲しいから忘れないでほしい気持ちでまたジレンマが生じた。


 そんなことを考えながら図書室の扉を開けた。


「誰も居ませんね」


「図書室って授業でしか使うイメージないからね」


 小学生の頃はよく使われていたイメージはあるけど、中学から利用頻度は減っているイメージがある。


「テスト勉強で使うイメージはあるけど」


「テスト……」


「赤点とか笑えないからね」


「……頑張ります」


 本当に頑張ってほしい。


 もしも期末まで赤点とかになったら、夏休みにシャーリーと会える可能性が少なくなるかもしれない。


「ねぇ」


 カウンターに座る図書委員らしき眼鏡女子手元の分厚い本に栞を挟みながら声をかけてきた。


「私の存在気づいてる?」


「もちろん」


「そっちの子は気づいてなかったみたいだけど」


 眼鏡女子がシャーリーを指さして言う。


 確かにシャーリーは気づいてなかったようで、俺の腕にしがみつきながら震えている。


(色々と柔らかいからやめてほし……い)


 このままでもなんて一ミリも思ってはいない。


「いつから図書室はカップルのデートスポットになったの?」


「そういうのじゃないの分かってるだろ?」


「まぁ」


 この眼鏡女子はどうやら守住と司波が来た時も委員の仕事をしていたみたいだ。


「あなた達も自称探偵?」


「俺は助手だけどな」


 そう言うと眼鏡女子が怪訝な顔をする。


「七不思議のことを聞きたいんでしょ? 教えてほしいなら私があなた達を嫌がる理由を当てて」


「だってシャーリー」


「ま、まず。人間さんですよね?」


 どうやら気配が無かったからか、眼鏡女子をお化けの類と勘違いしているみたいだ。


「どうだろうね。じゃあそれも教える条件」


「じょ、助手さん……」


 シャーリーが今にも泣きそう、というか泣きながら俺に縋ってくる。


(可愛すぎて思考が……)


 だけどシャーリーがせっかく任せてくれたのだからやるしかない。


「別にどっちでもいいから早くして」


「俺達を嫌う理由は簡単だよ。お前がミステリーオタクで、探偵を名乗る俺達が気に食わないんだろ?」


「……へぇ」


 これは簡単な推理……とも言えないことだ。


 この眼鏡女子が読んでいた本は、結構有名な推理小説。


 それの中編を読んでいるなんてよっぽどのミステリーオタクか、中途半端なとこから読むような奴か、ミステリーオタクのにわかやフリをしたい奴。


 まぁ後は挟んだ栞が某有名な探偵の絵が描いてあることや、なんやかんやであの眼鏡少女はミステリーオタクって結論付けた。


「確証あるみたいだからいいか。私の好きなミステリーではないけど、まぁ教えてもいいよ」


「王道派ってこと?」


「まぁね。探偵よりすごい助手なんて探偵ものとして認めないから」


 そこには絶対の決意のようなものが見えた。


「あなたも『失踪する本』は解けてるんでしょ?」


「もちろん」


「じゃあ概要だけでいっか。図書委員が本を探すと消えるの」


「知ってる」


「後は頑張って」


 どうやらそこまで興味は無いようだ。


「シャーリー分かった?」


「……」


 シャーリーは未だに眼鏡女子が怖いようで固まっている。


「また今度にする?」


「大丈夫です分かりました」


 シャーリーが今までにないくらいの早口で言う。


「つまりあれですね。お化けが盗んでいくんですね」


「違う。当たるまでここに居るか通いだよ」


「今度は本当に分かりました。無くなったと思っていた本は図書委員さんが読んでいた本で、それを数えてなかったんですね」


「……正解」


 まさかのノーヒントで答えを出した。


 これが火事場の馬鹿力的なやつなのか。


「前の子より早いね。いつもは?」


「いつもはもっとかかる。多分一刻も早くここから離れたいんだと思う」


「へぇ、面白い子」


 俺も初めて知ったことで少し驚いている。


「解明できたのなら帰りましょう。今すぐ」


 そう言ってシャーリーが俺の腕を引いてくる。


「そういえば私が人間かどうか当ててないけど?」


「あなたは人間です。それも三年生で、私に『失踪する本』のことを教えてくれた人です」


「覚えてたんだ」


「今、思い出しました」


 人間だと分かっているのに何故かシャーリーはここから離れようとする。


「どうしたのシャーリー」


「あの人は、私の助手さんを取ろうとしています」


「……どういう?」


「なんかそういう目をしてます」


 内容は気になるけど、俺は『私の』というのが気になる。


(勘違いするぞ)


「バレてた? 私も探偵ごっこしたいから助手欲しいんだけど」


「あげません!」


 そう言ってシャーリーが更に強く俺の腕を引っ張る。


「気が変わったらいつでも来ていいから。それと『体育祭の神隠し』が解明できたらまたおいで」


「嫌です!」


 シャーリーはそう言って俺を引っ張って図書室を出た。


 驚く守住と、何かを察してニヤついてる司波を無視して教室に戻った。


 教室に戻ると、落ち着いたシャーリーが「行かないですよね……」と寂しそうに言うので、抱きしめたい気持ちを抑えて「俺はシャーリーのものだから」と答えた。


 うざい言い方だったけど、シャーリーが喜んでくれたからそれでいい。

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