不思議13 好きと嫌い

(やばいな)


 シャーリーの貰った手紙が気になり過ぎて授業に集中出来なかった。


 当てられた時なんかは睨み返してしまったせいで教師の方に気を使われた。


 ちなみにシャーリーはいつも通り、食後の睡眠をしていた。


 寝る子は育つってね。


 そんな状態で受けていた授業も終わり、俺は帰りの準備をしていた。


「助手さんやっぱり元気ないですか?」


「元気はいつもないから安心してくれ」


「余計不安になりますよ!」


 シャーリーの元気な姿を見てれば元気にはなるけど、この後のことを考えるとまた憂鬱になる。


「一人で帰れますか? お家まで付いて行きます?」


「シャーリーこれから呼び出しあるでしょ?」


「呼び出し?」


「手紙の」


「あ、忘れてました」


(言わなきゃ良かった)


 そんなことを思ってはいけないのは分かっているけど、やっぱりシャーリーと一緒に居たい。


 手紙の内容がどんなのなのかは知らないけど、内容によってはシャーリーと今みたいに楽しく話せなくなるかもしれない。


「やばい泣きそう」


「ほんとに大丈夫ですか?」


「大丈夫では無くなってきた。シャーリーは気にせず行っていいよ」


 俺も驚いている。


 シャーリーが手紙を貰っただけでこんなに落ち込めるなんて。


(もし姉さんに恋人でも出来たら俺死ぬかな?)


 そんなことを考えたら余計に涙が出そうになってきた。


「助手さん」


 いきなり視界が暗くなった。


 そしてとてもいい匂いと優しい温もりに包まれた。


「俺、ご褒美大を貰うようなことしてないよ」


「これはご褒美じゃなくて、元気になれのおまじないです」


「効果絶大すぎだろ」


 多分テレビとかでこういうのを見たら「自分が抱きしめたら元気になるって思ってるとか、どんだけ自分に自信あるんだよ」とか思いそうだけど、これはほんとにやばい。


 元気になるならないは別にしても、気持ちが楽になった。


「ありがとうシャーリー。このお礼はいつかする」


「そんなのいいですよ。私は助手さんが元気でいてくれるのがいいんです」


(ほんとに好きだわ)


 今までは口に出して言えていたけど、何故か言えなかった。


「シャーリー、待ってていい?」


「いいんですか?」


「待ってたい」


 シャーリーがこれから誰に会ってなにを言われるのかは分からないけど、待っていたい。


 それで俺はもういらないと言われたらそのまま帰るし、まだ必要なら一緒に帰る。


「じゃあすぐにお話終わらせて帰って来ます」


「行ってらっしゃい」


 シャーリーはそう言って急ぎ足で教室を出て行った。


「さて俺は」


 俺はもちろん教室でシャーリーの帰りを……待つことなんて出来なかった。


(悪いとは思ってるんだよ)


 そんな言い訳を心の中でしながらシャーリーの後を追った。


 そして校舎裏というベタな場所でキョロキョロしているシャーリーを木の影から覗く。


 どうやら相手はまだ来てないらしい。


「呼んどいて待たせんのかよ」


「そうだねぇ」


 シャーリーが手紙を見て場所と時間が合ってるか再確認している。


「イライラしてくんな」


「あれぇ、無視? なんか初めての時も無視だったけど、あれかな北条さんしか見えてない?」


「飼い主うるさい」


 俺の隣の木の影には司波が居た。


 ペット兼へっぽこ探偵守住は一緒ではないようだ。


「お前らの嫌がらせか?」


「失礼な。怜文にそんな頭を使うことは出来ないから」


「お前の方が失礼だろ」


 確かに守住なら手紙に『果たし状』とか書きそうなものだ。


「じゃあなんでお前が居る」


「俺はただ急いでる北条さんとそれをストーキングしてる綿利が見えたから」


「俺をストーキングしてたと」


「ちなみに怜文には止められた」


(そういうところはまともなんだな)


「てかお前、前とキャラ違くないか?」


「気分で変わる」


「あっそ」


 聞いといてあれだけど別に興味は無かった。


「それでこれは告白かな?」


「知るか」


「おやおや、北条さんは何も教えてくれなかったのか」


「黙れ」


「こわ」


 司波はそう言ってはいるけど怖がっている様子はなく、むしろ俺の反応を楽しんでいるように見える。


「ほんとに北条さん一筋なんだね」


「お前は守住以外の女も好きなのか?」


「まぁ怜文の他にも好きな子はいるよ。叶わぬ恋だけど」


「つまりその恋の代わりに守住を好きなフリをしてるのか」


「は?」


 司波の雰囲気が変わった。


「何も知らないくせに知ったような口聞かないでくれる?」


「別に興味無いから。それにそこまでキレるのは事実突かれて焦ったからだろ?」


「自分だって北条さんが呼び出されただけで慌ててストーキングしてるじゃん」


「俺はシャーリーが好きなんだよ」


 多分これは恋愛感情だ。


 初めてだから確信はないけど、姉さんに感じる好きとは少し違う気がする。


「それを伝えられないからストーカー? 変態かよ」


「全くもってその通りだな」


 俺のしてることはシャーリーへの裏切り。


 シャーリーは俺の言ったことを守って何も言わないで来たのに、俺はそれを裏切ってシャーリーを付けた。


「後でちゃんと謝ろ」


「急に大人になんなし。勘違いされたら困るから言っとくけど、俺も怜文のことは一番好きだからな」


「分かってるよ」


 司波の反応を見れば誰でも守住が好きなのが分かる。


 分からないとすれば当人ぐらいだ。


「てかシャーリーに手紙送り付けた奴来ないんだけど」


「送り付けたって言い方。そろそろ来るよ」


 司波がそう言うと確かに一人のガタイのいい男子生徒がやって来た。


「あれがシャーリーをたぶらかそうとしてる虫か」


「お前ほんとに北条さんのこと大好きだな」


 司波が何か言っているけど俺の全神経はシャーリーと虫の会話にいっている。


 さすがに距離があるから全部は聞こえないけど、単語として「好き」と「付き合って」はギリギリ聞こえた。


 多分その言葉だけを聞こうとしてたんだと思う。


「あ、断った」


 シャーリーが頭を下げておそらく断った。


「良かったね、これで終わりだよ」


「まだだろ」


「聞こえてたんだ。まだって?」


 俺は返事をしないでシャーリー達を見続ける。


 すると男が何か叫んでいる。


「どうして」や「他に誰か好きな人が?」なんかが聞こえてくる。


「もしかしてやばい?」


「もしかしなくてもやばいだろ」


 俺が出て行こうとしたら司波に手を掴まれて止められた。


「睨まないでよ。北条さんが何か言ってるからそれまでは待ってあげて」


 そう言われてシャーリーを見ると確かに何か言っているように見える。


「シャーリーに何かあったらお前を許さない」


「許さないだけで許されるなら別にいいよ」


 司波のこういう態度は俺に似ていて腹が立つ。


「はい、ゴー」


 司波に手を離されて背中を叩かれた。


「お前のペットは守住だろうが」


 男がシャーリーの腕を掴もうとしているので近づきながら睨みつけた。


「ひっ」


 男は怯んだようで腕を引っ込めた。


「助手さん、どうしてここに?」


「後で謝るから今は帰るよ」


「待ってください。私はまだお説教の途中です」


「どゆこと?」


 あまりに予想外の返しに固まってしまった。


「この人が助手さんのことを悪く言ったので助手さんがどれだけすごい人か教えてたんです」


「なんで俺の名前が出てくんの?」


「そ、それは内緒です」


 シャーリーが顔を真っ赤にしてそう言う。


「でも今、手を出されそうになってたよね」


「ち、違う。北条さんは騙されてるから本当のことを教えようと思って」


 男がビクつきながら俺に言う。


「この人は誰から聞いたのか、助手さんの悪口ばっかり言うんです」


「それはそう言えば北条さんが救われるって聞いて」


「お説教が足りませんか?」


「シャーリーそれご褒美だからやめなさい。そういう時は嘘でも好きな人がいるのでとか言うの」


 そう言えば大抵の男は身を引く。


 引かないような相手には説教すればいい。


「……」


「どした?」


「なんでもないです」


 シャーリーが俺から顔を逸らす。


「一番効果あるものを見せつけられた」


「お前は結局シャーリーに告白したかったのか?」


「そうだよ。北条さんと一緒に居る男子は別に付き合ってる訳じゃないって聞いたから、それで……」


「それでシャーリーを騙してる男から自分が助ければ付き合えると」


「浅はかでは?」


 シャーリーがクリティカルな言葉を告げる。


「それって私の気持ちは一切考えてないってことですよね? 私は助手さんが優しくていい人だから一緒に居るんです。それなのにあなたは勝手に助手さんを悪者にして私から引き離そうとしたんですよ? なんで私がそんな人を好きになるんですか?」


 これは人によってはご褒美になるのかもしれないけど、普通の高校生には相当堪える。


「結論から言うと、私はあなたが嫌いです」


 俺はシャーリーを勘違いしていた。


 シャーリーは優しいから告白された時に相手が傷つくのを恐れて断れないのかと思っていた。


 だけど実際は自分の『好き』や『大切』をちゃんと理解して、そうじゃない相手にはちゃんと自分の気持ちを伝えることが出来る。


(そんなシャーリーが好きなんだよな)


 俺はどうしようもなくシャーリーが好きなようだ。


「助手さん、帰りましょ」


「そうだな」


 俺とシャーリーは手を繋いで教室に戻った。


 その後にちゃんと付けてたことは謝った。


 シャーリーには「心配してくれてありがとうございます」と逆にお礼を言われていたたまれなくなった。




「おつかれ」


 好きな子に嫌いと言われた男に近づく薄ら笑いを浮かべた男が一人いた。


「話が違うぞ」


「何言ってんの? 俺は北条さんは付き合ってないって言っただけだけど?」


「北条さんが騙されてるとも言ったろ」


「そんなこと言ったっけ?」


(言ったけど)


「おま……」


 薄ら笑いの男の表情が変わり、男は冷や汗をかき始めた。


「あんたさ怜文にも手を出そうとしてたでしょ」


「それは……」


「知ってるから隠さないでいいよ。怜文はそういうのに耐性ないから困るんだよね」


 薄ら笑いの男の雰囲気がまた変わる。


「あんまりそういうことしてると……ね?」


 薄ら笑いの男の笑顔に男は震えを抑えられなくなる。


「じゃあね」


 薄ら笑いの男がその場を去る。


(綿利に悪いことしたな)


 あの男は怜文に手を出そうとしているのが分かったからどうしようか考えていたら、綿利のことを思い出した。


 綿利とはあの時しか話したことが無かったけど、噂は聞いていた。


 教師を怯えさせる程の恐怖与えられると。


 だから綿利を利用したけど、まさかの北条さんの方が心を折ってくれた。


「今度綿利に謝ろ。絶対バレてるもんな」


 そんなことを考えながら薄ら笑いの男、亜嵐はきっと怒っている怜文のところに帰って行く。

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